──ジェシー・ハリスとリチャード・ジュリアンと一緒にレコーディングすることになった経緯を教えてください。
おおはた 「3年ほど前に、ジェシの来日公演でオープニングをやったことがあるんです。次の年に今度は、ジェシーとリチャードと、
サーシャ・ダブソンの3人の『ニューヨーク・ソング・ブック』というツアーでも一緒にやらせてもらって、そうこうするうちに仲良くなって、彼らの雰囲気とか、一緒に演奏しているときの感じがすごく良くて。それで、普段の彼らの暮らしぶりはどうなんだろうと、一人でニューヨークに行ったんですよ」
──そのときは、一緒にレコーディングしようとか思ってたんですか。
おおはた 「いえ、全然思ってなくて。だけど、日本に帰ってからメールのやりとりをしているうちに、たとえばリチャードに曲を送って、この曲をどう思うか、とか、そうこうしながらプロデュースやってくれないかという話になって。すると、彼のほうから、『ジェシーと二人でやったほうがいいと思う』って返事が返ってきて」
──そもそも、彼らのどういうところに惹かれたんですか。
おおはた 「ライヴの雰囲気とか、彼らのレコードの作り方とかいいなあ、と思っていました。それに、初めて一緒に演奏したときに、急に距離が近くなって。なんて言うんだろう、彼らって、嫌になるくらいに普通というか(笑)。音楽がメチャクチャ好きで、たとえば今回も、レコーディングはだいたい夜の7時とか8時とかに終わるんですけど、きょうは
ビル・フリゼールのライヴに行こうかという具合で、お店で3人並んで“オオーッ”とか喜んでて(笑)。ベースのワンフレーズとかにも一喜一憂したりとか、そういうところが好きでしたね(笑)」
──こういうアルバムができればいいなあとか、彼らと一緒にやることで自分のどういうところが引き出されるといいなあとか思っていたことはあったんですか。
おおはた 「1曲、1曲に対して自分が納得いくというか、いまの自分が好きだと思える曲を書くことだけは行く前から決めてたんですけど、あとは行ってみないと予想がつかなかった。だから、今回は二人に完全に任せようと思っていました。実際、ジェシーは、
ニック・ドレイクとか、ブラジルの音楽だったりとか、静かな音の、シンプルなものを予想していたらしいんですけど、パーカッションのマウロ・レフスコが思いの外にパワフルで、全く違うエッセンスを加えてくれましたね」
──普段やっていることと違っていて戸惑ったりしませんでしたか。
おおはた 「それはなかったですね。むしろ、日本でやるよりは楽でした。変な話ですが、言葉が通じないから、物事に集中できるし、音楽だけしか彼らと繋がれる部分がなかったから、たとえば『
ライ・クーダーの2ndアルバムのあの曲の感じってわかるかな?』、『うん、わかる、わかる』といったような感じで(笑)。ただ、そうなると、『あのアルバムの中ではあの曲も良かったよね』とか、しまいにはその曲のギターとか弾き出したりして、どんどん横道に逸れていくんですが(笑)」
──日本で、普段やっている作業とここは違っていたなと感じたことはありますか。
おおはた 「日本だと、作業を進めていくうちに何か足りないんじゃないかと、いろいろ考えることが多いんですけど、彼らはそこに何があるかを考え、そちらを優先していくんですよ。単純というかすっきりしていて、細かいことは、あまり気にしていないように感じましたね。そのときの直観に対して正直というか」
──アルバムの作業を進める上で、キーワードになったような曲ってありますか。
おおはた 「そう言われれば、全曲っていうことになるかもしれないんですけど、ただ、〈街と砂嵐のバラッド〉は、ジェシーの新しいアイディアが爆発したというか。まず、パーカッションと二人で演奏して、それで終わりかなと思ったら、それを聴きながらジェシがもう一回同じことをやってみようかと。そして、次にそれを重ね始めると興奮しはじめて。最初、彼が何をやろうとしているのかわからなかったんですが、次第に彼だけでなくてみんなが、新しいことをやっているという感覚に襲われてテンションが高くなっていった。そういった意味では、キーワードというような存在かもしれませんね」
──この曲は、歌の背後にある景色というか、現代に対するおおはたさんの視線も感じられて、それも印象深く聴けたんですが。
おおはた 「ぼくは、茨城県の土浦市の生まれなんですが、ちょっと怒ってるんですよね。昔は、ちゃんと本は本屋で買って、花は花屋で買ってというように、古くてちっちゃいけど商店街のある町だったんです。それを全部更地にして、大きなショッピング・センターを建てて。みんなは便利だからと、つくば市のほうに移っちゃって。何でそうなったんだろう、取り返しのつかないようなことをしてしまったんだろう、と。そういう怒りのようなものがあったんでしょうね」
──詞はイラストレイターの小池アミイゴさんとの共作になっていますが。
おおはた 「ええ。小池アミイゴさんとイベントをやったんですが、小池さんは相手のバックボーンまで見る人で、ぼくの生まれたその土浦まで行って、すごくさびれた様子をホームページに書いてらして。そこから言葉を拝借して、この歌はできたので」
──「時がたてば」は、
原田郁子さんの作詞になっていますけど。
おおはた 「郁子ちゃんに歌ってほしい曲が2曲ほど、メロディーだけですけどできて、もちろん、このアルバムに間に合えばいいんでけど、間に合わなくてもいいやと思って渡しておいたら、こういうのができたよと。〈時がたてば〉というタイトルとメロディーだけはあったんですけど」
──そう言えば、おおはたさんは女性シンガーとのデュエットも良い感じですよね。持田香織さん、坂井真紀さんにと。
おおはた 「女の人にすぐ食われてしまうっていうか(笑)。もともと、女の子のニュアンスがちょっと入っているのは好きですね、コーラスとかにね」
──インストも、何曲か入っていますけど。
おおはた 「もともとインストが入っているのって、好きなんですね。ずっと聴いていると、自分の声に飽きちゃうというか(笑)、ちょっと声を忘れたいときがあって、だから、好きですね、インストが入っているのって」
──今回のアルバムで、得たことはありますか。
おおはた 「ずっとそのことを考えているんですけどね。沢山のものをもらって帰ったんでね。ただ、すごく感じたのは、ミュージシャンに限らずエンジニアとかを含めて、彼らはお互いを信頼してますよね。お互いの仕事に対して敬意を払っていて、自分の持ち場にはすごくこだわるんですけど、そこを離れたらあとはそれぞれ、エンジニアの場合だったら、トム(・シック)に任せておけば大丈夫だという具合にあっさりしている」
──このアルバムは、おおはたさんの中ではどういうところに位置する作品になりそうですか。
おおはた 「(前作の)
カヴァー・アルバムの反動もあったから、自分の曲を作りたい、というのがすごくあって、さっきも言ったように、歌詞とかメロディーとか、自分の好きな曲を作りたいという気持ちはあったんですけどね。それで出来上がってみると、そうですねぇ、自分のアルバムなんだけど、自分のものじゃないような気がするときもあるし。バンドで、みんなで作ったようなイメージがあるんですよ。それと、ひとつだけ言えるのは、初めてアルバムらしいアルバムができたって感じですかね。初めてプロデューサーというのを体験して、その大切さも知った(笑)、こういうことなのかと(笑)」
──『Music From The Magic Shop』というアルバムのタイトルは、どうやってつけたんですか。
おおはた 「いろいろノートに書き出していったんですが、最初に書いたのがそれだったので(笑)。“Magic Shop”というのは、スタジオの名前なんですけどね」
おおはた 「ジェシーにこのタイトルを送ったら、『いいねぇ。でも、『Music From The Magic Shop』と、“The”を入れてくれ』と言われました(笑)」
取材・文/天辰保文(2008年8月)