●タイ・ポップ・カルチャーの道先案内人、木村和博氏が語る、注目レーベルsmallroomとその周辺
――木村さんがタイのポップ・カルチャーに触れられたキッカケはなんだったんですか?
木村 僕は大学でタイ語を勉強していて、1998年ごろから時々タイに行っていたんです。それで、もともと音楽好きだったので、タイに行くたびに現地の音楽をチェックしていくなかで、ジョイ・ボーイというラッパーがフリッパーズ・ギターをカヴァーしているCDを見つけたんです。一方で、ジョイ・ボーイのプロデューサーが手掛けた別のユニットが
ピチカート・ファイヴをカヴァーしたりしてて、“なんで!?”って思って、それからタイのポップ・カルチャーに興味を持つようになったんです。その後、2000年の1月に出たsmallroomのレーベル・コンピレーション第1弾『What Happens in this Smallroom?』を買ったんだけど、10組のいろんなサウンドのユニットがいて、ジャケットも『sushi 2000』みたいな90年代のラウンジ的なノリでおもしろいなと思って。日本人だから情報が入ってこないだけで、もしかしたらこういうインディ・バンドが実はバンコクの街にいっぱいいるんじゃないかと思って、すごくワクワクした記憶があります。
――それがsmallroomを知ったキッカケだったんですか?
木村 そうです。でも『What Happens in this Smallroom?』には、実際はユニットが10組も参加していなくて、何組かは捏造されてるんですよ(笑)。要はトラットリアのコンピ『fabgear』みたいな感じっていうか。smallroomの人たちは、もともとデザインを学んだ人たちで、広告の仕事をやっていたりもするので、レーベルの見せ方もすごく考えてるんですよ。“こうやったらおもしろいんじゃないか”っていう狙いがあって、無理やり10曲作ったんじゃないかな(笑)。タイでこういう感じの音楽って当時は見当たらなかったから、やっぱり現地にいる外国人も驚いて。2枚目のコンピにはドイツの人の曲が入っているんですけど、1枚目を聴いたドイツの人が驚いて、自分の曲をsmallroomに持ち込んだらしいです。彼らもフレンドリーだから、すぐ仲良くなれちゃうんです。
――とってもオープンなんですね。
木村 僕も2001年に1年間タイに住んでいたんですが、そのときに初めてsmallroomの事務所に行きました。当時はあんまりタイ語ができなかったんだけど、すごく親切に話を聞いてくれて。
――タイではフリッパーズの音源はCDショップで買えるんですか?
木村 smallroomのレーベル・オーナー、ルンさんは、レーベルを立ち上げるちょっと前にフリッパーズと偶然出会ったらしくて。バンコクのTSUTAYAで日本の輸入盤が売っていて、それをジャケ買いしたらしいです。それまでタイでも日本の音楽は流行ったりしていたんですけど、それは「昴」とかで(笑)、一般的に知られていた日本の音楽とフリッパーズは全然違うから、当然、ビックリしますよね。彼がフリッパーズを知ったのは1995年ぐらいで、とても早かったと思うんですけど、それ以降、1997〜1998年ぐらいに音楽に敏感な人が渋谷系の音楽を知ったキッカケっていうのは、カレッジ・チャート経由がほとんどだと思います。それで
コーネリアスやピチカート・ファイヴ、
チボ・マット、
バッファロー・ドーターなどが広く知られるようになって。今は、インターネットのおかげで、みんなよく日本の音楽を知っていますよ。「
フィッシュマンズが好き」とか「
クラムボンをタイに呼んでほしい」とか言われたりする(笑)。当然、
宇多田ヒカルみたいな人たちも、ウケていますけど。日本では1989年にバブルが崩壊した後、10年ぐらい音楽が盛り上がったと思うんですけど、タイでは1997年にアジア経済危機があった後で、今まさに音楽シーンが盛り上がっているところなんです。
――smallroomっていうレーベルはインディーズの先駆けであり、音楽好きの間ではよく知られた存在だと聞いたんですが。
木村 もうインディーじゃないぐらい、規模が大きくなってます。smallroom以外にも、今はたくさんのレーベルがあるし、おもしろいことをやっているバンドやユニットがたくさん出てきています。
――そんなに大きく成長したレーベルの設立のキッカケがフリッパーズというのは、いい話ですね(笑)。今回のトリビュート・アルバム『flipper's players〜タイへ行くつもりじゃなかった〜』を聴いてどう思いましたか?
木村 僕が良かったなと思うのは、変な怨念がないっていうか(笑)。日本のバンドがフリッパーズのカヴァーをしようとすると、漫画『デトロイト・メタル・シティ』の主人公みたいになってしまうというか(笑)。いろいろ考えすぎて、変に頑張りすぎたりしておもしろくなくなっちゃいそうなんだけど、でもこのアルバムでは、各自が自由な発想で原曲をカヴァーしていて(笑)。ディレクターはフリッパーズをよく知ってるんだけど、参加バンドは知ってるバンドも知らないバンドもいて、それをうまくディレクションしていて、バランス取れてるなあって思いました。
――やっている本人たちが本当に無邪気に楽しんでいるのが伝わってきて、とってもいい雰囲気です。
木村 そうなんですよね。それはタイのミュージック・シーン全体に言えることかもしれない。CDを聴くのもいいんですけど、タイのミュージシャンは、ライヴがすごく楽しいですよ。今は本当にイベントが多いので、1週間バンコクに滞在したら何かしら観られる機会があると思います。タイ人は場を作るパワーがすごいんです。アウェーのときに空気を作るのが本当に上手。あと、ドラム・セットとかもうるさくないし。「これしかないなら、これでいいや」って感じで、すごく柔軟なんですよ(笑)。
■SOI MUSIC : http://www.soimusic.com/
取材・文/仁田さやか(2008年8月)
●木村氏が紹介するsmallroomの注目アーティスト
cyndi seui
フィリピン人とタイ人のハーフ、ター君によるひとりユニット。わざと女の人みたいなユニット名にしてるんですよね。1 stアルバムはエレクトロ・ポップだったのに2 ndアルバムはR&Bっぽいサウンドで驚かせてみたり、ビッグバンドを組んでみたり、さまざまな音楽的アプローチをしています。
penguin villa
エキゾチックなサウンドとキュートな歌声のギャップがユニークな「Exotic Lollipop (and other red roses) 」を披露した男性ひとりユニット。メンバーは、smallroomを立ち上げた3人のうちのひとりジェイさんです。これまでにリリースしたアルバムは1枚ですが、smallroomのコンピには最初から参加していて、シーンでは有名な人物です。
ball jaruluk
原曲「Goodbye, our Pastels Badges」の面影ゼロ(!)の大胆なアレンジを施したシンガー・ソングライター。Aah! Holly Jetっぽくて好きなんです。いい大人がポップスを軽くやるようなノリがあって。彼のアルバムもSMAPの「感謝して」みたいな感じの曲が並んでいて、いいですよ。タイ人はそういうサウンドをどう思っているのかわからないけど(笑)
●タイのポップ・カルチャーを牽引する漫画家/ミュージシャン、ウィスット・ポンニミットとは?
smallroomでドラマーをやっていた、漫画家/ミュージシャンの、タム君ことウィスット・ポンニミット。彼の名前を知らなくても、細野晴臣のトリビュート・アルバム2作品でのジャケット・イラストや、吉本ばななの小説『なんくるない』の表紙イラスト、SAKEROCKのPV「インストバンド」のアニメーションなどで目にしている人は多いかもしれない。あだち充や鳥山明など、日本の漫画家に影響を受けたタム君の日常と妄想が混ざり合った世界は、ユーモラスで切なくて、とても温かい。自作のアニメにピアノで伴奏をつけるスタイルのライヴも人気だ。2006年までの約3年間、神戸に滞在していたが、現在はバンコクに在住。日本ではかわいらしい女の子、マムアンちゃんのキャラクターしかり、キュートなイメージで知られているが、タイでは哲学性の強い作品も多い。日本とタイ、それぞれの国民性やポップ・カルチャーの間でユーモラスな作品を発表し続けている。
■オフィシャル・サイト : http://www.soimusic.com/wisut/
●日本とバンコクを結ぶカルチャー・イベント『SOI MUSIC』
『SOI MUSIC mini.vol.2』
日時:9月13日
会場:六本木・SuperDeluxe
開場:19:30 開演:20:00
チケット:前売り2500円、当日3000円(ドリンク代別)
バンコクのミュージシャンのライヴ演奏や、バンコクのクリエイティヴシーンをアーティストたちが語り合うイベント。今回はバンコクより、元futonのモモコモーション、キュートなエレクトロニカ・バンド、トークレスやタイ・アート界を代表する作家ウィットが参加。 Live
Momokomotion with Motocompo
Talkless from BKK
&
Wit Pimkanchanapong
Jiro Talk