2年ごとに新作を発表するというペースが今回少々延びたのは、「新しいプロデューサーと組んでレコーディングするまでに、時間が少し必要だったから」だそう。ともあれ、ニュー・アルバム
『クレイジー』では、トレードマークとしてきたファンキーな吹きっぷりと並んで、メランコリックな陰影が際立つレゲエ・チューン「ヘイ・ナウ」も登場。のびやかな表情はそのままに、アルト・サックス奏者としての幅広さを、こころゆくまで発揮している
キャンディ・ダルファー(Candy Dulfer)。私生活では最近婚約したそうだが、「二人で過ごしてきた時間のほうが、式よりも全然重要」と、結婚観もさばけたもの。音楽同様、気取らぬ人柄がなんとも魅力的な、サックス姐さんなのだ。
――10曲目の「アイ・ドゥ」の曲名自体、結婚式で述べる誓いの言葉が下敷きになってますよね。
「この曲の詞を書いてくれた
ムーン・ベイカーから、“結婚式にどんなイメージを抱いてる?”って訊かれたの。私の答えは“式なんかどうでもいい。肝心なのは、その後控えてるパーティよ!”だった(笑)。半分冗談なんだけどね。というのも、私の周囲の女友だちって、ドレスは何を着るかとか誰を招待するかとか、どうでもいいことにこだわりすぎてるから。そういう女性をブライジラ、“結婚モンスター”って呼ぶんだけど(笑)。私としては、大切なのは二人の関係であって、セレモニーのほうじゃないでしょ、と言いたかった。パーティ・チューンだけど、ちょっぴり皮肉な曲でもあるわけ」
――8曲目の「エレクトリック・ブルー」もおもしろい。ブロークンビーツ風味のファンク、という感じで。
「今回初めてコンビを組んだプリンツ・ボードに、イメージを伝えて書いてもらった曲なんです。ヒントにしたのは、以前出演したジャズ・クルーズで目にした、“エレクトリック・スライド”っていうディスコ・ダンス。観客が一列に並んで踊るの。アメリカでは最初白人が踊っていて、そこに黒人たちがソウルやファンクのアクセントを加えたものなんですって。私はオランダ出身だから、すごく新鮮だった。そこでプリンツに、〈エレクトリック・スライド向きの曲を書いてみて〉とリクエストしてみたんです」
――それで歌詞に踊り方が出てくるんですね。
「基本的にはパーティ・アルバムなんだけど、通りいっぺんじゃない、おもしろい流れを作りたかったの。曲順を決めるのに、丸2日かかったのよ」
――終盤、落ち着いた雰囲気の「トゥー・クロース」のキーボードが、グランドマスター・フラッシュのラップの名曲「ザ・メッセージ」を踏襲しているのも印象的です。 「うんうん。ひとつのジャンルに凝り固まらないことが、私が思う、音楽の理想的なあり方なんです。私のサックスを聴いて、ジャズなりファンクなりをイメージする人は多いだろうし、それはそれで間違ってないんだけど、じつはラテン音楽からの影響が、自分でも気づかないうちに出てきていることがある。無理もないのよね。父(
ハンス・ダルファー。自身、現役で活躍するサックス奏者)を通じて知った
ソニー・ロリンズ自身が、カリブ海の音楽の要素を持ったプレイヤーなわけだし」
――今回、3曲目の「ヘイ・ナウ」では、サックスというよりレゲエのトロンボーンに近い、メランコリックな演奏が聴かれます。
「じつはレゲエも大好きなんです。6歳の頃、父が前座を務めたのが縁で、ピ
ーター・トッシュと同じステージに上がったこともあるのよ(笑)。以来、レゲエは“心の音楽”のひとつ。8年前、
ウェイラーズのライヴに客演して、〈ノー・ウーマン、ノー・クライ〉を演奏することができたのは、一生の思い出ね」
――キャンディさんにとって、音楽が折衷的であること自体、自然なあり方なんですね。
「今回プリンツと組んでよかったのは、まさにその点だったの。〈ヘイ・ナウ〉にダブステップの要素を盛り込んでくれたように、彼も多彩な音楽に精通している。しかもそのどれもが付け焼き刃じゃない。音楽それぞれのスタイルを尊重しつつ、自由に行き来していきたい。42歳になった今も変わらない、私の願いなんです」