政府は飢えを武器にして人々を統制している――ケン・ローチ監督が語る「わたしは、ダニエル・ブレイク」

ケン・ローチ   2017/03/23掲載
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 つねに名も無い人々に寄り添って、矛盾に満ちた社会に力強いメッセージを送り続けてきたイギリス映画界の巨匠、ケン・ローチ。2014年に『ジミー、野を駆ける伝説』が公開された際には「これが最後の劇映画になる」と発言して注目を集めたが、そんな引退宣言を撤回して作り上げたのが最新作「わたしは、ダニエル・ブレイク」だ。心臓病を患って働けなくなった大工のダニエルは、複雑な福祉制度のおかげで国の援助を受けることができない。そんななか、ダニエルはシングル・マザーのケイティに出会う。ダニエルはケイティや彼女の子供たちとの交流を通じて生きる希望を見出すが、そんな彼らを厳しい現実が追いつめていく……。
 世界で問題になっている貧困や格差をローチらしい真っ直ぐな眼差しで見つめながら、人間の尊厳と優しさを力強く描き出した本作は、〈カンヌ国際映画祭〉でパルムドールを受賞するなどローチの集大成ともいえる作品だ。80歳という高齢でありながら、引退宣言を覆してでも伝えたかったこととは何なのか。ケン・ローチに話を訊いた。
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――「わたしは、ダニエル・ブレイク」は素晴らしい映画でした。日本でも同じような問題が起こっていて、とても身近なテーマです。映画が生まれた経緯について教えてください。
 「脚本家のポール・ラヴァティと私は、同じような話を何度も耳にしていました。暖かい部屋か食べ物か、どちらかひとつを選ばなくてはならない人たち。生活保護のすべてを失って、生きていけなくなった人たち。屈辱のあまり自殺を図る人たち……。その他にも実にたくさんの話を聞きました。そこでリサーチを始めた結果がこの映画なのです」
――どのようなリサーチをされたのですか。
 「私は実にたくさんの人たちと話しましたし、ポール・ラヴァティは私よりももっと多くの人と話をしました。それは様々な都市や町の人々ですが、状況はみんな同じでした。そう、状況は驚くほど同じだったのです。何よりもよく覚えているのは、人々が受けていた非情な扱いです。政府はそれを残酷だとわかったうえでやっているのです。そのことにはとてもショックを受けました」
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――映画でも政府は困っている人々に何も援助してくれませんね。
 「政府は飢えを武器にして人々を統制しているのです。つまり、失業や病気で働けず補助を求めている人に対するお金の支給を止めると、彼らの生活は脅かされる。食料を買えなくなり、燃料費が払えずに凍えてしまう人も多いのです。着る物もなく、体を壊してしまいます。政府は人々に負担を負わせながら、ほったらかしにしているのです。たくさんショックを受けたのですが、政府が平気で市民の健康状態を悪化させているということが何よりも衝撃でした」
――映画では、そんな風に国に見放された男女、ダニエルとケイティがお互いを支え合う姿が描かれています。二人の関係を描くにあたって大切にしたことはありますか。
 「二人の関係は、それぞれ違った形で、お互いに様々な感情を呼び起こします。ケイティにとってダニエルは、困った時に親切にしてくれる人です。頼りがいがあって、懐が深くて、良い友人です。見返りを求めず、一方的に友情を持ち続けてくれます。独り者で子供のいないダニエルにとって、自分の溢れる思いやりの気持ちを受け止めてくれる女性がケイティなのでしょう。大事にしていた妻は亡くなりましたが、彼の気遣いを必要とする人が現れたのです。ダニエルはその関係にたくさんの想いを注ぎ込みます。だから、ケイティがやむにやまれず身体を売ったことを知り、彼の心は打ち砕かれたのです。そんな風に、ふたりの間には様々なレベルの感情の交わりがあるのです」
――ダニエルを演じたデイヴ・ジョーンズや、ケイティを演じたヘイリー・スクワイアーズの演技も素晴らしいです。あなたの映画に出演する役者達は、役を演じているとは思えないほどリアルな存在感があります。デイヴ・ジョーンズはコメディアンで映画に出演するのは本作が初めてですが、役者を演出するうえで心掛けていることはありますか?
 「私は役者に何も助言しません。ただ、彼らにプロセスとストーリーを体験させるだけです。撮影の順序はストーリーどおりではないので、たいていの場合、役者は次に何が起こるのかを知りません。ですから、それは一種の冒険のようなもので、役者たちは実際にその場に生きているのです。その物語を生きているという感覚が、リアリティを生み出すのではないでしょうか」
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――彼らが演じるキャラクターについては、撮影前に役者に説明したり、議論したりしますか。
 「役者に対してキャラクターの説明は一切しません。役者自身がキャラクターの立場に立って考えます。ですから“誰か別人を演じるんだよ”と役者に伝えるのではなく、“あなたがこの状況にいたらどうする?”と考えてさせるのです。“お金が無いけど食べ物が必要なのです。どうしますか?”。“子どもたちがいて養育費が足りないとしたら、どうしますか?”。他の誰でもなく、あなた(役者)自身が考えて、そうするのです。キャラクターの行動はあなた自身の行動なのです
――あなたの映画の主人公たちの多くは、ダニエルと同じように勝てないとわかっている相手に闘いを挑み続けます。あなたの反骨精神はどのようにして鍛えられてきたのでしょうか。子供の頃からそうだったのですか?。
 「この世界に生きて、実際に起こっていることを見てきたことが影響していると思います。そして、幸運にも映画を作れる立場にいて、チャンスが来た時にそれを実行できる立場にいた、というだけです。反骨精神を持つ人は他にもたくさんいて、彼らは労働組合や地域のグループ、政治グループなどに携わっています。ここ数週間、毎晩のように本作の上映会があり、私も週に2、3回は出かけているのですが、それは世界を変えたい、自分たちのコミュニティを良くしたい、という反骨精神に溢れた人たちが企画したものなのです。政府には彼らの代弁者はおらず、彼らは多くの人々に声を届けることに苦戦しています。それでも、あなたが想像している以上に、たくさんの反骨精神を持った人達が頑張っているのです」
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――あなたの映画は、そういった人達の声を幅広く伝える役割も果たしているのですね。あなたの作品には怒りだけではなく、優れたユーモアのセンスがあって、それが物語に心地良いリズムを生み出しています。ユーモアの力についてはどう思われますか?。
 「ユーモアは私達そのものだと思います。ユーモアなしで物語を綴ることはできません、特に労働者階級の物語は。どの仕事場に行っても常におかしなことが起こります。労働者がいれば、そこに喜劇が生まれます。いつも笑い合える人がいて、おかしなことを見つけ出す人がいて、上司をからかったり、ヘンなあだ名を付けたり……それが彼らなのです。私達は滑稽な存在です。だから、バカなことを止められません。あえてユーモアを取り入れているのではなく、ユーモアは私達を表すものなのです。ユーモアなしに本当の映画を作ることはできません。ユーモアはいたるところに存在していますからね」
――日本では「失業保険で遊んで暮らしている人々がいる」というニュースが度々メディアで取り上げられたり、貧しさを恥じて助けを求めようとしない人がいたりして、失業者をめぐる状況は厳しいものになっています。そうした状況を変えて行くためには何が必要だと思われますか?
 「それは非常に難しい問題です。あなたが言うように不平等が拡大しているのは、神の御業ではなく、経済システムの仕組みがそうなっているからなのです。大企業を経営する人々は安い労働力を求めています。そして、もっとも安価に雇える労働者に仕事を与えます。当然、貧困は増加します。さらに企業は新しいテクノロジーを取り入れるので、人間の仕事はさらに無くなっていきます。それほど多くの労働者は必要ないので、ますます失業者が増えて、格差も広がるのです」」
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――負の連鎖ですね。
 「格差を解消する唯一の方法は、計画的な生産です。家庭内で、食事が終わったら誰かが皿洗いをするように、皆で仕事をシェアするのです。皿洗いは奴隷にやらせて、他の人はただ座って見ている、ということでは駄目なのです。経済も同じで、みんなでシェアしなければいけないのです。生産や移動の手段、銀行など、何でも共同で所有する必要があると思います。共同で所有し、計画を立てるのです。現在のシステムが続く限り、大企業は過剰に生産し続け、化石燃料を燃やし続け、地球の資源を搾取し続けます。結果として、数世代のうちに私達は悲鳴を上げることになるでしょう。環境を守るには計画するしかありませんし、計画するには共同で所有する必要があるのです。ですから私は、共同所有権、民主的なコントロール、計画的な経済が鍵だと思います。地球上で安全に暮らすには、それしかありません」

――そんな風に社会を変えていくうえで、映画は何かの役割を果たすことができると思いますか。
 「映画は現実を変えることはできません。しかし、映画は、書籍、新聞、テレビ番組と同じように、変化を起こそうとする人達を力づけることはできます。『わたしは、ダニエル・ブレイク』に描かれているような状況を変えられるのは、労働者階級の組織だけです。私達が求めているのは抜本的な変化であり、その解決法は富裕層からは生まれてこないでしょう。底辺の労働者階級が行動を起こさなければならないのです。そして、彼らは映画や本や歌に励まされて組織を結成し、くじけることなく、信念を保ち続けることはできると思います。映画は政治運動ではありません。ひとつの声として、人々の合唱に加わるだけなのです」
取材・文 / 村尾泰郎(2017年2月)
「わたしは、ダニエル・ブレイク」
www.danielblake.jp
2017年3月18日(土)
ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかで大ヒット公開中


監督: ケン・ローチ
出演: デイヴ・ジョーンズ / ヘイリー・スクワイアーズ / ディラン・フィリップ・マキアナン / ブリアナ・シャン / ケイト・ラッター/ シャロン・パーシー / ケマ・シカズウェ ほか

[あらすじ]
イギリスに生まれて59年、ダニエル・ブレイクは実直に生きてきた。大工の仕事に誇りを持ち、最愛の妻を亡くして一人になってからも、規則正しく暮らしていた。ところが突然、心臓の病におそわれたダニエルは、仕事がしたくても仕事をすることができない。国の援助を受けようとするが、理不尽で複雑に入り組んだ制度が立ちはだかり援助を受けることが出来ず、経済的・精神的に追いつめられていく。そんな中、偶然出会ったシングルマザーのケイティとその子供達を助けたことから、交流が生まれ、お互いに助け合う中で、ダニエルもケイティ家族も希望を取り戻していくのだった。


©Sixteen Tyne Limited, Why Not Productions, Wild Bunch, LesFilms du Fleuve,British Broadcasting Corporation, France 2 Cinema and TheBritish Film Institute 2016
配給: ロングライド
原題: I, Daniel Blake / イギリス、フランス、ベルギー / 英語 / 100分 / カラー / アメリカビスタ / 5.1ch / 日本語字幕: 石田泰子
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