勝ち負けだけではやってこられなかった――THA BLUE HERBにとっての“ラッパーの一分”

THA BLUE HERB   2016/08/26掲載
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 活動開始から今年で19年目を迎えるTHA BLUE HERB(以下TBH)。彼らの存在を特別なものとしてきたのが、ラッパーのILL-BOSSTINO、ライヴDJを務めるDJ DYEによるライヴ・パフォーマンスだ。彼らの生き様すらも透けて見える凄み溢れるパフォーマンスは、ジャンルを越えて熱烈な支持を集めてきた。
 このたびリリースされたDVD『ラッパーの一分』は、彼らの凄みを余すことなく詰め込んだ映像作品だ。ここに収められているのは、2015年12月30日、tha BOSS初のソロ・アルバム『IN THE NAME OF HIPHOP』リリース・ツアーの最終公演として東京・恵比寿リキッドルームで行われた伝説的な一夜。2時間45分、MCも含めてノンストップで収録されている。
 このDVDの話を中心に、TBHのライヴ・パフォーマンスの秘密に迫るILL-BOSSTINOのロング・インタヴューをお届けしよう。
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――BOSSさんは昨年10月、『IN THE NAME OF HIPHOP』というソロ・アルバムをリリースしましたが、いま振り返ってみてあのアルバムはどのような意味を持つ作品でしたか?
 「TBHの作品は(トラックメイカーである)O.N.Oと1対1で制作してきたんですけど、ソロではO.N.O以外の色んなビートメイカーたちと一緒に制作できたので、そこは大きかったですね。O.N.Oのコードの感覚や展開の作り方はやっぱり独特だなと。ライヴでソロの曲と合わせてTBHの曲をやるなかで、O.N.Oのトラックのクセみたいなものを発見することもありましたね」
――今回のDVDは昨年12月4日の宮城・仙台 enn 2ndを皮切りとする全12公演のツアーの最終公演を収めているわけですけど、ソロ作のリリース・ツアーということでBOSSさんのなかでは普段とは違う思いもあったんじゃないですか。
 「TBHでもリリース後のツアーはやってきたわけですけど、今回の12公演に関しては『IN THE NAME OF HIPHOP』の曲を全曲やりたかったんです。実は今までのリリース・ツアーでもこういうことはやったことがなかったんですよ。ファイナルのLIQUIDROOM(東京・恵比寿)までの11公演の反応もよかった。全会場良かったし、テクニカルな面で言えばこっちも少しずつ上がってきてましたしね」
――手応えがあった、と。
 「そうですね。でも、テクニカルな面で上がれば上がるほどフリーな部分が少なくなっていくのも事実で、突き詰めすぎるとお客さんが入る余地がなくなっちゃうんですよ。そうするとマジックが起こる可能性も低くなってくるので、あまり突き詰めすぎないようにしてます。生の部分は生の部分として残す。そこは大事にしてますね」
――そこで言う生の部分、決めすぎない部分というのはどういうところなんですか。
 「曲間であったりMCであったり、あとはイントロとかアウトロとか。そこの長さは毎回違うし、完璧な構成になればなるほど冷たい感じがしてきちゃう。機械化していくというか。ただ、やればやるほど結局は完璧な構成に近づいていくわけで、リセットするために思いきって1年間休んだりすることもあるくらいです」
――なるほど。ちなみに普段セットリストはどうやって組むんですか。
 「この曲をやることによって前の曲のリリックの筋・ストーリーが通る、そういう部分を考える。今回に関してはソロ・アルバムの曲を全曲やるっていうことが最初にあったので、どうやってソロの曲を散りばめるかということですよね。そこに昔の曲を挟むことによって、どういうストーリーを作っていくか」
――そこですよね、今回のDVDのおもしろさは。たとえば『IN THE NAME OF HIPHOP』に入っていたソロ曲と1stアルバムの曲が繋がっていたりと、ソロの曲とTBHの初期の曲が噛み合って新しいストーリーを描いてる。それもあって、初期の曲もものすごくフレッシュに聴こえてくるんですよね。
 「特に前半はそういう構成になってますね。98年に書いたリリックと2016年に書いたリリックを並べても話の筋が通っちゃうのが自分でもおもしろかったです。どちらも俺から出てきてるものだから当然なのかもしれないけど」
――普段からツアー前にセットリストを決めて、事前にDYEさんと練習するわけですか?
 「そうですね。練習は今も週2回やってますよ。昨日もやってましたし」
――そうなんですか!
 「今回のツアーも昨年の11月中旬ぐらいからツアー用のセットを組んで、2週間ひたすら練習して。あとは現場でやりながら反応や自分たちの手応えを踏まえて曲の流れを変えたり、そういう作業は常にやってます」
――DVDで見ると、普段フロアにいると気付かないようなBOSSさんとDYEさんの細かいやりとりが分かっておもしろいですよね。ちょっとしたアイコンタクトであるとか、一瞬の音の抜き差しの箇所でDYEさんがディレイをかけてたりとか。そういうことがはっきり分かる。
 「確かにDYEは細かいことやってますね。僕もディレイの箇所まではコントロールしてなくて、DYEがDYEの感覚でやってます。だから、僕も映像を後で見返しながら“ここでこんなことやってたんだ”と気付かされることはありましたね」
――MCのどのタイミングで曲が始まるか、そうした部分は細かく決めてるんですか。
 「そこは細かく決めてます。だから、DYEは僕の一挙手一投足をしっかり見てるんですよね。DYEとのコミュニケーションの部分は1MC1DJの醍醐味だと自分では思ってますね」
――今回もトラックを差し替えてやった曲もありましたね。ああいうヒップホップ・マナーもTBHのライヴならではという感じがします。
 「そうですね。そこのおもしろさもやっぱり追求し続けていきたいところで。ヘッズとのイントロ勝負みたいなところがあるし、俺自身も楽しんでいるところがある」
――あと、BOSSさん自身、LIQUIDROOMという会場に対して強い思いを持っているわけですよね。
 「そうですね。大事なときにはずっとやってきたハコだから。一番最初にやったのはいつなんだろう? 2002年とかだと思う。LIQUIDROOM以上大きくなってしまうと(観客に)言葉が伝わってる感じがしないこともあるので、あのサイズが自分にはちょうどいいんですよね。見る側が『この言葉は自分に対して言ってるんだな』という感覚を持てるハコのサイズ感というものがあって、LIQUIDROOMはまさにそういう大きさなんです」
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――2014年12月26日にはLIQUIDROOMで般若さんとの2マンがあって、その日はソールドアウトしなかったわけですよね。それで“1年後はここをソールドアウトしてやる”とMCで宣言されて。その意味でも昨年12月30日の公演は重要だった、と。
 「重要でしたね。LIQUIDROOMクラスのハコを毎回ソールドアウトさせていくというのは決して簡単なことじゃなくて。でも、今回初のソロ・アルバムをリリースして、そのツアーファイナルがLIQUIDROOMという、これ程無い状況でやらせてもらうわけだから、“ソールドアウトさせないと”という思いは強かったですね」
――期待感でパンパンになった開演前の雰囲気をよく覚えてますよ。何が始まるんだろう?というワクワクが充満していて。
 「お客さんも1曲目からガッといってくれたから良かったですね。12月30日だし、“みんな1年間お疲れさま”という気持ちもあったし」
――今回の公演のいくつかのピークのひとつが後半、ゲストを迎えるパートですね。なかでもYOU THE ROCK★さんの登場場面。BOSSさんがかつてYOUさんをDISってきたことは会場中のみんなが知ってたわけで、特別なムードがありましたよね。
 「正直作品としてはここを入れなくてもいいかと思ってたし、俺がYOU THE ROCK★の立場だったら絶対に“カットしてくれ”って言ってたと思う。でも、あいつは“あれが俺の生き様なんで、そのまま入れてくれ”って言ってきたんだよね。失敗や挫折を隠すこと自体に我慢ならなかったと思うんです。“YOU THE ROCK★、格好いいな”と思った。YOUはいろんな負けを経験しながらここまできてる。やつの姿を見て、負けを知ってる分だけ俺より強いかもしれないと確信しましたね」
――YOUさんの後には盟友であるB.I.G. JOEさんが出てきますよね。そこでまた雰囲気が変わる。
 「B.I.G. JOEとの〈WE WERE, WE ARE〉は90年代初頭の札幌で起きていたことを歌っていて、それを東京の人たちが楽しんでいる。僕自身感無量だったし、あのシーンこそ当時を知る札幌の人たちに見てほしいですね」
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――その後、般若さんが出てきますよね。般若さんとの競演曲「NEW YEAR'S DAY」(2014年)から始まったソロでの活動がここで一周した感じがしました。
 「確かにそういう感覚はありましたね。フリースタイル・バトルが最近流行っているけど、2時間45分を使って自分の世界を完結させるラッパーがいてもいいと思うし、俺にとっての“ラッパーの一分”はそこにあって。だからこそブームの真っただ中にこのDVDを出したかった。僕自身、かつてはYOUたち東京のラッパーをこき下ろすことによって上がってきた人間だし、フリースタイル・バトルをやってるラッパーたちが悪いと言ってるわけではなくて、他人様との勝ち負けだけでは19年間やってこれなかった。なぜやってこれているか、それがこの映像に収められていると思います」
――般若さんもまさに同じですよね。
 「そうなんですよ。般若は現在のブームのなかで責任も役割も背負ってるわけで、そういう立場の人間がああやってひとりでステージに出てきて曲をキックする。両方できる般若は凄いですよ、本当に。1MCでライヴをやることに対する労力とモチベーションも凄いし、そこに対するヴィジョンは俺らと共有してるところもある。フリースタイル・バトルで般若のことを知った人たちにもステージ上の般若のことを知ってほしいですね。俺のなかで“本当の般若はこっちだぜ”という思いもあるし」
――今回のDVDは2時間45分、MCも含めてまったくのノーカットですよね。ラップという表現の可能性を切り開いているという意味でも確かにフリースタイル・バトル・ブームの今こそ出すべきDVDという感じはしました。
 「TBHはもともと誰かを追いかける形で始まって……ヒップホップという小さな畑だけど……それでも多少は追われる存在になったとき、自分たちを脅かすものは常に存在しているわけですよ。今のフリースタイル・バトルのブームもそう。俺は俺の19年間を生きてきたので、“こういうラッパーがいてもいいっしょ?”ぐらいの気持ちはありますよね」
――今後の予定は?
 「12月まではずっとライヴが入ってますね。それをまずやって……今のライヴ、結構いいと思いますよ。DVDに入ってるものからだいぶ研ぎ澄まされてきてると思うんで。あと、TBHもTHA BLUE HERB RECORDINGSも来年20周年なんで、何かできたらと思ってます。まだ何も決めてないけど、アイディアを練ってる状態ですね」
取材・文 / 大石 始(2016年6月)
撮影 / 久保田千史
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