最近巷に広がりつつある“アキシブ系”なる言葉。mixi内でもコミュニティが存在し、新たなムーヴメントとして認識されつつある。“アキシブ系”とはどんなものか? その謎を掘り下げてみよう。
90年代初頭に渋谷・宇田川町から日本全国にかけて広がった一大ムーブメント“渋谷系”と、アニメ、ゲームを中心としたオタク文化の聖地として最先端のカルチャーを築き上げた“アキバ(秋葉原)系”。簡単に言ってしまえば、そのムーヴメントの背景にあった音楽が融合したものが“アキシブ系”。つまり、渋谷系のようなオシャレで洗練された音楽とアニメ・ソングやゲーム音楽を含む秋葉原系が合体した音楽を称したものだ。
そんななか、9月21日に
『AKSB〜これがアキシブ系だ!〜』と題されたコンピレーション・アルバムが発売になる。「10年以上前に過ぎ去った渋谷系が今、アニメというフィールドで生きている、というのがコンセプト。アーティストというより、その楽曲をサウンド・プロデュースした人間にスポットを当てているんです」と、この企画盤の制作者でもあり、“アキシブ系”の仕掛け人とも言われている福田正夫氏(JVCエンタテインメント)が語るこのアルバムには、元
ピチカート・ファイヴの
高浪敬太郎、元
ヴィーナス・ペーターの
沖野俊太郎ら渋谷系全盛期に活躍したアーティストをはじめ、
ラウンド・テーブルや
ロッキーチャックなどの渋谷系第2世代。また現在のJ-POPやクラブ・ミュージックにも多大な影響を与える
菊地成孔や冨田恵一、
小西康陽などがプロデュースを手がけた、渋谷系のテイストを持つアニメのオープニング/エンディング曲など15曲が収録されている。
さて、ではどのようなきっかけでこのアルバムは作られることになったのだろう?
「僕の周りにこの手の音楽にものすごい熱意を持っている方がけっこういることに最近気づいて。こういう人が世の中にたくさんいるのなら、コンピレーション・アルバムを出せば“待ってました!”って言ってくれるのかなって気がして。それが直接の原動力になったんです」
福田氏が音楽の制作に携わるきっかけとなったのは渋谷系だったという。
「ある日突然、面識のない方から電話がかかってきて、アキシブ系というのが今ブームの兆しを見せていて、アキシブ系を作ったのは福田さんだとお聞きしまして……と。僕自身もそこで初めてアキシブ系という言葉を知ったんです(笑)。ピチカート・ファイヴ、
オリジナル・ラヴ、
フリッパーズ・ギターとかの作品群が、僕が実際に音楽の仕事に携わるきっかけだったので、ディレクターになってからも結構その手の人たちを作家陣に起用したりということは無意識にやっていたりして。気がつけば作品が貯まっていて、そういう作品群を指してアキシブ系という言葉がどうやら生まれていたらしいんです(笑)。でも、そういうブームが生まれているのなら、それに便乗して大々的に盛り上げていこうと思い、このコンピレーションを制作しました」
このアルバムの聴きどころは、やはり従来のアニメ・ソングとは趣の違うアーティスティックな楽曲が揃っているところだろう。ウィスパー・ヴォイスやスキャット、ソウルやエレクトロニカといった渋谷系のあの頃を彩ったような楽曲。“萌え”といった現代のキーワードとは違う視点から見た秋葉原を90年代初頭の渋谷でコーティングした、アニメ・ソングとは思えないほどのクオリティの楽曲たち。中でも高浪敬太郎が手がけた楽曲はソニー時代のピチカート・ファイヴを彷彿とさせる楽曲で、渋谷系リスナーは狂喜乱舞すること請け合いだ。
「アニメーションの音楽は、非常に制約が少ないんです。作品とマッチしていて、監督とかプロデューサーが気に入ってくれるという大きな枠組みさえクリアしてしまえば、あとは好き勝手なことをやっていい、すごく自由度が高い音楽なんです。僕の邦楽の中での生涯ベスト1はピチカート・ファイヴの
『カップルズ』ですが、
『ちょびっツ』のサントラ盤は、高浪さんとコンセプトを話してるときに、『カップルズ』をもう1回やってみませんかっていう話になって。無茶なことを言ったものですね(笑)。だから、これは高浪さんから見た『カップルズ』のイメージなんです」
実際にこのアルバムを聴くと、今までのアニメとは無縁の世界にあった音楽ばかり。秋葉原の世界と融合した渋谷系は独自のカラーを生み出し、まるで渋谷系が日本の音楽シーンに登場したときのような衝撃を受ける。実際、渋谷系と同じことがアニメ界でも起きていたという。
「渋谷系という音楽が出てきたときは、日本のミュージック・シーンの非常に大きな転機期だったと思うんです。歌謡曲とかニューミュージックが全盛だった80年代に対して、小西康陽さんや
田島貴男さん、
小山田圭吾さんなどが出てきたことによって、日本の音楽の中にソウルとかボサ・ノヴァだとかジャズだとか、そういう一般人がなかなか触れることのなかったオシャレな音楽が押し寄せてきて……。同じように、アニメの劇伴っていったら、やっぱり壮大なオーケストラ音楽だったり、逆に非常にチープな打ち込みだったりという手法がメインだったわけですよね。そこに
菅野よう子さんとか、今までの常識からするとちょっとエキセントリックなBGMを作る作家が現れて。それからいろいろな才人が続々参入してきて、渋谷系と同じような変革がアニメ界でも起きている。その辺の歴史を紐解けるようなカタチで作ったんです」
“アキシブ系”の定義は明確ではなく、現状では人によってかなりの相違点があるようだ。
「アキシブ系はなんとなく自然発生的に沸いてきた言葉なので、アキシブ系というのはこれだよっていう定義はまだ誰も正確にはしていないと思います。アニメ・アイドルみたいな女の子がちょっとトランスとかテクノ的なアレンジで歌っている音楽をアキシブ系と定義してる人もいますし。僕は“僕のアキシブ系はこれだ”と思ってこのアルバムを作ったので、また全然別のディレクターが“いやいや、これがアキシブ系ってことなんじゃないの?”ってコンピを作ればまた全然違うものになるかもしれない。そういう意味ではユーザーの方も含めて、みんなで議論しながら、盛り上がっていくといいかなと思いますね」
そんな福田さんが考えるアキシブ系とは具体的にどんなタイプの音楽なのか?
「ジャズとかソウルとかボサ・ノヴァとか、昔の映画音楽、いわゆるサバービアって呼ばれるジャンルなどを背景に持つアーティストたちが、なんとなくあの時代にいっぱい集まってきて、作っていた音楽が渋谷系って呼ばれた。そういった音楽的背景を持つアーティストがアニメという自由なフィールドの中でポリシーを曲げずにやってる音楽がアキシブ系なのではないでしょうか。と言いつつ、実はコンピレーション盤のジャケットに、アキシブ系の定義が英文で記されているんです。しかも、どこにも日本語訳が載っていないという(笑)。これは僕が書いた日本語を訳してもらったものなんです」
そして、現在“アキバ系”を賑わしている、最近のアニメ音楽の見られ方にも変化があるという。
「アニメ音楽の見られ方って最近になって徐々に変わってきたと思うんです。最近だと、
CHEMISTRYとか
中島美嘉とかJ-POPの第一線の人たちが普通にアニメ音楽をやっている。そういう意味ではアニメ音楽だから遠ざかる、遠ざけられるという感覚がだいぶ薄れてきてると思うんです。でも、そうは言っても一般的にはまだまだJ-POPとアニソンには大きな隔たりがあって……。こういうアキシブ系みたいなムーヴメントがあることによって、アニメ音楽も実はものすごくクオリティの高いハイセンスなことをやっているジャンルなんだっていうことを、一般の方々に認知していただきたいというか。中学・高校の頃にまさしくピチカートとかを聴いていた30〜40代の人たちが、“今聴く音楽がない”って思ったときに、あの時代のあの音楽がここにあるんだって思っていただけると非常にありがたいですね」
アニメ・ソングといった枠を超えて、ひとつの楽曲として存在し、アニメの存在なしでも評価される。そんな音楽になり得る音楽、それが“アキシブ系”なのかもしれません。 “渋谷系”をルーツとし、カフェ・ミュージックやクラブ・ミュージックと同一線に並べられるサウンドでかっちりと固めたこの“アキシブ系”のアルバムによって、“萌え萌えなキャラクター・ソングなどがアニメ・ソングである”という先入観は確実に180度変化させることができることでしょう。アニメだからという食わず嫌いな方にこそ聴いていただきたい一枚だ。
構成・文/編集部(2007年9月)