鈴木茂の名盤『BAND WAGON』と『LAGOON』が、このたび未発表音源を加え、装いも新たに復刻! 今回の特集では自他共に認める“風街チルドレン”であるラッパー、かせきさいだぁ≡をインタビュアーに、ほどよくリラックスした雰囲気のなか、ご本人が手掛けたという復刻盤のミックス作業やオリジナル盤の制作秘話について、茂さんに語ってもらいました。意外な趣味の話も飛び出す“スペシャル・ボーナス・トラック”もお見逃しなく! かせき 「茂さんが新たにミックスしなおした『BAND WAGON』と『LAGOON』聴かせてもらったんですけど、最初は“再発するって言っても、そんなに変わらないでしょ”みたいな感じに思ってたんですよ。そうしたら音が、ものすごく良くなってて。ビックリしました」
茂 「どうもありがとう」
かせき 「演奏もすごく格好いいし。一緒に仕事してる若いコが“誰ですかこれ!? ”って、すぐに反応してましたもん」
茂 「自分で作業して改めて思ったんだけど、1個1個の音のパワーがすごいんだよね。それを混ぜ合わせるだけで、かなりの迫力が出てくる。あと、技術的なところでいえば、今回は鉄板エコーを使ってるんですよ」
かせき 「機械的なエコーじゃなくて」
茂 「デジタル・リヴァーヴも少しだけ混ぜたけど、メインは鉄板エコー。だから音に温かみがあるんだよね」
かせき 「『BAND WAGON』には、ものすごいリズム隊が参加してるんですけど、今回は、そのあたりもさらに際立ってますよね」
茂 「ダグ・ローチとデヴィッド・ガルバルディは当時、一緒にバンドをやろうっていう話で盛り上がっていたんだよ。だからタイミングもすごく良かった」
かせき 「正直、茂さんが予想していた到達点の、さらにその上をいくような作品になったんじゃないかなって思うんですよ。ある意味、奇跡というか。狙ってこんなアルバム、絶対に作れないですよね」
茂 「そうだね。でも本当に予想外なことは多かったですよ。特にベースに関していうと、当初は、
チャック・レイニーとか、モータウンの
ジェームス・ジェマーソンみたいな、オーソドックスなプレイが入ることを想定してたから。ダグ・ローチがチョッパーとか弾きだして、“アレ!?”って」
かせき 「マズイぞと(笑)」
茂 「自分が想像していた感じと、あまりにも違ったからね。でも、やっていくうちに、むしろ、ファンキーな感じのほうが面白いんじゃないかと思うようになって。今思えば、即興性というか、その場のアイディアをダイレクトに表現できるような現場だったね」
かせき 「『BAND WAGON』を聴いた
細野晴臣さんや
大瀧詠一さんが、当時すごく焦ったっていう話を、以前、
松本隆さんから聞いたことがあったんですけど」
茂 「まあ、焦ったっていうか、僕がこういうサウンドを作ったことが、すごく意外だったんじゃないかな」
かせき 「あと、松本さんと国際電話で歌詞のやりとりをしてたってエピソードが本当に大好きで」
茂 「向こうで出来た曲が4曲ぐらいあったのかな。それで、言葉の数を電話で松本さんに伝えて、しばらくすると歌詞が上がってくるんですよ」
かせき 「電話でこの歌詞を聞いたら、超ビックリすると思うんですよ。しかもアメリカで(笑)。特に〈微熱少年〉とか、“ビー玉”や“路面電車”だったり、すごくレトロな言葉が使われてるじゃないですか」
茂 「そうそう。演奏はアメリカナイズされてるのに、歌詞はどこか畳の香りがするっていうね(笑)」
かせき 「でも、あの感じが、初めて聴いたとき、すごく斬新に思えたんですよ」
かせき 「僕、20代の前半ぐらいでラップをはじめたんですけど、当時は、ほとんどがアメリカのコピーみたいな感じで、“これぞ日本”っていうものがなくて。僕は、つげ義春とか、あのあたりの漫画が好きだったんで、この世界観をなんとかヒップホップで表現できないだろうかと思って悩んでたんです。そしたら友達から、“同じようなことを昔、やってた人たちがいるよ”って、
はっぴいえんどの
『風街ろまん』を渡されたんです。その流れで、はっぴいえんどのメンバーのソロも聴くようになって」
茂 「なるほどね」
かせき 「ただ、ヒップホップをやっていたので、歌が乗ってない部分で、サンプル・ソースとして、使えるフレーズはないかな、みたいな聴き方も同時にしていて。そういう意味でいうと、『BAND WAGON』とか、本当に日本のレア・グルーヴというか」
茂 「そういう風に聴いてくれてた若い人って結構いたみたいですよね。たぶん90年代の頭ぐらいだったと思うけど、イギリスのクラブで僕のレコードがかかっていた時期があったみたいで。『ストレート・ノー・チェイサー』っていう音楽雑誌のジャズ部門かなんかの8位に、僕の〈スノー・エキスプレス〉が一瞬チャート・インしたことがあったんですよ。あれは、驚いたなあ。リンダ・ルイスの再評価があったり、ちょうど、その頃に、ルーツ回帰みたいな動きがあったのかもしれないけどね」
かせき 「でも、今の若いミュージシャンって、パクったとか言われるのを必要以上に恐れているのか、自分のルーツを隠す方向に向かってますよね。それってなんか、もったいない気がしちゃって」
茂 「テクニック的な部分は隠した方がいい場合もあるけど、音楽的な影響はどんどん明らかにしていったほうがいいよね。そうすることによって、音楽がより多くの人たちに広まっていくことになるわけだし」
かせき 「僕も、かせきさいだぁ≡の〈相合傘〉って曲で、茂さんの『BAND WAGON』から〈ウッドペッカー〉をサンプリングして使わせてもらってるんですけど。やっぱり自分が影響を受けたものって、ちゃんと声に出して、いろんな人に伝えていきたいんですよ」
茂 「はじめて、かせき君の曲を聴いたときはビックリしたけどね(笑)。まさか自分のカッティングに、ラップが乗るなんて思いもしなかったから。でも、それがきっかけで、のちのち一緒に演奏するようになったりするわけだから、そう考えると、すごく面白いよね」
取材/かせきさいだぁ≡
構成/望月 哲
撮影/高木あつ子
(オリジナル盤:1975年3月25日発売)
過去の作品に価値を見い出し、陽の目を当てる「再発」がスタートした90年代初頭、ダンス・ミュージックにおけるレア・グルーヴの概念をアダプトすることで、新しい価値が付与されたジャパニーズ・ポップ・ミュージックの大いなる遺産。その山から鈴木茂のマスター・ピース『BAND WAGON』はDJによって掘り起こされ、ピック・アップされた。たしか当時、公の場では
TOKYO NO.1 SOULSETの
川辺ヒロシや
小沢健二が大いに盛り上がっているらしいことが伝えられていたが、その川辺がトラック・メイクを担当した、かせきさいだぁ≡の「相合傘」で、「ウッドペッカー」をサンプリングしたことはその象徴的な出来事と言えるだろう。つまり、ダンス・ミュージックの現場にあっては、特に中〜低域の出音が重要であるが、リトル・フィートやスライ&ザ・ファミリー・ストーンのメンバーとアメリカ西海岸で録音した『BAND WAGON』のファンキー・ロック、その鳴りはDJプレイやサンプリングのネタとして最適であったというわけだ。そして、今回、鈴木茂本人による再ミックスが施された本作は、75年のオリジナル盤とは別物と考えるべきであろうが、果敢にも現代的なサウンディングを追求した彼の意志こそ、若いリスナーにとっては大きな贈り物といえるのではないだろうか。とにかく必聴である!
(オリジナル盤:1976年12月5日発売)
高度経済成長と共に変わる街並、そして、フュージョン/クロスオーバーやAORが支持を集めた時代性と共に『BAND WAGON』の土埃立ち上るファンキーなサウンド・スケープは76年に一転すると、『LAGOON』の澄み切った青の時代へ。個人的な話で恐縮だが、そんな本作を幕開ける「LADY PINK PANTHER」は、明け方のダンス・フロアで聴いたばかりだ。プレイしていたのは、最新のテクノやハウスと同列に捉えながら、ジャパニーズ・ポップスをきっちりとダンス・ミュージックの文脈で魅力的にプレゼンテーションしてみせるDJの
二見裕志氏。素晴らしい作品は、ほんのひとさじのスパイスでこうして軽々と時代を超えてみせるのだ。アダルト・オリエンテッドな楽曲の良さはもちろんのこと、ハワイという楽園でのレコーディングにおいて展開されたティン・パン・アレーの素晴らしい演奏、松本隆の美しい歌詞世界は、2008年のダンス・フロアでも有効であるし、もちろん、その洗練された表現世界はホーム・リスニングにもしっくりくる。そんな本作の再ミックス盤は、一音一音の解像度が増したことで、その楽曲はジューシーで耳に美味しく感じる最高の一品に。そのままでお召し上がり頂きたい。
かせき 「そういえばライヴも2回ぐらいご一緒しましたよね」
茂 「そうそう。かせき君のバックでギターを弾いたこともあったね」
かせき 「いや、バックっていうか(笑)。僕が茂さんのバックのつもりでやらせていただいたんですけど。マイク持ってるんで、どうしてもステージの前の方に出なければいけなくて」
茂 「あとは
ブレッド&バターのレコーディングでコーラスを一緒にやったり」
かせき 「ありましたね。で、レコーディングの空き時間とかに、いろいろ話をしてもらって。茂さんが一時期、乗馬をやってたこととか」
茂 「あの頃はね、結構やってましたよ。毎週、土日。なかなか楽しくてね」
かせき 「たしか馬が暴走したことがあったんですよね」
茂 「2、3回あった。一番怖かったのは、怪我して1ヵ月ずっと厩に入れっぱなしだった馬に乗ったとき。乗ったら馬の首が震えてて、先生が手綱を離した途端、興奮してコースを10周ぐらい暴走しはじめた(笑)。僕はそのとき、必死になって手綱を引っ張ってね」
かせき 「それ、鈴木茂ファンから見たら衝撃的なシーンですよ。“うわ〜、茂さんの指が!”って(笑)」