11月26日(水)に開催された〈パレスチナ人民連帯の国際年・記念シンポジウム〉(主催: 国連 広報センターなど)で、本年度米アカデミー賞ノミネート作品『オマール、最後の選択』(
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映画『オマール、最後の選択』は、イスラエル占領下で生きるパレスチナ人・3人の青年の心情と葛藤を描いた作品で、〈カンヌ国際映画祭〉で審査員特別賞を受賞、さらに本年の米〈アカデミー賞〉外国語作品賞にノミネートされるなど、世界各国で高い評価を受けた作品。
自爆攻撃へ向かう2人の若者の内面に迫った映画『パラダイス・ナウ』(2006年)で〈ゴールデングローブ賞〉外国語映画賞に輝いたハニ・アブ・アサド監督の新作で、今回は製作、脚本、監督をつとめている。これまでパレスチナでは、フランスなど外国との共同出資で映画製作をしてきたが、今作はパレスチナで初めての100%自国出資作品としても話題を呼んでいる。
今年は国連が定めた“パレスチナ人民連帯の国際年”で、“パレスチナ人民連帯国際デー”にあたる11月29日を記念して開催されたシンポジウムでは、『オマール、最後の選択』の上映後、中東問題の第一線に立つパネリストによるディスカッションも開かれ、会場に集った約300人が熱心に耳を傾けた。
NYの国連本部から来日したマーヘル・ナセル氏(国連広報局長代行)は、「この映画を観たのは今日で3回目ですが、毎回新しい発見があります。私自身もパレスチナ人で、まだ 兄弟が現地に住んでいるので、故郷を思い出してしまいます。それくらいこの映画は現実を切り取っていて、青春映画であり恋愛ドラマでもありますが、パレスチナが抱えてい る安全保障問題、人権問題の現状を鮮明に伝えている作品だと思いました」と挨拶。
また日本国際ボランティアセンター(JVC)の現地職員としてガザで調査している金子由佳氏もこの日のために現地から駆けつけ、劇中の舞台である分離壁の特徴や問題点を写真を使って解説した。特に映画の中心舞台であり、イスラエルが国際法に違反してパレスチナを分断している8mを超える壁に関しては、「市民の日常生活の行き来を困難にするだけでなく、医療保険サービスが分断されてしまった問題があります。分離壁の検問所は542個も存在しており、2012年の時点で、壁を通過しようとした救急車591台のうちに通過できたのはたった41台だけ、検問所で死亡した人は135人にも上っています。中でも急患の妊婦は検問所で出産を余儀なくされ、その多くが死産となりました。」と、現地の最新情報をレポートした。
旧ユーゴスラビアで難民の支援活動に携わった長有紀枝氏(立教大学教授)は、「映画の中でパレスチナ人の若者が緊張する場面で、あちこちでジョークを交わすシーンが印象的でした。正気でいるためには笑い飛ばさないといけない過酷な現状や、自分たちの精神だけは誰にも占領されないという強い意志が伝わって来た」と感想を述べた上で、「緒方貞子さんが国連高等弁務官事務所(UNHCR)の代表だったころ、“人道支援はただ人の命をつなぐだけで、根本的な解決にはつながらない”とおしゃっていました。政治問題を解決できるのは政治だけです」と話した。
本作を来年、日本で配給するアップリンクの浅井 隆社長は、「
マドンナが、この作品を観た後ツイッターで“See, This brilliant film!(このすばらしい映画をぜひ観てほしい)”と書いていましたが、この作品はドキュメンタリーでは表せない、人の感情のひだを描くことのできる劇映画です。パレスチナの複雑な現状を、事実や論理だけでなく感情を揺さぶることによって伝えている作品だと思います。今年7月のイスラエル軍によるパレスチナ・ガザ地区への集中空爆によって多くの市民が犠牲になったときに、国連人権理事会は、イスラエルの軍事作戦を非難する決議案を採択しましたが、日本は残念ながら棄権しています。現状を変えるには政治を変えること、その政治を変えるのは、選挙しかありません。来月の選挙に参加しましょう」と呼びかけた。『オマール、最後の選択』は2015年公開予定。
(文 / 鈴木沓子)