日本を代表するピアニストのひとり、
田部京子の久々となる協奏曲録音
『モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番、第21番』(COGQ-60 税込2,940円)が7月18日にリリースされます。
田部の協奏曲アルバムは、1995年発売の
モーツァルト(第9番&第24番)、2000年発売の
ベートーヴェン(第4番&第5番)の2枚がありますが、いずれも瑞々しく迷いのないタッチと誇張を排した衒いのない音楽性で、高く評価されました。
そして今回、12年ぶりとなるファン待望の協奏曲録音が、教鞭をとる上野学園の協力のもとで実現しました。共演は、真摯な音楽性で若手のホープと目され、田部がもっとも信頼する実力派指揮者、
下野竜也が率いる
紀尾井シンフォニエッタ東京。
響きのよさに定評のある上野学園の石橋メモリアルホールで、最高の布陣で臨むことになった収録は、公演のライヴを含む形で進められましたが、名盤ひしめく同曲の中で、期待に違わぬ見事なアルバムとなりました。
田部の演奏は、いつもながらの隅々まで目配せの行き届いた丁寧な演奏ではありますが、思い切りのよいテンポの緩急などロマンティックな楽興に心奪われる瞬間が多いことに、嬉しい驚きをおぼえる向きも多いことでしょう。ライヴならではのアレグロの疾走感の一方で、同じ楽章内でも緩やかな楽想の部分では、ゆったりとした時間の流れと拍節感の中でロマン的な感興を振りまきます。
シューベルトやシューマンでの田部の佳演に通じるこのようなロマン的美質は、第21番で披露されている田部自作のカデンツァにも色濃く現れており、第20番で採用されたベートーヴェン作のカデンツァとも見事にバランスされています。いわば、“古典派の側から少しばかり扉を開けて、ロマン派の世界を垣間見る”かのような今回の田部の演奏。それでいながらモーツァルトらしい自在さにあふれ、古典派の格調高さをいささかも失わないあたりは、まさに至芸といえましょう。
その演奏は、奏者の主観が色濃い往年の演奏スタイルと、その反定立としての“オーセンティック志向”が席巻した20世紀後半の演奏史を、二項対立を超えて鮮やかに集大成し、教条主義の先にある新たなステージのモーツァルト演奏の到来を感じさせます。田部という名手を得て、まさにこの時代に生まれるべくした生まれた名盤です。
その田部を支えるのは、下野竜也指揮紀尾井シンフォニエッタ東京。田部の緩急に絶妙のバランスで自在に寄り添うその演奏は、テーマからバス、内声までの各声部が誠に雄弁に彫塑され、新鮮な感動で聴き手の耳を奪います。丁寧に整えられたバランスといい、その仕上がりは、まさに超一級品。第21番第2楽章冒頭の名高いメロディの美しさなど、言葉を失うほどです。