熊木杏里連載 「聴こえる書斎〜はなよりほかに」 - Chapter.6 【特別寄稿】『はなよりほかに』白書
掲載日:2009年12月4日
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 6枚目のアルバム『はなよりほかに』のリリースから約1ヵ月。本連載の最終回となる今回は、全国ツアーを経て、あらためて新作についての思いを、熊木杏里さんに綴っていただきました。『はなよりほかに』という作品の深層には、ご自身も気付かなかったある真実が潜んでいたようです。
Live Report
〈熊木杏里 Autumun Tour 2009 はなよりほかに〉
2009.11.15 東京公演レポート
 11月6日からスタートしたツアー〈熊木杏里 Autumun Tour 2009 はなよりほかに〉も大盛況のなか、11月23日の名古屋公演で終了しました。そこで、11月15日に東京国際フォーラムで行なわれた公演の模様をレポートします。
 「“そのときのありのまま”をさらけ出す」ことをテーマにしていたという6枚目のアルバム『はなよりほかに』。この作品のリリースにともなったツアー〈熊木杏里 Autumun Tour 2009 はなよりほかに〉でも彼女は、“いま、ここでしか”生み出せない歌を、豊かで奥深い表現とともに届けてくれた。

 楽器のほかにはほとんど何もない、シンプルな佇まいのステージ。5人のミュージシャンとともに姿を見せた彼女は、ゆっくりと呼吸を整えたあと、最初の曲「未来写真」――『はなよりほかに』のなかでも、もっともポップな手触りを持つ――を歌いはじめる。チェロ、鍵盤、ベース、ドラム、ギターからなる、オーガニックなサウンドのなかで、その歌は徐々に感情の度合いを増していき、オーディエンスの気持ちを確実にひきつけている。あまりにも切実な恋心を描いた「あなたに逢いたい」、タイトルどおり、どこか感傷的な思いがじんわりと伝わってくる「センチメンタル」。ライヴが進むにつれてバンドと歌の一体感が高まり、彼女のなかにあるパーソナルな情感が確かな普遍性を持った音楽へと昇華されていく。わずか3曲で彼女は、このライヴの意義をまっすぐに提示してみせたのだ。
 「『はなよりほかに』は私にとっても、大好きなアルバムになりました。ぜひ大切な人を思い浮かべながら、一緒に時間を共有できたらいいなと思います」というMCの後は、ひとつひとつの楽曲に彼女自身の思いをきちんと重ねながら、より豊かな色彩をたたえたステージを展開していく。個人的にもっとも強く心に響いたのは、生々しいエモーションと寓話的な世界観がひとつになった「天使」。“ありのままの自分”を基軸にしながらも、決して聴き手の側に感情を押し付けることなく、しっかりと洗練された音楽として表現していく。この曲には彼女のシンガー・ソングライターとしての魅力が、もっとも端的に示されていると思う。

 小田和正のカヴァー「Who Woh」のあとに演奏された、「誕生日」も印象的だった。大阪での公演(11/13 大阪なんばHatch)からセット・リストに取り入れられたというこの曲は、目の見えないファンから送られてきた手紙を読み、「何か言ってあげられることはないだろうか?」と考えたことがきっかけになっているという。理由はなにもない。あなたという人がいる、そのこと自体が奇跡なんだ――そんなメッセージが会場のひとりひとりの胸に染み込んでいく。その光景はまちがいなく、この夜のライヴのハイライトだったと思う。

 ライヴ後半も濃く、豊かな情感がたっぷり込められた歌が続く。一緒にいたい、守りたい、いつまでも共に生きていきたいと、大切な人への気持ちがまっすぐに響く「こと」、ひとつの恋を失ったときに見えた、新しい風景を叙情的に映し出した「Snow」――その情景がゆっくりと浮かんでくるような感覚もまた、彼女のライヴにおける大きな魅力のひとつ――そして、「これからも、生きていくなかで感じることを歌にしながら……また皆さんにお会いしたいと思います」という言葉に導かれた「バイバイ」。すべての歌が終わったあとに僕の心に残ったのは、心地よい静けさと暖かく、幸せな気持ちだった。彼女自身の生活、人となり、そこに宿ったさまざまな思いがゆっくりと広がっていく、とても奥深いライヴだったと思う。
取材・文/森 朋之

【6th アルバム『はなよりほかに』】
発売中
(初回限定盤:11曲+ボーナストラック2曲入り3,000円)
(通常盤:全11曲入り2,800円)

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