濱瀬元彦E.L.F Ensemble&菊地成孔 “擬制の終焉”から始まるブレない音楽とは?―最大の理解者・菊地成孔を迎えて17年ぶりの新作を発表

濱瀬元彦 E.L.F Ensemble   2010/11/30掲載
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濱瀬元彦E.L.F Ensemble&菊地成孔 “擬制の終焉”から始まるブレない音楽とは?―最大の理解者・菊地成孔を迎えて17年ぶりの新作を発表
 濱瀬元彦。この固有名は新しいものではない。それはすでにあった。「来日したジャコ・パストリアスが濱瀬に会いたいと指名した」。「ミリオンヒットを連発するあるバンドのベーシストは濱瀬に師事していた」。エピソードは無数にある。あの濱瀬が17年ぶりに新作『“The End of Legal Fiction”Live at JZ Brat』を発表する。これも往年のファンにとっては新しい大きなエピソードだろう。だが、彼の率いるバンドの名前はこう示唆する。“End of Legal Fiction”(擬制の終焉)。新奇さや話題など、音楽のスペックをこぞって消費する“擬制”は終わった。我々は、“音楽のスペック”ではなく、“音楽”を聴くのだ。



――まず、バンド名の由来から教えてください。
濱瀬元彦 「E.L.Fは、“End of Legal Fiction”のイニシャル。これは高校生のときに読んだ、吉本隆明さんの『擬制の終焉』(62年)という著作タイトルの英訳ですね。前作『テクノドローム』(93年)と今作に、同名の曲を収録しているんですけど」
――レーベルからの紹介文に、「21世紀型マンドライヴ・テクノ・ジャズの最高峰」とありますが、この曲も、10分以上緊密にグルーヴしつづけていて、とにかくすごいパワーを感じます。
濱瀬 「今作は、生演奏だからこそ生まれてきたものの面白さが勝っていますね。僕のソロ・パートは、前作の時点でもすべて一発録りの即興で、僕自身のやり方はなにも変わってない。変わったのは、僕の音楽を実現できる一流のプレイヤーたちが集まってくれたということです。そのひとりであり、新作を出すよう応援してくれて、プロデュースを買って出てくれたのが菊地(成孔)さん、というわけ。大事な友人であり、僕の音楽の最大の理解者ですね(笑)」
菊地成孔 「そんなそんな、ありがとうございます(笑)」
――同曲でも、濱瀬さんと菊地さんのソロがオーヴァーラップする箇所がありますが、いっしょに演奏されていていかがですか?
菊地 「濱瀬さんのリード・ベースは、オクターヴァーで音が重なっているから、音のレンジがすごく大きくて、ダイナミックな波が来る。共演していて、これはほかにない経験なんですね。ふつうジャズでソロをとるときは、下にベース、上にピアノと、サックスの帯域が空いていて、“入りゃんせ”みたいなところがある。E.L.Fの場合、サウンドスケープ全体が、リゾーム(地下茎)的な複雑な細部を持って、生き物みたいに動いている。海にダイヴするようなイメージですね」
濱瀬 「そもそも、ふつうのプレイヤーではE.L.Fでソロをとれないと思う。そういう意味でも、菊地さんの参加は必然だったと思うね」
菊地 「そう言ってもらえてすごくうれしいですが、この作品を聴いて“いいな”と思えた人は、演奏技術のレベルにかかわらず、このサウンドスケープの中でソロをとれると思います。今回の作品は、濱瀬さんのサウンドスケープに意味がある。この前、YouTubeでE.L.Fの映像を見たんですよ。そのときの訴求力がすごくて。いま音楽は、iTunes、YouTube、MySpaceとか、パソコン上でザッピング的に聴かれている。そんな状況ゆえに、濱瀬さんの音楽が持ってる“環境を構築する力”が際立つんだよね。いま“音の環境”と言う人は多いけど、オーディオ環境的な、聴取の問題にばかり意識が行ってしまっている。それはあまりに一部の問題でしかない。対してE.L.Fの場合、理論構築、技術の精度と、“環境”を立ち上げるのに必要なすべてがちゃんと揃っているんです」




――濱瀬さんは『ブルー・ノートと調性』などの著作で知られる音楽理論家でもありますね。
濱瀬 「クラシックでは、優れた演奏家が理論家でもあるという例は少なくないけどね。僕は音楽をずっと研究してきているけれど、あくまで音楽をやるために研究しているんです。“表現は言葉や理論じゃない”というのは、単に、それ自体が貧しい言葉ということにすぎない」
――菊地さんも、日本では“作家は黙すべし”みたいな美学が強すぎると、何度も指摘されていますよね。
濱瀬 「ただ、菊地さんの活動を見ていて、時代も少し変わってきたのかなと思った。あるいは、菊地さんが変えたのかもしれない。今回は、17年前より手応えを感じていますね」
菊地 「20世紀は、“早すぎた人が悲劇的な道を歩む”という物語が繰り返されすぎた。我々は、古典を聴ききっていないし、読みきってもいない。つい10年前のものにしたって、実は斜め聴きしているだけかもしれない。でも、すぐに次の新しい音楽を聴かなければならない。本作の収録曲は、『テクノドローム』や『樹木の音階』(88年)で一度発表されている。でも、濱瀬さんはふつうに“あれをやろう”と言う。なぜなら、まだちゃんと聴かれていない音楽だから。そのブレのなさにも、僕はすごく心打たれるんです」
濱瀬 「作った時点での判断が間違っていなければ、音楽は古くならないんです」
菊地 「ここ数十年で、音楽にいろんな疲弊が起こっている。E.L.Fは、その欺瞞を暴くというより、空虚さ、疲れとかを埋める方向に行っていると思う。だから音楽が、すごく瑞々しいんです」


ライヴ・レコーディングの凄さを体感せよ!
『The End of Legal Fiction Live at JZ Brat』予告編
取材・文/田口寛之(2010年11月)
<『“The End of Legal Fiction”Live at JZ Brat』レコ発ライヴ>
2010年12月6日(月)
東京・青山 EATS and MEETS Cay
開場18:00 開演19:00
前売り:3,500円 当日:4,000円

問・詳細:EATS and MEETS Cay
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