2000年代後半から2010年代前半にかけて、おもにニコニコ動画を中心に盛り上がったネットラップ/ニコラップのシーンは、DAOKOを筆頭にぼくのりりっくのぼうよみ、電波少女、Jinmenusagiなどなど多くのアーティストを輩出してきた。媒体資料に“ネット・ラップ叩き上げの異能MC”と記される野崎りこんもそのひとりだ。
電波少女の初期メンバーで、2009年に『
Love Sweet Dream EP 』をフリーDLで発表してソロ活動を開始。2014年の『コンプレックス EP』を経て、2017年には術ノ穴からファースト・アルバム『
野崎爆発 』をリリースして話題を集めた。
このほど発売されたセカンド・アルバム『Love Sweet Dream LP』は10年前のEPの続編だという。Shaka Bose、RhymeTube、神尾けいらが提供するトラックに乗せて、ある曲ではストーリーの一断片を切り出し、またある曲ではひとつの風景を描写し、はたまた屈折しながら自己言及するなど、直接的な関連はないがどことなく統一されたトーンのある13曲を、見事なスキルで聴かせてくれる。
この日は人生2度目のインタビューだったそうだ。物静かだが明朗な、落ち着いた口調に耳を傾けてみよう。
――新作は最初のEP『Love Sweet Dream EP』の続編だそうですね。
「はい。初心に返ってというか、原点に立ち戻ってシンプルに作ってみようと。あと、曲が揃ってくるなかで『Love Sweet Dream』というタイトルがしっくりきたんです。最初からそのつもりだったわけではなくて、途中からLove、Sweet、Dreamという3つの単語のイメージでまとめていった感じです。」
――一つひとつの曲は、映画のワンシーンみたいな印象を受けました。
「まさにそうです。ビートを聴くと画(え)が浮かんでくるんです。場面みたいな。それを言葉で描いていくんですよ。物語をまるごと描き切らないで、ある場面だけを切り取って提示したりもしますね」
――とりわけ強いインパクトを受けたのが「ミユキ」です。この曲は突出して具体的ですよね。
「これじつは元ネタがあって、こだまさんの『夫のちんぽが入らない』という本なんです。こだまさんは元教師なんですけど、新任のときに学級崩壊を経験してて、その原因になった子がミユキって名前で、その子と数年後に和解するんです。その部分を切り取った感じです」
――なるほど。違った意味でインパクトがあったのが”曰くネット界の異端児なんだそうです/「でもじゃあお前が売れてないのって一体なんで?」”と、自己言及をいわゆるボースティングとは違う形で展開した「Out of the Loop」でした。“あの娘は野崎りこんより星野源が好きさ”と歌う「4 am」とか。
「自分の性格上、ボースティングをしてもあんまりリアルじゃないというか等身大じゃないので、自分なりの使い方をするとこうなるって感じです。自分がヒップホップを聴くときにネームドロッピングや“like a なになに”みたいな比喩に惹かれるので、面白味として入れるようにしてます」
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――ああ、浜村淳(「空を分かつ」)から濱田岳(「Lucy Lucy feat. haruru犬love dog天使」)まで、いろいろ出てきますね。“ネット界の異端児”みたいに呼ばれることに関してはどう思っていたんですか?
「違和感がないと言えばウソになるというか、多少“大げさだな”とか“申し訳ない”と思ってました(笑)。自分はオタクでもなくて、ただネットにはまってるだけの人間だったので、“インターネット代表”みたいな言われ方は恐縮だなって。自分には持ってるものが何もないんで、オタクみたいにひとつのことにどっぷりはまって深いところまで掘り進めてるひとには憧れがあります」
――“何も持っていない”は謙遜だと思いますが、そんな野崎さんに独自のものというと?
「そうだな……目線ですかね。自虐的だからこそ、奇をてらうわけじゃないですけど、ひとと違う目線で見てやろうみたいなのはあるかもしれないです。同じものを見てても、切り取り方を変えようとか。自分なりに咀嚼して作る、ということはずっと意識してます」
――自虐的ではあるけれど、卑屈さは感じないなと思って。
「自分大好きなんでしょうね、結局(笑)。自虐風自慢なんで。本当は悪いと思ってないんだと思います」
――全般に映画の匂いが濃密ですね。しかも邦画。
「映画、とくに邦画が好きです。『人のセックスを笑うな』の井口奈己監督の作品とか。何か起きそうで特に何も起きないまま淡々と進んでいく映画を、半分寝ながら見るっていう。見終わって“どういう映画だった?”って訊かれても“あー……”みたいな(笑)。世界観を見るというか、雰囲気を楽しんでるんだと思います。セリフ回しとかがリアルで、ひとの日常を覗いてるような気分になるんですよね。あと、風景を普通に切り取った映像でも、フィルムで撮ってるから、自分が実際に歩いている街が違って見えたりもする。フィルターを通した風景を見るのが好きなんです」
――さっき咀嚼という言葉もありましたが、野崎さんもそういうフィルターを通した風景やストーリーを描いているんですね。
「そうですね。どの曲もかならずそれは通すようにしてます。最終的には聴いたひとがそれぞれに感じてくれればそれでいいんですけど、見せたい景色はちゃんと見せれるようにはしてますね。で、何を受け取るかはそのひと次第っていう」
――あるシーンを切り取って描写するスタイルって、ラップでは多数派ではないですよね。
「そうかもしれないですね。邦ロックだとけっこうあると思いますけど。いわゆるロキノン系とかサブカル系に影響を受けたのと、環ROYあたりが結論を言わずにリスナーの想像に委ねるようなやり方をしていたので、それに憧れて自ずとそうなっていったというのもあります」
――具体的にバンドやアーティストの名前を挙げてもらえますか?
「相対性理論とか残響レコードのひとたちとか。凛として時雨や神聖かまってちゃんもよく聴いてました。最近だときのこ帝国とか羊文学が好きですね」
――バンドや歌ものも好きなんですね。
「自分のルーツがJ-POPというか、親が聴いてた音楽とかテレビから流れてきた曲なんですよ。KICK THE CAN CREWとかRIP SLYMEとかDragon Ashとか、J-POPの流れでラップも聴いてたみたいな感じで。ラップが手法としてかっこいいなと思って好きになっただけで、もともと隔たりがないんです」
――「Yo」では“きのこ帝国とDOOMを配合”とも歌っていますしね。
「MF Doomですね。2007年ぐらいにリル・ウェインの〈Lollipop feat. Static〉が流行って、ヤング・マネーがまた勢いが出てきたころにはまって。サウスの奇天烈だけどけど中毒性がある感じが好きです。絶対に正解じゃないのに(笑)、ズルズル聴いてしまうという」
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――ほかに影響を受けたアーティストというと?
「NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDはフロウで聴くヒップホップというか、音としてのかっこよさを追求しているひとたちだと思ってて、その影響もすごく受けてます。ただうまいだけじゃなくて、あえてオフビートでフロウして違和感を生む面白さみたいなものは、GORE-TEXとかSUIKENに学んだと思います。ヒップホップって弱点が強みになるっていうか、音痴っぽかったり滑舌がよくなかったり、極端に言えばうまくないラップも良く聞こえさせることができるじゃないですか。スキル以前に骨格の感じとか、リップ・ノイズがペチャペチャしてる感じとか、特徴的なラップが好きでしたね。真似できないというか、そのひとにしか出せない音が面白いなと思って」
――野崎さんのラップは、日本語のイントネーションをかなり変えてフロウしているんだけど、ちゃんと言葉として聞こえるギリギリの線を突いている印象があります。
「うれしいです。そこのバランスはけっこう気にしてるので」
――昼間のお仕事もしているんですか?
「普通のサラリーマンです」
――そういう一面があるからこそ出てくるものもある?
「ありますね。自分はある程度、一般社会で生きてないと病んでしまうんですよ。フラフラしてた時期があるからこそ、ちゃんと9時5時で働くって安心感があるものなんだなって思いました。アーティストとしてそれが正しいのかはわからないんですけど、人間としては働いてたほうが心身の健康が保てる気がします」
――フラフラしていた時期もあるんですね。
「大学を出てから2〜3年は、フリーターをしながらモラトリアムを引きずってましたね。『コンプレックス EP』(2014年)がフラフラ全盛期の作品です(笑)。当時は当時で、フラフラしてないと作れないものを作ってたと思いますけど」
――モラトリアムを脱したきっかけは何かあるんですか?
「彼女ができたんですよ。彼女が東京に住んでて、自分は神戸だったんですけど、一緒に住むならやっぱり働かないと、っていうのと、自由すぎて逆に病んでたこともあって“そろそろ働くか”みたいな気持ちが重なって、上京したタイミングで仕事を探しました」
――すっごく真っ当ですね。
「真っ当です(笑)。普通なんです」
――今回はOurlanguageから出たわけですが、このレーベルは最初のリリースがharuru犬love dog天使さんの『lost lost dust dream』(2018年)で、これが2作目ですね。
「haruruさんのおかげです。客演に呼んでくれて(〈梁州105-b〉)、それきっかけでレーベルの方が興味を持ってくれて、しゃべってるうちに意気投合して、出させてくれることになったっていう。それが去年の夏ぐらいですね」
――そのときには内容はかなり固まっていた?
「トラックはもう揃ってて、歌詞もほぼ6〜7割できてました。コンセプトを話して、トラックも全部聴いてもらって」
――トラックのクオリティが高くて、かなり厳しく選んだんだろうなと思いました。
「選びました。捨て曲をなくそうと思ったんです。トラックだけ聴いてもいいものにしたくて。トラックがよければどんなラップしてもいいだろ、みたいな(笑)」
――トラックを作った方はみなさん知り合いですか?
「知り合いじゃなかったひともいますけど、無理やり知り合いました。裏テーマとして“ニコラップの本気”みたいなのがあったんですよ。ニコラップで作ったコネクションをフルに生かして、外側に訴求するようなものを作ろうと思って」
――トラックは自分では作らない?
「作らないですね。ディレクションはしますけど。今回だと釈迦坊主さんとRhymeTubeさんには浮かんだアイディアを伝えてイチから作ってもらいました。自分で作るよりも、技術とセンスのあるひとに伝えて、そのひとの解釈で仕上げてもらったほうが面白くなるので」
――“ニコラップの本気”と言っていましたが、野崎さんがどっぷりはまっていたころのニコラップ・シーンはどんな雰囲気だったんですか?
「ヤンキーとアニメオタクとヒップホップマニアがごちゃ混ぜで同じ場所にいたんですね。フィーチャリングも垣根なしで、そういうひとたちが一緒に曲を作ってるという面白さがあって、カオスでした。で、やってる側は平和的なんですけど、コメントの雰囲気が殺伐としてて(笑)。知識のあるやつが多いから、批判もけっこう痛いところを突いてくるんです。で、悔しいから“こいつらにいいって言わせてやる”って頑張るみたいな。自分的にはものすごく楽しかったです」
――混沌としたなかから新しいスタイルが生まれてくる場だったんですね。
「形が確立する前のわちゃわちゃしてる状態がいちばん面白いですよね」
――客演がharuruさんとTEDEOさんの2人ですね。TEDEOさんは知りませんでした。
「シンガーです。ニコニコ動画で“歌ってみた”を発表してたんですよ。前作よりも自然体だと思いますね。“女性の声が必要だな”とか“女性の視点が必要だな”と思ったら呼ぶ、みたいな感じで、フィーチャリングは女性ばっかりです。男は自分がいるし、神尾けいさんってプロデューサーの方が歌ってくれてる曲(〈4 am〉)もありますけど、それで十分だなと思って」
――アルバム全体として伝えたいことって?
「全体としてはないですね。すいません。メッセージのない人間なので(笑)。社会に対して怒りとかないんです。あるっちゃあるけど、曲にしようとまでは思わないっていう」
――どんなときに怒りますか?
「満員電車でマナーが悪いやつとか(笑)」
――逆にうれしいときは?
「電車でですか?」
――(笑)。電車ででもいいですよ。
「うれしいときは……やっぱり自信がないんで、女性が距離を詰めてきてくれるとうれしいですね。“あ、大丈夫なんだ。俺でいいんだ”みたいな。あとは、ほめられたときとか。普通ですいません」
――いえいえぜんぜん。これからやっていきたいことは?
「良くも悪くも“インターネットから出てきた人間”っていうバイアスがあると思うんで、そういうのを超えてフラットに見てもらえるように努力をしていきたいです。あと、とりあえずアイディアは無限に浮かんでくるんで、それを実現できるようなプロップスを得たいですね。たとえばこういうひととフィーチャリングしたいと思っても、立場的にできないこともあると思うんで、シンプルに自分のやりたいことを実現させられるように頑張っていきたいなと」
――誰と共演してみたいですか?
「『暁闇』っていう映画の主題歌をやってるLOWPOPLTD.っていうひととやってみたいですね。Bandcampだけで曲を発表してるインディーズなひとなんですけど。あとSoundcloudで曲を上げてるOkaminokamiっていう外国のラッパーがいて、そのひとも呼びたいです、次の作品で。レーベルのひとが、どんどん国境も越えていけ、みたいなオープンなひとなので、視野が広がって楽しいです。面白いひといれば、ジャンルとか関係なくやりたいですね」
取材・文/高岡洋詞