PUFFY、「アジアの純真」でデビュー
大貫亜美、吉村由美の2人によるPUFFYがデビューを飾った。奥田民生の作曲・プロデュース、井上陽水の作詞という「アジアの純真」がデビュー曲。豪華な制作陣とは裏腹に、本人たちは朴訥というか、ノホホンというか、やる気があるのかないのか、よくわからない独特の味を当時から醸し出していた。90年代は女性アイドル不遇の時代だったが、アイドルなの?という微妙な立ち位置だったから成功したのかも(失礼?)。2000年代には米国でも大人気に。
−2006年04月24日作成−
T.M.Revolutionがデビュー
西川貴教のプロジェクト“T.M.Revolution”がシングル「独裁 -monopolize-」でデビュー。浅倉大介のプロデュースのもと、それまでにもライヴ活動などを精力的に行なっていたが、いきなりの大ヒットとはなっていない。それどころか、“バンドじゃないの?”というのが一般人の反応だったような気がする。それでもめげることなく突き進んだ西川は、そのド派手なパフォーマンスと軽妙なトークで、ブレイクするのにそれほど時間は掛からなかった。
−2007年04月26日作成−
スティーヴィー・ワンダーが誕生
世界的スーパー・スター、スティーヴィー・ワンダーが米ミシガン州に生まれる。生まれてすぐに盲目となるが、幼少の頃からピアノ、ハーモニカに加えドラムス、ボンゴなどをマスター。友人の家でその腕前を披露していたところ、音楽関係者であった友人の兄が聞きつけ、あれよあれよという間にモータウン・レコードと契約に至る。弱冠12歳の時であった。日本では、缶コーヒー「FIRE」のCM曲なども手掛けた。あれだけのスターにして、意外にもCMソングは「FIRE」が初めてだとか。
−2001年04月23日作成−
当時は爽やかポップ路線。平井堅、デビュー
平井堅がシングル「Precious Junk」でデビュー。ドラマ『王様のレストラン』主題歌であったこの曲は、オリコンチャート最高50位となるものの、その後5年間は鳴かず飛ばず。“これが売れなければ契約を更新しない”と言われた「楽園」で起死回生、一躍ブレイクに至った。デビューのきっかけは、ソニーで行なわれたオーディション。その当時は、今のようなセクシーR&B系な歌い方ではなく、爽やかでポップな歌声であった。
−2002年04月24日作成−
『幻魔大戦』シリーズで知られる作家の平井和正が生まれる
1938年5月13日、小説家/SF作家の平井和正が神奈川県に生まれる。大学在学中の61年に作家デビュー。63年には『8マン』の漫画原作を担当、のちに自らがシナリオライターのチーフを務めたTVアニメ版も作られ人気を博した。また67年には、石ノ森章太郎との共作で「週刊少年マガジン」誌上にて『幻魔大戦』を発表。79年からは小説版『幻魔大戦』の刊行もスタートさせ、世に“ハルマゲドン”旋風を巻き起こした。『幻魔大戦』は83年に劇場アニメ化されている。
−2009年05月01日作成−
爆笑問題の太田光誕生
太田光が埼玉県にて生まれる。日本大学芸術学部中退後、田中裕二とお笑いコンビ爆笑問題を結成。毒を吐く芸風に定評があり、知識も豊富で頭の回転が速い。オムニバス映画『バカヤロー!』シリーズでは監督を務めたこともある。意外にも木村拓哉の大ファンで、コンサートにも足を運ぶほどの熱狂ぶり。本人の目の前に立つと、赤面してうまく喋れないというお茶目な一面も。
−2007年04月25日作成−
ビートルズ365:BBCラジオ『サイド・バイ・サイド』放送。
4月1日に収録が行なわれたBBCのラジオ番組『サイド・バイ・サイド』が放送された。番組のレギュラーであるカール・デンバー・トリオと「サイド・バイ・サイド」(ハリー・ウッズ作曲、1927年にポール・ホワイトマン・オーケストラによって初めてレコーディングされた)を一緒に演奏。ビートルズは「フロム・ミー・トゥ・ユー」「ロング・トール・サリー」「密の味」「チェインズ」「サンキュー・ガール」「ボーイズ」の6曲を演奏した。ちなみに4月1日の収録では4月22日放送分も収録され、「プリーズ・プリーズ・ミー」「ミズリー」などを演奏した。
−2006年04月24日作成−
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