ジョーイ・ラモーン(ラモーンズ)死去
ニューヨーク・パンクの先駆者、ラモーンズのシンガーであるジョーイ・ラモーンがリンパ腺癌により死去。49歳という若さだった。両親の離婚を機にロックンロールにハマっていたジョーイは、74年にラモーンズを結成。英国のパンクとは異なり、どこかポップでキャッチーなメロディを持っていたのは、彼のヴォーカルによるところが大きいだろう。この後、まるで後を追うように2002年にディー・ディー、04年にはジョニーと、メンバーが相次いでこの世を去った。
−2006年03月29日作成−
広末涼子がCDデビュー
広末涼子がシングル「MajiでKoiする5秒前」で歌手デビュー。作詞・作曲・プロデュースを手掛けたのは、あの竹内まりやだった。すでに若手女優として数々のドラマやCMに出演し、大きな人気を得ていた彼女。この曲はオリコン・シングル・チャートで最高2位のヒットとなり、アイドル不遇の時代と言われた90年代において、名実ともにトップクラスの存在となる。その後、この年のうちに3枚のシングルをリリース。見事にNHK『紅白歌合戦』に出場した。
−2007年03月28日作成−
バロック音楽からメタリカまで、マイケル・ケイメンが誕生
『ダイ・ハード』や『ロビン・フッド』、『X-MEN』なども手がけた、映画音楽の大家、マイケル・ケイメンが米ニューヨークに生まれる。名門ジュリアード音楽院に学んだ彼が目指したものは、バロック音楽とロックの融合。映画音楽の世界で数々のヒット作を手がけると同時にメタリカの編曲に携わったりもした。また布袋寅泰との親交も深く、アトランタ五輪閉会式での共演をはじめ、アルバム『ギター・コンチェルト』なども共作(そもそもはクラプトンに提供するはずの曲を布袋に提供)したこともある。2003年11月18日、英ロンドンで死去。
−2001年03月26日作成−
“God of DJ”の異名をも持つ坂崎幸之助、誕生
アルフィーの坂崎幸之助、東京都に生まれる。高校時代コンテストで出会った桜井賢のバンドに惚れ込み、押し掛け参加。そのままメンバーとなる。その後、そのバンドに高見沢俊彦を誘い込み、“ALFIE”として1974年にデビュー。だがあまり売れず、79年に“ALFEE”として再デビューを果たした(後に「THE ALFEE」と改名)。アコギの腕前は日本屈指ともいわれているが、カメラ、古ガラス、は虫類など、多趣味なことでも有名。話術も巧みで“God of DJ”の異名を持つ。それでは桜井氏、押し掛け参加も断れませんねぇ。
−2002年03月27日作成−
ギターの神様ジミ・ヘンドリックス、興奮したファンから!
不世出の天才ギタリスト、ジミ・ヘンドリクス、ライヴ中に興奮したファンから髪を切られる。度肝を抜くパフォーマンスが常に熱狂を呼び、このときの英国ツアー初日も、ギターを燃やしてファンを興奮のるつぼへ。実質的な活動期間はわずかだったが、英国のギター誌「トータル・ギター」の読者アンケート「今まで最も上手いギタリスト」で、エリック・クラプトンやブライアン・メイらを抑えて1位となったことからも、彼の抜きんでた腕前がうかがえる。27歳の時、睡眠薬中毒によって窒息死。体内からは、大量のアルコールが検出された。
−2003年03月25日作成−
シリーズの第1弾、TVアニメ『魔神英雄伝ワタル』放送開始
(1988年)
1988年4月15日、TVアニメ『魔神英雄伝ワタル』の放送が日本テレビ系にて開始される。翌89年3月まで全45話を放送。アニメーション制作はサンライズ。人間のもつ心の弱さと強さ、友情の大切さをテーマに、ゲームのような展開のストーリーと個性あふれるキャラクターで話題を呼んだ。「ワタル」シリーズの第1弾。「ワタル」シリーズは、TVアニメのほか、OVA、ラジオ、ゲーム、小説などでも展開された。
−2009年03月31日作成−
「スウェーデンの美のスフィンクス」グレタ・ガルボ逝く
ハリウッドの伝説的スター女優グレタ・ガルボが逝去。「笑わない女優」と呼ばれ、初めて公の場で笑顔を見せたといわれている映画『ニノチカ』では“ガルボ笑う”とのキャッチ・コピーが付けられたという永遠のクール・ビューティー。そのミステリアスな美貌とハスキーでセクシーな声は多くの人々を魅了しました。晩年は女優を引退して84歳で亡くなるまで一度も公の場に姿を現さず、生涯独身を貫いたそうです。
−2007年03月30日作成−
ビートルズ365:BBCテレビ『トップ・オブ・ザ・ポップス』に出演。
BBCテレビにて『トップ・オブ・ザ・ポップス』が午後7時半から放送された。収録は4月10日、ロンドンのBBCスタジオ(リバーサイド・第2スタジオ)で行なわれた。午後1時30分からの収録では、「涙の乗車券」「イエス・イット・イズ」の2曲を擬似演奏。4人はこの日初めて、翌日のNME主催のコンサートやシェア・スタジアム公演でも着用することになる黄褐色のジャケットを着用した。また、「イエス・イット・イズ」は翌週22日に、「涙の乗車券」は29日と5月6日に再放送された。
−2006年04月01日作成−
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