新宿から各駅停車に乗って、およそ10分。小さな映画館と昔ながらの商店街、大学のキャンパスが残る街に一軒のレコード店がある。階段をのぼってまず目に飛び込んでくるのは、壁に記された屋号のグラフィティといわゆるヒップホップ界隈のアーティストやハードコア・バンドのフライヤーとステッカーが貼られた開かれたドア。奥に店主がいるのが見える。アメリカの田舎町にあるスリフト・ショップのように、洋服、DVD、CD、レコード、本……新品も中古も含め、たくさんの“もの”が置かれた小さな店だが、数多くのミュージシャン、リスナーの信頼を得る、TRASMUNDO(トラスムンド)。最近では、
RUMIのCPFプロジェクト“RUMI&雨衣ルミ / 甘い魔者”の企画に登場した店主、浜崎伸二氏に話を訊いた。
――浜崎さんはこのところお店以外でもお名前が出ていますね。RUMI&雨衣ルミの企画について教えてください。
「RUMI&雨衣ルミは本来のラッパーRUMIと、シンガー雨衣ルミとしての歌ものプロジェクトの企画で、そのシリーズのラジオ番組みたいな枠での対談……になるのかなあ。俺がそこで好きな歌謡曲をかけて雨衣ルミの世界をある程度補足していくって感じで。要は本来の彼女のファン、ヒップホップが好きな人へ昭和歌謡的な世界観でやろうとしてるところの説明みたいな」
――なるほど。では最近、お店では何が売れていますか?
「いろんなモノ売れてますよ。B-BOYにハードコア・パンク勧めたり、ハードコア好きには聴けそうなテクノのミックスCD勧めてみたり。ハードコアなモノなんて若い子が聴くものじゃん? ジャンルというよりも。だから安いし買えよって勧めて。それで気に入ってくれることが結構多いのは嬉しいね」
――乱暴な店主ですね(笑)。
「いいものは人にゴリ押しで聴かせたいんだよね(笑)。
BLAHMUZIKの場合もそうだったよ、店にCD-Rを7〜8年置いてたんだけど。震災前くらいかな? どっかのタイミングでこれはすごいことになってきたなって思う瞬間があって、さらにプッシュしはじめたらCD『THE MOST BEAUTIFUL TRAK NEXT TO JAZZ』が出て。そこからはB-BOYも巻き込んでコンスタントに売れるようになった。ハードコア・パンクスとかB-BOYは食いついてくれたけど、まだ十分じゃないと思っていて。まぁ、もっと広がっていくと思うし、広げなければいけないんだけど」
――つい買ってしまうのは、浜崎さんが勧めているから間違いはないという信頼に加えて、トラスムンドで買うというバリューも確実にあると思います。店の商品については意識的にコントロールしてるはずだけど、後者は求めていたものではなくても、ある種の期待には応え続けているってことなんだと思うんですが。
「そこはあんまり考えたことないかな。俺とはあんまり関係ないんだよなあ。かっこいいものを自分の手柄のようにみせびらかすのはいやだよ、きらい。あくまでも人の作品で俺には関係ないし、表に出なくていい。いいものを広めたいっていうだけだね。だからこういうインタビューとかもほとんど断ってきたし」
――なんでみんな浜崎さんが好きなんでしょうね、結構いやなヤツなのにね(笑)。……自覚、ありますよね?(笑)
「いや、いいヤツですよ、僕は。すばらしくいいヤツですよ(笑)。……これが文字になったら“なんだ? こいつ”だよね(笑)」
――お店はいわゆる繁華街ではない場所にありますね。“たどり着く人だいたい友達”と紹介コメントで書かれていたことがありますが、誰の言葉なんでしょう?
「あれは俺が書いたのかなあ? 半分ギャグなんだけど、あんな感じでもあるかなと思って」
――基本的にはトラスムンドのためだけに行かなきゃいけない街ですよね。
「そんなことはないでしょ(笑)。映画館とかカフェとかいろいろありますよ。下高井戸は各駅と快速しか止まらないから、だいたい初めて来る人は間違えて特急乗って調布まで行っちゃうよね。電車とかに乗って風景を見たり……目的の場所にたどりつく過程って、悪くないと思う。人生ってそういうもんでしょ。たとえば、目的地に向かう行程の中で、音楽に向かっていく気持ちももっと強くなるんじゃないかな」
――聴き手に新しいものを紹介してくれるって点で似ていると思う店を挙げてみると、たとえばロスアプソンや円盤、今はもうないけれども、パリペキン、ワルシャワを思い出しますが、トラスムンドはどこの店ともちょっと違う空気があると思います。
「パリペキンは薄暗くて、仕切りとかもほんとわけわかんなくて、サイコーだったよね。“現地録音”とかをジャンルにしたのは虹釜さんじゃないかな。あの人は分類不能なものへの愛が溢れてるよね、ずっと」
――ロスアプソンは、受け取り手の気持ちをもうちょっと汲んで洗練してくれていたと思うんです。このふたつのお店は、今まで名前がつけられていなかったものに名前を付けてくれた。円盤はそういうテイストを持ちつつもやっぱりレーベル・オーナーの店で、トラスムンドにちょっと似ているんだけど、もう少しサロン的な要素があるのかな。
「言わんとしてることはわかるし、ちょっと似てるってのは何となくわかる。ただ、マニアの集いにだけはしたくないってのは最初からあって。“なんで下高井戸にしたのか”っていう理由にもつながるんだけど、普通の人、何も知らずに来るような人も大事だと思っていて。本とか服がきっかけになって、ちょっとこっちに興味を持ってくれればいいかなという考えはあるね。徐々にこっちの沼に引き込んでいくと言うかさ(笑)。BLAHMUZIKと作ったセレクトミックスも、何か取っ掛かりの一つになってほしいね」
――トラスムンドは他者とコミットしたいってことですか?
「そんなに意識はしてないけど、まあ、そうなんだろうね。店とは本来そういう場所だからね。何かを求めて、何かとコミットするために来るわけだから。俺の立ち位置や精神的構造はアンダーグラウンドの人間だけど、ポップスとかも好きでそういう要素は当たり前にあるから、そこの部分で関われる人がいるはずだし。専門的なものに特化した場合、俺は飽きちゃう。好きだけどさ。例えば、脚本家の
山田太一のやっていることが理想でもあるというか。多くの人たちに向けていても、人間の闇の部分を否定しない愛とか山田太一自身の哲学を一貫して常に忍ばせているでしょ。今は細分化されているというか、ある種サブカルチャーとされているものもソフトな方向にシフトしていってて、俺らみたいのが引っかかる思想や哲学が見えづらい状況になっていってるよね。マメに探せばそりゃどっかにはあるんだろうけどさ。山田太一はテレビっていうマスメディアから発信できるけど、俺はアンダーなコアの位置からやろうとしているから伝わりづらいんだよね(笑)。いろんな誤解も込みでやってるってことなのかな。だから説明しにくい店としてずっとあるのかもしれないね。いろんな人が関わっていくことによって、俺の店の何かが動くのと同時にカルチャーも多少は動いてくれればっていうのが理想だし、そこを考えてやっているのかな。そこがないとだめというか、そこを突き動かしたいって想いかな」
――今はヒップホップとハードコア専門店と受け止められることが多いかと思いますが。
「店に来たことない人からすれば、専門店的なイメージは持ってるだろうね。単にヒップホップが好きな怖い人って思われてるのかも(笑)。でもそれは意図的なものではなくて、何年もかけて自然な流れでこうなって行ったんだよね。俺が現代音楽とかフリー・ジャズも結構好きだってことは知らないだろうね。知るすべもないか(笑)」
TRASMUNDO&BLAHMUZIK / LET'S GO OUT TONIGHT WITH YOU
――なにかしら重要な場所だっていうことはわかっていたんだけどお店には私、あえて何年も行かなかったんですね。
「なんで? 来ればいいじゃん。なんか勘が働いたの? それはきっと正解だったんだろうけど」
――お店も浜崎さんも想像通りだったんだけど。関わるのはまだ早かったんじゃないのかな、きっと。
「なるほどね、寝かしとく状態だったんだろうね。俺も、店の流れにもそういうことはある。普段ボーッとしてるんだけど、店のヒマな時間、重要じゃん? ……まぁ頭の中ではいろいろ考えているんだけど。何かを待っているんですよ、何かが起きるのを。店をあまり休まないのは“また閉まってるよ”なんて思いをお客さんにあまりさせたくないから。たまには休ませてもらいますが(笑)。ある程度はわかってるんだけど、いまだにお客さんの流れが読めないんだよ(笑)。12年やってるけど、ひたすらあそこで何かを待ってる。何やってんだろね、俺(笑)」
〈BLAHMUZIKと制作した2枚組MIX-CD『LET'S GO OUT TONIGHT WITH YOU』が流れる〉
「これさ、俺のきらいな映画のサントラで使われていて腹が立ったから、いずれ俺がちゃんとやろうと思ってたんだよ。(サントラでは)
コクトー・ツインズとか
ブライアン・イーノとかも使ってて、確認のために最後まで観た。今回はちょっと埋もれている曲を掘り出してみようかなって。まぁ、いつもそうなのかもしれないけど」
――今回、記事のタイトルも“下高井戸の巌窟王”って思いついたんだけど、「え、あそこは監獄なの?」って話になっちゃうから難しくて(笑)。
「巌窟王……来ないよね、だれも。営業妨害で訴えるよキミ(笑)」
――でも、そう言われる自分はきらいじゃない?
「いやだよ、俺のことを知らない人に変なイメージがまとわりつくでしょ(笑)。そういう、知らない人やあまり接点が無さそうな人たちに向けて何かをする時代だと思っているからねえ、ここ何年かは。こういうこと言うと、また、なんか……やめた!」
――だめ(笑)やめない! 続けて!
「……今現在のような状況だと、同じ場所にいる人たちの間だけで話が終わってしまうというか、閉じてしまった感も否めないでしょう? いわゆる分断してるってことなんだろうけど。震災以降、各コミュニティの結束力が高まってるのはとても美しいし、素晴らしくて大切なことなんだけど、そこで完結してしまってる側面もあるように思えて。俺がやりたいこと、やるべきことはその先にどう道筋を作っていくのかが俺の役割だと思っているから。俺だけではなくて、どの店もレーベルもみんなそう思ってやっているはずだよ、きっと。本来あんまり得意なことではないし、難しいことなんだけど、本当にそういう気持ちはありますよ」
〈MIX-CD『LET'S GO OUT TONIGHT WITH YOU』が流れる〉
「これは、俺の愛してる曲。今回のMIX-CDはきらきらしてるけど、寂しくて儚い感じが同居しているようなイメージかなあ。この音源は一人で向き合って聴くのがベストなんだろうね。最後のトラックは“みなさんに幸あれ”ということで、あのサントラ。最近、毎晩DVDを観ていたんだよね。いろんな人種の人たちがみんなで楽しそうに踊っててさ。“こういう国に暮らしたいな”と想いながらね」