VR(バーチャル・リアリティ)シーンが加速している。2017年後半頃より3Dキャラクターなどのアバターを使ってYouTube上で動画配信を行なうバーチャル・タレント(“VTuber”とも言われる)が脚光を浴び、歌動画を中心に活動する多くの人気バーチャル・シンガーも登場している。
そんなバーチャル・タレントのパフォーマンスをユーザーがあたかもコンサート会場にいるかのように体感できるVR専用ライヴ・サービス「
VARK」が、今秋10月26日に
株式会社ActEvolve(以下ActEvolve)から発表された。12月6日のプレライヴ〈DELA ON STAGE!〉を経て、12月24日のクリスマスイヴにVARK初の有料チケット・イベント〈YuNi 1st VR LIVE! 〜VeRy Merry X'mas〜〉を開催。チケットはわずか7分で完売したという注目のライヴはSNS上でも多くの反響を呼んでいる。そのVR音楽ライヴの仕掛け人といえるActEvolveの代表取締役、加藤卓也にVRライヴの魅力や可能性、また自身とVRの出会いなどについて語ってもらった。
――まず、VRライヴの魅力を伺う前に、学生時代にスポーツチャンバラ(エアーソフト剣を用いる格闘技)でアジア選手権総合優勝という経歴が気になってしまって。そんな輝かしい実績を挙げている方がなぜスポーツからVRの道へ進んだのでしょう。
「大学へスポーツ推薦で入学するような、いわゆる体育会系の少年だったのですが、大学からスポーツチャンバラを始めて優勝してしまって。そのまま海外のプロリーグでプレイする手もありましたが、例えば、イチローほどの偉大な選手でも世界規模で考えると野球を知らない人たちは多くいる、一個人で一度に影響を与えられる人数は限られてしまう気がしたんですね。当時〈LINE〉が出始めた頃だったのですが、サービスだったら一瞬にして億単位の人に影響を与えることができるんじゃないかと。スポーツもそうですが、やるんだったら日本一、世界一にならないと意味がないと。そう考えて、格闘技もやっていましたし、アクションゲームの開発者としてカプコンに入りました。『ストリートファイター』や『モンハン』などを作るのかなと思ってたのですが、なぜか『バイオハザード』という一切“剣”が出てこないゲームを作るっていう(笑)」
――“銃”ばっかりのゲームですね(笑)。
「そうなんです。それから3年くらい経って、このままゲームを作るよりももう少し新しいチャレンジをしてみようと思って独立を決めました。なぜVRにハマったかというと、別の自分としてVR上のアバターを扱い始めたりすることに興味を持ったからでしょうか。SNSなどで別の自分を“演じる”のではなく。例えば、VR上で角が生えているキャラクターになっている人がVRの世界に没頭していると、実際は角が生えてないのに生えてると勘違いし始めたりして。外見や全てのキャラクター、アバターを自分として認識するようになっているのを見て、“これが流行ったら世界ヤバイな”と感じたから。自分で次の新しい世界や体験をすることは大きなものになるんじゃないかと思ったのがきっかけです。ちなみに、僕は“VR酔い”するんですけどね(笑)」
――そこからVRの道へ進まれたわけですが、音楽というコンテンツに目を付けた理由は何でしょう。そもそもどのような音楽体験をしてきたのかということにも興味があります。
「中学に入った時にMDが発売されて。周りがCDからMDへ音源を入れて貸し借りするのを見て、それめちゃめちゃ不便だろと思ってiPodを買ったのが音楽を聴くようになったきっかけでしょうか。一時期
アジカンの曲にハマったりはしましたが、音楽マニアとかオタクというわけではないです。基本的にアーティストやジャンルなどにこだわって聴くこともないし、ニュートラルな感じですね。常に音楽には触れていますが、音楽に対しては凄くフラットな感覚で接しているというか。だからこそ、研究しがちというか、誰が流行っているかとかは気になります。最近では
あいみょんとか」
――流行や話題の楽曲チェックは怠らない。
「そうですね。今はiPodがリコメンドしてくれますから。この前〈なんで
クイーン聴いてるんですか、加藤さん、全然クイーン好きじゃないのに〉って聞かれて(苦笑)。それは映画(「ボヘミアン・ラプソディ」)が話題でリコメンドしてくるからって答えたんですけど。ただ、音楽の力というのは凄いなと思っていて。誰に言われるわけでもなくみんな音楽を聴いているし、歌ったりもする。ずっと自分はスポーツで生きてたけれど、音楽のポテンシャルは高いなとは考えてました」
――音楽好きのなかには、もの凄い情熱を注いでいる人もいますよね。
「好きな音楽があるのは本当に羨ましいですよ。歌手の世界観まるごと好きみたいな、その人の作る世界が好きという捉え方をするとか、自分の世界観以外に他に好きな世界観があるのは、羨ましい。僕はあまりハマりこまない分、めっちゃ勉強はします。それと周りの意見を柔軟に取り入れやすい性格なので、音楽に対して先入観や偏見はないですね。社員の音楽好きの割合は高くて、僕以外はみんな音楽好き。僕は“普通に音楽を聴く人”になってます、困ったことに。VR音楽ライヴ作ろうって言ってるのは僕なんですが(笑)」
――音楽ライヴの可能性についてはどのように考えていますか。
「これだけ世界がソーシャルというか、いろいろな人がクリエイターになりやすい環境がある。TwitterでもYouTubeでも。一人の演者に対して数百人程度のファンがつくのは自然だと思いますが、音楽に関しては一人のアーティストが何十万、それ以上のファンを集めたりすることもある。これって僕から見たら異常なんです。そこに対する可能性は持ってますね。それが何なのかというのを解き明かしたいなと。有名なバーチャル・シンガーを迎えてVRライヴを開くって言ったら、チケットが一瞬で売り切れて。狂気的なんですよね。人をロジックから外れたところに連れて行く力があるんだろうなと」
――そういったパワーが音楽や音楽ライヴにはある。だとすると、VRライヴの意義や目指すところって何でしょう。
「目指すものは、やっぱり“VRならでは”というところ。リアルなライヴで〈これができたらいいのに〉とか〈こうやってほしい〉みたいな願望を、VRで叶えられるところは叶えましょうと。逆に〈ここが鬱陶しい〉〈ここはダメ〉といった部分は除く。なので、生身のライヴとまったく同じ体験になるかというと、結構異なる、かなり新しい体験になるんじゃないかと思います。具体的に言うと、
マイケル・ジャクソンはもう死んでしまいましたが、VRだと生き返ってくれる。ステージまでの距離が非常に遠くても、VRだったら隣で歌ってもらうこともできる。周りのうるさいファンを消して二人きりの空間で歌ってもらうこともできるし、実際なら海外まで行かなきゃ観られないライヴがVRだったらローディングだけの2秒で会場に到着できる。やりたかったこととやりたくなかったことを調整した“いいとこどり”ができるものになるのかなと」
――リアルなライヴとは違った、まったく新しい体験がVRライヴにはあると。
「最近、普通のライヴとVRライヴは何が違うのか、何をユーザーが求めてるのかなって考えた時に、現実のライヴではアーティストを支点として観客同士の熱狂や盛り上がりなどが同じ方向へ向かっていく、周囲と共鳴し合うというのがライヴの醍醐味になっているのではないかと。ソーシャル感というか周囲の熱狂を感じられるというか。一方、VRライヴはアーティストがユーザーへ発信するものを最大限に生かせる。代わりに周囲の熱狂とかはあまり感じない。たとえば、
Perfumeは世界を丸ごと電子化して、ここはリアルなのか違うのかみたいなライヴを作りたいはずだと思うんですが、VRだとその技術をもっと加速させて、アーティストが発信したい世界観をより強めることができる。直接ファンやユーザーへ訴えかける強さは、VRライヴでは圧倒的だと思います」
――ユーザーに強く訴えかけるものとしてはどういったものがありますか。
「たとえば、ギフティング。ユーザーが花火を打ち上げられるエフェクトがあるのですが、それはステージ上の演者も見ることができる。演者から〈花火きれい〜。ありがとう〉みたいな反応もユーザーが直接得られるから、ファンとしては最高だと思うんです。自分のエフェクトでライヴが盛り上がって、しかも演者も直接喜んでくれる。演者によっては名前を呼んでくれるかもしれない。呼ばれたら一生の思い出にもなります。現実のライヴではなかなか個人的には実現し辛いことが、VR空間に行くと可能になりますね」
――そのVRライヴとして12月6日にプレライヴ〈DELA ON STAGE!〉を開催しましたが、反響はいかがでしたか。
「想像以上でしたね。正直なところ、あそこまで反響があるとは思っていませんでした。演者の
DELAちゃんは才能があって歌も上手いんですが、YouTubeは大激戦区ですし、まだ人気が図抜けているわけでもない。準備時間もなく演出も凝れなかったのですが、それでも大きい反響があって。DELAちゃんの生放送よりもユーザーが集まって、バンバン課金されて。なんというか〈この市場、あるな〉みたいな手応えを感じました」
――その大きな反響や感想のなかで、一番嬉しかったものは?
「そうですね、“会えた”というのがやっぱり感想としては一番嬉しい。演者がそこにいる、目が合って、反応してくれて、会えたって思ってくれたユーザーがいて。それってこの空間をリアルなものとして、DELAちゃんを本物の人としてユーザーが捉えたと思うんです。僕たちは非現実的空間を作っていますが、そこは価値として現実空間と変わらないものになる事業をやっているわけですから、ちゃんと会えた、いた、よかった……そういった感想は胸に刺さりましたね」
――それを踏まえた上で12月24日のX'masライヴを迎えたわけですが、「VRならではの演出が凄かった」「最高のクリスマスイヴをありがとう」というような歓喜の声がTwitter上でも多く呟かれるなど大盛況でした。今回は
YuNiを演者に起用しましたが、今後起用したいアーティストやVRライヴに期待するところはありますか。
「どんな演者とやりたいかと言ったら、一言にすると“本気の人”ですね。VR空間自体は更地なので、スタートラインは一緒なんです。だから、ちゃんと本気でこの空間をこうしたいとか、この世界観を届けたいということを思い描ける人が有利になっていきますから、できるだけ思いの強い人と一緒にやりたい。その演者が出す世界観が全てだし、それを表現することが仕事だと思うので。この先VARKにもさまざまなシステムが入るでしょうし、バーチャル空間上に下北沢の小さいライヴハウスみたいな会場も東京ドームみたいな大きいステージも設置できる。とりあえず歌で身を立てたいと思ったら〈VARK〉に行って歌えばいい。ファンとコミュニケーションしながら育っていって、いつかVARKの中の一番大きなステージ、たとえば1万人が集うバーチャル空間で歌うぞ、みたいな演者が来るサービスにしていきたい。そこでは、まだ誰も挑戦したことがない、一番先に入ってリスクとってやりたいことをやるっていう人が強く生き残っていくのかなと思います」
――音楽ファンの絶対数を考えても、バーチャル・シンガーはもちろん、VRやVRライヴを知らない人たちもまだ少なくないと思います。そのような“VR未体験”層へどのように魅力をアピールしていこうと考えていますか。
「まぁ難しいですよね。VRはまだ比較的年齢の高いマニアのもので、最近やっと若い人にも広まってきたかなという印象です。既存の音楽ファンへは、好きなアーティストの世界観を音以外で味わえる空間だとはよく話してます。この曲はこういうことを考えながら作っていたとか、頭の中ではここのイメージは赤ではなく白なんだとか、アーティストに聞くと意外な回答が返ってきたりする。なので、アーティストのより深いところをより分かりやすい形で表現できる場所だというのがVRの良さかなとは思っています。こういう演出があればいいなということがライヴ中にリアルタイムで実現できる、アーティストと思い描いた空間を共有できることで、より繋がりが深くなれるような気がします」
――特にターゲットにしている層などはありますか。
「まずは、やっぱり若い世代ですね。シニア層は彼らの楽しみ方を既に築いていて、それが今でも引き継がれていることも多い。スマホでサブスクモデルで聴く文化も出てきましたが、次はまた違う文化が出てくるのではないかと。え、音楽耳で聴いてんの? みたいな時代がすぐそこに来るんじゃないかと。音楽は耳だけでなく全身で体験する。振動だったり、目だったり、空間表現全てだったり。そういう体験の仕方がVRによってより推し進められるのではないかなと考えてます」
――なかには若い世代がやってることに興味を持つ“シニア”世代も出てくるでしょうね。
「そうですね。そういう形で巻き込むことは考えています。ちなみに、X'masライヴのチケットの売れ行きは20代がやっぱり一番多かった。若い人は使える金も多くないから、交通費やチケット代が高いと払えない。演者にとってもバーチャル空間はサーバー代だけ。東京ドームで何万人集めようとしたら何千万何億ってかかりますが、バーチャル空間だったら10万ほどで済む。ライヴ単価も安くなりますし、若い人は入って来やすい世界です」
――2018年に入って廉価なVRデバイスが若い世代にも普及し始めるなど、よりVRが身近になっていると感じます。ところで、ちょっと意地悪な質問になるかもしれませんが、例えば演者との距離感がなくなる、すぐにライヴを体験できることに対して、「いやいや時間や手間を掛けることを含めてライヴの醍醐味だろう」という人たちもいると思うんですよ。それについてはいかがでしょう。
「そういう楽しみ方もあるとは思っています。アーティストと同じように車や飛行機を乗り継ぎながらツアーを回るのが最高だとか、その時に友達ができたりするのが最高なんだとか聞くこともあります。確かにそういう体験もいいよね、と(笑)。トータルで最高なんだというのもわかるし、否定する気はないです。一方で、違う楽しみ方もある。トータルよりもここだけ楽しみたいという、楽しみ方の選択肢が増えたよということなんです。ただ、僕は純粋にライヴだけを観たい気持ちがあって。ライヴのために長い列に並ぶとか、8時に集まんなきゃいけないのとかはちょっと……」
――一緒にライヴに行く人のペースにつき合わされちゃう(笑)。
「そうそう。ライヴ中も隣で騒いでるの邪魔だなとか。まあ、それはそれとして(笑)。今までは全部を受け入れられなかったら楽しめなかった人も、これからはそれぞれのニーズに合わせた楽しみ方ができるという時代になっていくのではないでしょうか。演者としても、今はVARKもバーチャル上に演者が来て世界観を表現して帰るだけなんですが、例えばリアルな著名人、
宇多田ヒカルさんをアバター化して歌ってもらう。忙しいスケジュールの合間を縫ってゲリラライヴ的に登場させることもできます。東京ドームを月に5回押さえるのは難しいですが、VR上ではそれも可能。また、音楽だけじゃなく演劇や落語とか、あまり形にとらわれずにできるものはたくさんあります」
――ステージ上で行なわれるエンタテインメントは全てカヴァーできると。高齢化社会が進み、物理的に会場へいけない人が増えたとしても、VRでライヴ体験ができ、自分の生活を豊かにする手助けにもなる。
「足を怪我してもVRライヴには行けますし、シニアの方々が楽しめるコンテンツも増えていくはずです。まだ一般開放されてないですが、VARKのシステムを配れば各自がライヴを開催できるようになる。友達を10人集めて歌を披露する場のようなカラオケボックス的な使い方や、ヒップホップのフリースタイルバトルのように対決して観客から優劣を判定してもらうステージを開くことも。空間で行なわれる、ステージ型のライヴエンタテインメントに関していうと、かなり自由にできますね」
――もう一つ意地悪な質問になるかもしれませんが、VR機器を頭にセットするのが面倒だという人もいるかと思うのですが。
「僕たちも使っていて、毎日つけるもんじゃないと心から思ってるんです(笑)。ただ、週に1回、月に1回、好きな子がVRのステージに出るとかだったら余裕でつけます。毎日スマホみたいには使わない。VR機器が眼鏡レベルのものになったら別ですが。日常生活のなかでライヴを毎日観るかといったら、そこまででもないと考えると、VRとライヴや音楽は頻度として非常に相性がいいんですね。無理やり毎日セットして観るのではなく、好きなライヴやアーティストのコンサートが月に1回、週に1回にあったらセットするのも苦にならないでしょう、というイメージです」
――VRと音楽ライヴの相性の良さやインパクトは「ステージから目の前に移動してユーザーへ歌いかけてくれる演出が素晴らしかった」などの感想にも表われていると思いますが、改めて今回のVR音楽ライヴを開催してみていかがでしたか。
「やっぱり“会えた”というのは大事な感覚だなと。演者視点でいえば、ユーザーと繋がれたというところ。例えば、“好きだよ”っていうメッセージがユーザーから飛んでくるなど、より具体性を持った会話のキャッチボールやコミュニケーションができる。どれくらい盛り上がってるかというのも全部数値化できたりするので、“1000クラップいかなかったらアンコールしないよー”と語りかけてユーザーを煽ることもできます(笑)。実際にリアルタイムに課金してもらうなどのアクションもありますし、よりユーザーと繋がれたと思って欲しい。ユーザーにはアーティストの新しい世界を感じてもらえたら。やっぱり平面や曲だけで表現できなかった新しい世界、自分の心のなかとか普段共有できなかったことが共有できたという感覚でしょうか。演者とより深い繋がりができたと思ってもらえたら嬉しいですね」
取材・文 / 今井純平(2018年12月)