映画『オレンジ・ランプ』と丹野智文

2023/06/23掲載
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 カーディーラーのトップ営業マンとして充実した日々を送っていた39歳の男性が、“若年性アルツハイマー型認知症”と診断される。不安、葛藤、戸惑いを抱えながらも、家族や周囲の人たちとともに生活を再構築し、未来に向けて歩き始める――。映画『オレンジ・ランプ』は、認知症の当事者である丹野智文の体験をもとにした作品だ。
 現在も会社勤務を続け、認知症本人のための相談窓口の活動や自身の経験を語る講演などを行なっている丹野に、映画『オレンジ・ランプ』について語ってもらった。
――映画『オレンジ・ランプ』は、39歳のときに若年性アルツハイマー型認知症と診断された丹野さんご自身の経験をもとにした作品。この映画の企画が立ち上がったときは、どう感じましたか?
 「正直なところ、嬉しいなというのと“ちゃんと伝えてもらえるのかな”というのが半分半分でした。これまでもそうだったんですが、メディアの取材を受けると脚色されることがあったんです」
――映画の冒頭でも、“認知症の患者が困っている映像が撮りたい”と決め込んでいるメディアの姿が描かれてますね。
 「あの場面は“そのまま”なんですよ。取材のあと、〈プロデューサーに“認知症らしくない。撮り直せ”と言われました〉と連絡が来たり。困っているところを撮りたいんですよね。もちろん困ることがまったくないわけではないけど、そんなのは1日のうちの数分。そこだけ取り上げられて、365日24時間困ってるというふうに放送されてしまう。雑誌の取材でも、“涙が出ました”と話したのに、記事では“布団をかぶって泣き崩れた”と書かれたり(笑)。そういう経験をしているので、映画の話があったときも“ちゃんと伝えてくれるのかな。また嫌な思いをしないかな”と心配だったんですけど、台本を読ませてもらったときに“何も変える必要がないな”と思いました。ただ“俺を殺さないで”とお伝えしました。認知症の映画って、最後はかならず亡くなるか、施設に入るじゃないですか。“自分はそうじゃなくて、実際元気にやっているので、そのまま再現してほしい”と言いました」
丹野智文
丹野智文
丹野智文
丹野智文
――実際『オレンジ・ランプ』は認知症を受け入れ、いろいろ工夫しながら生活を作り上げていくストーリーですからね。映画をご覧になった感想はいかがでしたか?
 「本当に自分に起きたことがほとんどだったし、これまでのことを思い出して、号泣しました。“これだけきちんと描いてくれてありがとう”という感謝、“つらいこともあったけど、がんばってきたからこそ、今の自分がいるんだな”という嬉しさ。いろんな気持ちを感じました。完成披露試写会のとき、認知症の当事者が何人も来ていたんですけど、みんな“泣いた”って言ってましたね」
――丹野さんがモデルになった主人公の只野晃一を演じた和田正人さん、晃一の妻・真央を演じた貫地谷しほりさんの演技については?
 「おふたりとも素晴らしかったです。私が言うのもヘンですけど、和田さんの演技を見て“そのままだな”と思って。撮影の前に和田さんとお会いして、いろいろお話したんですよ。舞台挨拶のときに“認知症の人を演じるのではなくて、丹野さんを演じようと思いました”とおっしゃっていたんですけど、映画を観て、“なるほど、こういうことか”とわかりましたね。貫地谷さんも温かく、包み込むような演技で。私は人の顔をあまり認識できないので、俳優さんの顔や名前が全然わからないんですよ。おふたりのことも今回初めて知ったのですが、おふたりが演じてくれて本当によかったと思います」
――印象的なシーンはありますか?
 「まずは(バスの発車時刻表が書かれた)ボードですね。曜日ごとに“〇時〇分に家を出てバスに乗る”と書いているボードなんですけど、子どもたちがマスキングテープで飾ってくれて、家族の写真を貼っていて。それがそのまま再現されていたので、“こんなに細かいところ、小道具までしっかり作ってくれて、すごいな”と思いました」
――映画のなかには、帰宅中に自分の居場所がわからなくなり、周囲の人に教えてもらう場面もありますね。
 「近くにいた女性に“場所がわからなくなったんですが、協力してもらえますか?”と話しかけたら、“ナンパですか?”と言われたことがあって。それもそのまま映画の台詞になってたんですよ(笑)。今は笑って話せますけど、そのときは“これはまずい”と思ったし、必死でした」
Orange Lump
Orange Lump
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――家族、会社の同僚などを含め、周囲の人たちが認知症に対する理解を深めていく様子も印象的でした。
 「そうですよね。私の場合も、最初の1年間くらいは腫れ物に触るような対応だったんです。いちばん偏見がなかったのは新入社員の女性だったんですけど、周囲の人たちも少しずつ私への接し方が変わってきて。大事なのは“自分で決める”ということです。今日も、取材の前に甲府で講演してからここに来て、明日は京都に行くんです。大変と言えば大変ですけど、こういう活動を続けられるのは、自分でやると決めてるから。人から“やりなさい”と言われてもできないですよ(笑)。そうやって自分で決めて行動することが大切なのに、認知症になると周りの人がいろいろなこと決めてしまうんです。多くのことは家族とケアマネージャーが決めて、デイサービスに“行きたくない”というと“拒否”ということになるし、無理矢理連れていかれた場所で“帰りたい”というと“帰宅願望”と決めつけられる。イライラすると“これも症状だ”と言われたり。そうじゃなくて、自分で決められないのが問題なんです。私も3年前まで、ひとりで出かけさせてもらえなかったんですよ。講演にもかならず支援者と一緒に行ってたんですけど、スマートフォンを使って検索すれば、会場やホテルの場所はすぐにわかるし、ひとりでも大丈夫なんですよ」
――当事者の方から発信することも重要ですよね。丹野さんご自身も講演や当事者の相談窓口「おれんじドア」の代表をつとめるなど、さまざまな活動を続けられています。
 「私の仲間のなかには、家族や周囲の理解が得られなくて病院に入れられている人、病院で亡くなった方もいます。彼ら、彼女らの人生はそうではなかったはずだし、私自身も“徘徊が怖いから、どこにも行かないでほしい”と言われるかもしれない。そうじゃなくて、“たくさんの当事者が普通に暮らしているし、この先も元気に暮らしたい”と思ってるだけなんですよ。私は何も社会を変えようと思ってるわけではなくて、目の前の当事者を笑顔にしたいんです。それが重なっていけば、その先に暮らしやすい社会があるんじゃないかなと思います」
――なるほど。
 「講演のあとは毎回、入り口で待たせてもらって、一人ひとりに挨拶しているんです。最初は“芸能人でもないのに”なんて言われたりもしましたが、来てくれた方のなかには“私も認知症なんです”、“実はうちの親が……”と話してくれる方がいて。“大丈夫ですよ。9年経ってもこんなに元気なんだから”と言うと、みなさん笑顔になってくれる。そのためにやってるんですよね、講演は。こんなに増えるとは思ってなかったので、ビックリですけど(笑)」
――当事者のみなさんが一歩踏み出すきっかけにもなりそうですね。
 「そうですね。『オレンジ・ランプ』のエンドロールで、当事者のみなさんの顔写真が出てくるじゃないですか。数年前だったら顔出しなんて難しかったでしょうし、あのエンディングもこの映画の画期的なところだと思います」
Orange Lump
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――THE CHARM PARKさんが制作した主題歌「セルフノート」はどうでした? 
 「私自身もバラードが好きですし、すごくいいなと思いました。THE CHARM PARKさんにもお会いしたんですが、“丹野さんを思い浮かべながら曲を作りました”と言ってくださって。大勢のみなさんのおかげでこの映画ができてるんだなと思いますし、本当に感謝しかないです」
――『オレンジ・ランプ』に興味を持っている方にメッセージをいただけますか?
 「この映画を観て、“こんなのありえないのでは?”と感じる人もいらっしゃると思うんです。当事者の方のなかにも“もっと大変だった”という方がいるかもしれない。でも、ちょっとした考え方の切り替えだったり、工夫次第で、“こういうふうに生活できるんだよ”ということを知ってもらいたいんです。『オレンジ・ランプ』がきっかけで、認知症の偏見が少しでも薄れたらいいなと思ってますね」


取材・文/森 朋之
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