顔立ち/ファッション/髪型/メイク/たたずまい……。時と場合によっては、その“音”よりもアーティストの個性を如実に物語る“ルックス”。はたして両者の関係性とは?かねてからの懸案である「音楽×ルックス」について、CDJスタッフが徹底的クロス・トーク! 互いにすれ違いっぱなしの主張の数々、果たしてその結論やいかに?
「ファッションは自己表現だ」とよく言うが、刺青を含めその肉体が彼の音楽/思想全てを表現しているアーティストといえば
ヘンリー・ロリンズ。「ただ燃え尽きるのみ」という意思をこめた“太陽”がさん然と輝く後背筋と
イギー・ポップの名フレーズ「Search & destroy」が刻まれた僧帽筋。鍛え上げられた肉体に、幼少期から読書が三度の飯よりも好き(言い過ぎ)だという知的さと研ぎ澄まされた感性で敵を“search”して地の果てまでも追いかけてくるハードコアの弾道弾迎撃ミサイル。彼の汗と唾にまみれたメッセージはあの身体だからこそ納得。でもアイスクリーム・ショップの店長だったというチャーミングな一面も。……
船木誠勝もアイス好きらしいし、気にしない。(服)
写真家の
ウィリアム・クラストンが撮影した
チェット・ベイカーは美しい。そのフォトジェニックな容姿に目を奪われてさらに、中性的で甘いヴォイスが放たれたならば、すべては彼のムードに包まれ魅了されていく。しかしながらウェスト・コースト・ジャズという太陽の側面に属することで、印画紙には焼き込まれることのなかった、もう一つの特異な粒子が肥大化していく。晩年のチェットの、顔や手の甲に刻まれている哀れなまでの深い皺一つ一つに、それらが代償として表われている。決して遅咲きデビューすることはできなかったであろう、見た目先行but Goodiesの代表例。(酒)
ルックスというか、音楽と制服(ユニフォーム)の関係性について興味があります。特にメンバー全員お揃いの服を着ているテクノ系のヤツ。たとえば
クラフトワークの赤シャツ黒ネクタイとか
ディーヴォの黄色いジャンプスーツ、有頂天が着てたパラシュートスーツや、今だったら
POLYSICSが着用してるような衣装。なんでああいうのを着るようになったんでしょうかね。ロボットっぽいからですかね。全員黒の革ジャンというベクトルとは違ったモノサシで、かなりロックな装いだと認識しております。もっとも、個人的に着てみたいという興味だけなんですけど。来年度から当ウェブ課スタッフの制服に採用しようかしらん。(吉)
裏ボタンにこだわる派の自分としましては、全体的なルックスよりも細かなディティールが気になるところ。ほっそい女ものの時計をしている、ふとももの裏側にパッチを貼る、丈が異様に短いジョギング・パンツを着用、コンバースかと思ったらただのデッキシューズだった、第1ボタンは必ずしめる……写真集/ビデオに映し出されていたその姿を観て、憧れのあまりに自爆した経験は数知らず。「ロバート・デ・ニーロになれなかったよ」(
L.L.COOL J太郎 feat.
宇多丸)なんて言葉をくちずさみつつ、大人の階段を上るんだなあと思ったりしました。(星)
もし、
ギターウルフがアニエスのボーダー着てグレッチをぶら下げていたら。
オアシスが七三分けでネクタイ着用だったら。
ビートルズがあのスタイルじゃなかったら。やっぱり音とルックスが一致しないとダメかなと。カッコよくなくても、可愛くなくても、奏でている音楽に見合ったルックス(ヴィジュアル・イメージ)であればオッケーでは。ルックス=見た目の可愛さとかで考えると音楽には関係ないか。んんん?どっちだ? ただ、作る楽曲とルックスは関係ないと思うのです。 馬面してても名曲を書く
トッドさんや、ブクブク肥えたうえに廃人と化した
ウィルソンさんのような人もいるわけですから。後期ビートルズなんて仙人みたいだし。でも、その逆の、カッコいいけど曲がねえ……っていうのも。 でも、ルックスがいいに越したことはないか。演奏下手でも見た目でカバー。う〜ん。難しいです、この問題。(千)
ミュージシャンたるもの、ルックス、というよりヴィジュアル・イメージも間違いなく重要である。考えてみてほしい。
エルヴィス・プレスリーが腰を振っていなかったら、ビートルズがマッシュルーム・カットじゃなかったら、
キッスがメイクをしていなかったら、
エアロスミスが年相応に老けていたら……。“ヘア・メタル”へのアンチテーゼとされたグランジだって、ネルシャツに破れたジーンズは結果的にファッションとして定着した。もちろん最優先は音楽であるし、見掛け倒しの輩もいる。納得できないのは「音楽にルックスは関係ない!」と言っている人間に限って、ルックスの良いアーティストを音も聴かずに否定することだ。それって、逆説的にルックスにこだわってるんじゃないの?(敬)