ヴィンテージ楽器として90年代にプレミア価格で取引されたこともあるアナログ・シンセ。その独特の温かみのある音色を愛するアーティストも多く、いまだに衰えることのない人気を博しています。近年では、デジタル回路を用いたアナログ・モデリング・シンセサイザーも数多く発売され、ついにニンテンドーDSでKORGの名機
「MS-10」をモジュールした「DS-10」なるソフトや、ミニ・テルミンで大ヒットを飛ばした大人の科学からミニ・アナログ・シンセを付録にした雑誌
『シンセサイザー・クロニクル』(学研)も発売。と、ひそかに人気が再熱しているアナログ・シンセサイザーについて、今回は説明していきましょう。(写真:ジョージ・ハリスン『電子音楽の世界』)
アナログ・シンセの仕組みは、VCO(Voltage Controlled Oscillator)、VCF(Voltage Controlled Filter)、VCA(Voltage Controlled Amplifier)といった回路を用いて音を発生させます。まず、VCOにてノコギリ波、サイン波、パルス波などの基本波形やピッチ(音程)を設定し、VCFにてその音の波形の加工を行ない、音色を決定。そしてVCAによって、その音色のエンベローブや音量(電圧を替えて調節)を設定し、音を鳴らすという流れになります。また、そこにLFO(Low Frequency Oscillator)やエンベローブ・ジェネレーターを介し、コーラス、ビブラート、トレモロなどの効果を付けたりでき、自分で好みの音を作り上げて鳴らすこともできました。ただ、電圧を用いて音を鳴らすため音程などが決して安定しない、今では当たり前となっているMIDI制御がほとんどの機種でできない(CV/GATE端子で同期は可能)などのデメリットもありました。
YAMAHA DX-7などのデジタル・シンセ登場以降に、アナログ・シンセが衰退していった理由にこれらのデメリットが挙げられるかもしれません。
80年代中頃まで普及(製造)していたアナログ・シンセの原型となると、1964年にロバート・モ−グ博士が開発したモーグ・シンセサイザーになると言われています。それまでも電子楽器として製造されたものはテルミンをはじめ数多くありましたが、このモーグ・シンセサイザーは、後に数多くのメーカーで製造されるシンセの基本となる、電圧によって音をコントロールするものでした。短音しか鳴らすことができないものの、「ポップコーン」や「エレクトリカル・パレード」に使用された「バロック・ホウダウン」で知られる
ペリー&キングスレイや、映画『時計じかけのオレンジ』の
サントラなどを手がけた
ウォルター・カーロス、
冨田勲などによって使用され、その名が知られることになりました。
そんなアナログ・シンセは、国内外で数多くのメーカーが製造していました。海外ではモーグをはじめ、アープ、オーバーハイム、シーケンシャルなどが挙げられます。これらメーカーのシンセ(
アープ・オデッセイや
オーバーハイム・8ヴォイス、
シーケンシャル・プロフェット5など)は、
YMOが使用したことで知られ、日本でも人気を博しました。また、国内メーカーでも、KORG(
POLYSIXや
MS-20など)、ローランド(
JUPITER、
SH、
JUNOなどのシリーズ)が人気を集め、90年代以降には数多くのテクノ・アーティストが使用、世界中で人気が爆発しました。
ロック界では
ビートルズをはじめ、
ザ・フーなどが早くからアルバムでシンセを使用し、プログレでは
エマーソン・レイク・アンド・パーマーなどが代表格と言えるでしょう。
クラフトワークやYMOをはじめとしたテクノはもちろん、70年代の
スティーヴィー・ワンダーなどもアナログ・シンセを駆使したアーティストとして挙げられます。その音を聴くことができるアルバムとなると、あまりに膨大な数になってしまいます。
そこで特筆したいのが、90年代に登場したムーグ・クックブック。アルバム
『ムーグ・クックブック』では、
ニルヴァーナや
サウンドガーデン、
ウィーザーなどの楽曲を、
『宇宙バンドのクラシック・ロック』では
クイーンや
イーグルス、
レッド・ツェッペリンなどの70年代ロックを、モーグをはじめとしたアナログ・シンセのみで演奏。ロックの名曲たちが、スペーシーかつモンドな楽曲に生まれ変わったこれらの作品は、残念ながら現在は入手困難となっていますが、アナログ・シンセに興味を持った人ならば一度は聴いてみることをオススメします。また、
ジョージ・ハリスンのアルバム
『電子音楽の世界』はモーグ・シンセのみで作られた一枚。音楽というよりも実験要素の強いサウンド・スケッチといった趣ではありますが、60年代にロックのアーティストがモーグだけでアルバムを制作したという点で、注目すべきアルバムではないでしょうか。
7月25日に発売される
Logic System(松武秀樹)のアルバム
『TANSU MATRIX』は、YMOファンにはおなじみの“タンス”なる愛称で知られるE-muのモジュールや自ら開発に携わったニンテンドーDSソフト「KORG DS-10」を使用するなど、新旧の機材を用いたテクノな一枚になっています。往年のファンはもちろん、
Perfumeや
MEGを愛聴するテクノ・ポップ・ファンも要チェックの作品です。
製造が終了して20年以上経つにもかかわらず、いまだ人気を博すアナログ・シンセ。ノブやスライダーを使って音をリアルタイムで操作しながら演奏することができ、自由度の高い音作りが可能というだけでなく、デジタル・シンセでは表現できない、チープさと温かさを兼ね備えた独特な音色があるからこそ、人気が衰えず愛され続けているのかもしれません。みなさんもそんなアナログ・シンセの世界に触れて、その音を実際に楽しんでみませんか?