フランス電子音楽シーン最前線 Vol.2

ミカエル・ジャレル   2012/04/27掲載
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 ジャンルを超えて音楽家が集まり、新たな実験が繰り広げられているフランスの電子音楽シーン最前線をご紹介するシリーズ2回目は、今年春に開催されたリヨンの現代音楽フェス<ミュジック・アン・セーヌ>と、<プレザンス・エレクトロニック2012>をレポートします。

 斬新な文化企画がさかんに行なわれるフランス第3の都市リヨンでは、3月1日から24日にかけて現代音楽フェスティヴァル、ビエンナーレ<ミュジック・アン・セーヌ>が開かれた(国立音楽創作センター“グラム/Grame”主催)。20周年記念の今年は、テーマ作曲家にミカエル・ジャレルを迎えるとともに、アンサンブル・アンテルコンタンポランなど国内外の重要アーティストを集め、おおいににぎわった。なんといっても、アカデミックな現代音楽の枠におさまらない領域横断的な電子音楽作曲家・演奏家もクローズアップされていたのが魅力である。

 なかでも興味深かったのは、15日のローラン・テルズィエフ劇場での、アルネ・デフォルスのチェロとエレクトロニクスによるコンサート。前半、ブライアン・ファーニホウの「タイム・アンド・モーション・スタディII」(1977)では、デフォルスのチェロが分身のようなエレクトロニクスと対話しながら、激しい超絶技巧、そしてノイジーだが味わいのある響きを聴かせ、楽曲の精緻なつくり・深みを引き立てた。

 注目の後半は、アメリカのミニマル・ミュージックの大御所フィル・ニブロックのトリロジー作品、「ハーム」(2002)、「プア」(2007)、「フィードコーン・イヤー」(世界初演)。録音したデフォルスのチェロの音を、ニブロックがコンピュータで変調して作曲した電子音楽パート(ニブロック演奏)に、デフォルスがライヴで即興演奏を加える。幾重にも重なった、超高音から重低音までの複雑な厚いドローンが大音量の渦となり、聴く者の身体を包み込む。各音が微細に動き続け、協和音・不協和音が交差し、とどまることなく色合いを変えていく。1時間半近くかかる演奏中は、ホールの扉を開け放したまま、ワインなどを飲みにロビーにも出られるくつろいだ形式。同時に流された隣り合わせの2つの映像もニブロック制作。漁業、農作業、料理、屋根の瓦の修理などアジアの田舎の人々の日常の作業風景を淡々と見せる。延々と繰り返され、続けられる作業と、変化しながらも恒常的にある音が、個々の命を超えた悠久のときを体感させてくれた。

アルネ・デフォルスによるニブロック作品演奏(C)M.Grefferat

 次いで16日はリヨン国立高等音楽院で、スウェーデンの作曲家イェスパー・ノルディンの作品演奏会が行なわれた。ロックから音楽の世界に入ったノルディンは、微分音の多いスウェーデンの民俗音楽からのインスピレーションと、最新のコンピュータ技術を取り合わせた独自の作風が光る。同夜は新作「キルケ」がダニエル・カウカ指揮アンサンブル・オルケストラル・コンタンポラン、ジャン・ジョフロワの打楽器ソロで初演された。ジョフロワがシンギングボウルを擦ると、ピアニストが低音弦を内部奏法で叩き、するとまるでその振動のように大太鼓のトレモロが響く。静けさのなか、音の震えが楽器から楽器へと伝わっていく。ノルディンが準備したコンピュータに接続されたモーションセンサー“キネクト”により、ジョフロワが身体を動かしながら即興演奏し、そこから作曲された楽曲は、素早い動きや円環的な旋律が美しく有機的に絡み合い、波のように押し寄せては引く流動性がきわめて魅力的であった。

 続く17日にもノルディンの新作「ディフュージング・グレインズ」がリヨン国立オペラ内スタジオで初演された。演奏はリヨン鍵盤打楽器アンサンブル(PCL)。音の空間配置とグラニュラー・シンセシス(音響合成)という電子音楽の2つの要素を生楽器で表現した楽曲。とくにマリンバを力強く連打すると、そのすぐ脇にあるタムタムに吊るされたばちが揺れ、タムタムを叩くシステムはユニークで音色のきめも秀麗。見事な呼吸の5人のパーカッショニストの間を廻る音響の動きも明瞭だった。ノルディンのニュー・アルバム『Pendants』(Phono Suecia・PSCD 192)もぜひお薦めしたい。

リヨン鍵盤打楽器アンサンブルによるノルディン作品演奏(C)M.Grefferat


AGF(C)Didier Allard - Ina
 一方パリでは、3月30日から4月1日にかけて、今年もINA/GRM(国立視聴覚研究所/音楽研究グループ)主催の電子音楽フェスティヴァル<プレザンス・エレクトロニック>が104(サンキャトル)で行なわれ、多くの電子音楽・実験音楽ファンを集めた。

 今年は毎回、夜のコンサートの第1曲目にあまり有名ではない1920〜30年代生まれの作曲家(故人も含む)の楽曲が紹介された。なかでも第1夜のアルネ・ノルドハイムの「ワルシャワ」(1970)は、クリック音や低音ノイズをはじめとした古さを感じさせない多様な音色の電子音、録音されたポーランドの子供の遊び歌などが、規則的ではない生き生きとしたリズム感をもって展開され、流れのよい音世界を聴かせてくれた。

 次いで、毎年盛り上がる注目の土曜の夜は、ドイツの“電子詩人”AGF(アンティエ・グライエ・フックス)が声や息、ノイズ・サウンドを使ったループでポップロック的なニュアンスを醸し出す、繊細かつダイナミックな期待通りの演奏を楽しませてくれた。


ジャン=フランソワ・ラポルト
(C)Didier Allard - Ina
 また、ジャン=フランソワ・ラポルトとベンジャミン・シグペンによるデュオ、“ラスト(錆)”による同名タイトル曲は、エアーコンプレッサーで金属パイプのなかに空気を送り、パイプの端に付けた風船によって音高を変えたりするラポルトの自作楽器に、シグペンがライヴ・エレクトロニクスを重ねたドローン・ミュージック。倍音の響きとともにゆっくりとクレッシェンドし、クライマックスでは低音の咆哮が胸に響き、高音の歪んだノイズ音が空間をつんざく。音色の豊かさ、強烈な生命感に大きな拍手が送られた。

 最終日に気を吐いたのはフランス在住の日本人アーティスト、東陽子のソロ・プロジェクト“ハマヨーコ/HamaYoko”。コンタクト・マイクを使った声やノイズの録音・ループ・変調による演奏。ときおり響く規則的なビートを基調に、村山政二郎もよく使う喉の噪音、能を思わせる声、叫び、旋律のある歌声と次から次へと毛色を変える個性的なパフォーマンスを披露した。

HamaYoko(C)Didier Allard - Ina

 とりわけ独自の道をいくマイナーなアーティストの活躍が光っていた今年春のフランス電子音楽シーン。今後もますますこういった独創的で興味深い音楽づくりをする作曲家・パフォーマーが紹介される場が増えていくことを期待したい。
取材・文/柿市 如
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