「聖(ひじり)になりたかったんですよ、俺」と、開口一番に54-71の中心人物・川口賢太郎(b)は言った。日本で唯一無二のオルタナティヴ/ハードコア・バンドの雄でありながら、2004年のメンバーの脱退後(3人編成のインスト・バンドとして活動してはいたが)54-71は事実上の沈黙が続いていたのである。その理由が「聖」??
「これ、ホントの話なんですけど。聖って、世のため人のために尽くす人じゃないですか。で、俺も誰かに喜んでもらいたくてバンドやってたんですけど、だんだんそれがわかんなくなってきて。聴いてる人の反応もよくわかってなかったし、少しは認めてもらえて、ストイックにやりたいことを突き詰めてるって言われても“それが何だ!”と。前のギターが抜けたのも殴り合いになったからだし、ぜんぜん聖になれなくて(笑)。だから、休止中はいろいろ本を読んでみたりして、音楽っていうより、聖になりたくて葛藤してたという」
しかし、昨年新ギタリストが加入、さらに新レーベル“contrarede”設立とともに、ついに再始動を決意。その動機は、ニューアルバムの『I'm not fine, thank you. And you?』という不愉快そうなタイトル、ガキッと硬質でいながら不穏に揺らぐあのグルーヴ、そして架空のキャラクター“Noex”から聖書観までが飛び交う、強烈な言葉の中に圧縮されている。
「5年間の鬱憤を晴らしたんですか、って言われてもしょうがない。聖の反動すかね(笑)? 最近のソフィスティケイトされたロックより、もっと生々しい音が欲しかったっていうか、アンチをちゃんと張ってる人たちがいないのが寂しかったのかな。今って価値観が細かく分かれてるけど、“人それぞれ”とか、投げやりな“いいんじゃない”っていうのがイヤなんです。とくに音楽業界にいるとそれを感じるから。こういうジャケット(虚無僧の抜け殻と十字架のジャケ、川口の墨絵によるブックレット)にしたのも、レーベルの主旨も全部同じなんだけど――おかしいと思ってる人がいるのは知ってる。グラフィック・アーティストとかデザイナーとか、おもしろおかしくアンチをやってる人たちがいるのも知ってる。だったらそういう人を横につなげたい、と思って」
必ず頭から最後まで全員で一発録り、全員が納得できたら終わる。川口曰く「レコーディングっていうより“記録”」
にこだわり、さらにエンジニアリング担当は、バンドの生音をありのまま保存するなら世界最高峰のスティーヴ・アルビニ。その音は、今の世の中の漠然とした不快感に対して、生々しく強烈な“ノー”を突きつけている。 「何に動かされてるのか自分でもわかんないんですよ。社会的に虐げられてるわけじゃないけど、疑問っていうのは確実に感じてて、そんな中で自分がハッピーだとはとても言えねえよ、って。社会を変えようなんて思ってるわけじゃないし、こんなジャケットでこんなタイトルで出せることは楽しいんですよ。ただ、俺は楽しいけど幸せじゃない、っていう。聴いて、それで何かスコンと抜けてもらえたらうれしいですね」
取材・文/齋藤奈緒子(2008年7月)