新作
『ワン ナイト トリップ EP』が発売されたシンガー・ソングライターの
阿部芙蓉美と、『ピース オブ ケイク』『溺れるナイフ』を連載中の人気漫画家・
ジョージ朝倉の対談が実現。日頃から“もし、あの青春時代にトリップできたら……”というテーマをもとに、思春期の思い出、青春との関わり方、それぞれの作品の在り方などについて語ってもらった。
「(朝倉さんの漫画は)ハラハラしながら読んでます」(阿部)
「(阿部さんの曲は)キュンキュンしちゃうんだけど、それを人に見られたくない(笑)」(朝倉)
――阿部さんは以前から、ジョージ朝倉さんの作品を愛読していたとか。
阿部 「はい。最初は『ピース オブ ケーク』を書店でたまたま見つけて。いま連載されているもの(『ピース オブ ケーク』『溺れるナイフ』)もハラハラしながら……というか、特殊な汗をかきながら読んでます(笑)。ここが好き、っていうのはなかなか言葉にできないんですけど。作品があるだけで、ありがとうって感じなので」
朝倉 「すごいホメ言葉です、それ。私も阿部さんのアルバム(
『ブルーズ』)を拝聴させていただいたんですけど、もうホントに良くて。ひとりで聴きたい感じというか……私も上手く言えないんですけど(笑)。いろいろ訊きたいんですけど、アルバムに入ってる曲って、作った時期はバラバラなんですか?」
阿部 「そうです。まさにアルバムを作っていた時期に作った曲もあるし、自分で初めて書いた曲もあって。1曲目(〈ドライフラワー〉)がそうなんですけど」
朝倉 「あ、大好きです、それ。聴いてるとキュンキュンしちゃうんだけど、それを人に見られたくないから、やっぱり一人で聴いちゃう(笑)」
阿部 「もうあんな可憐な曲は書けないかもしれないですねえ。とにかく、何も考えずに書いていた頃なので」
朝倉 「取り戻せないですよね、そういうのって」
「若さって、財産なんだな」(朝倉)
――“取り戻せない感覚”って、まさに青春に通じてるような……。
阿部 「お、今日のテーマに入りますか(笑)? でも、青春っていう括り方がそれほど好きじゃないんですよ、私。あの頃は良かった、あのときの輝きが……って振り返る姿勢がよくわからないというか。それが美しいことであるっていうのはよく分かってるんだけど、この先、まだ自分が知らないことのなかにも素晴らしいものがたくさんあると思うので。だって、命が終わったあとにも、ものすごく素晴らしいことがあるかもしれないし」
朝倉 「私もそういうタイプかも。“戻りたい時期は?”と言われても、とくにないんですよね。もう1回、あの時期を繰り返すのはめんどくさいし(笑)、気持ちはこれから先に向ってるので。ただ、25歳を過ぎてから、“若さって財産なんだな”とは思うようになりましたね」
阿部 「あ、そうですか」
朝倉 「たとえばこの前、中学生の女子のグループとすれ違ったんですけど、そのなかになぜか学ランを着てる子がいたんですよ。それって、たぶん好きな男の子とかから借りてるわけじゃないですか。“寒いから借りるね”とか言ってって……。もうね、それだけで甘酸っぱい気持ちになっちゃうんですよ、私」
阿部 「ハハハハハ! あー、でも、ちょっとわかります」
朝倉 「中学生のときは、そういう子を見ると“ケッ!”っていうタイプだったんですけどね。作品というフィルターを通して、青春を捉えてるところがあるんだと思う。自分の経験とはまったく違うところで」
阿部 「私は授業を受けてる時間なんて、膨大な無だった(笑)」
朝倉 「私も。すっごい寝てた気がする」
阿部 「華やかな雰囲気とは無縁でしたからね。文化祭でも、ステージで踊ったりしてる人を見ながら、ゴミとか拾ってました」
朝倉 「歌ってなかったんですか?」
阿部 「ぜんぜん。言い方が難しいんですけど、みんなが学園祭とかで純粋にワーワー盛り上がってるときに、もっと違うことを考えなくちゃいけない気がしてたんです。高校は高校で楽しかったんですけど、家でひとりになると、ずっと音楽を聴きながら動かなかったり……。別の世界を持っていたのか、それが欲しかったのかはわからないんですけど」
「“(上京時は)歌手になれることはないよな”と思ってたんです」(阿部)
朝倉 「高校を卒業した後、単身で上京なさったんですよね?」
阿部 「はい。北海道の稚内にいたんですけど、すごく狭いコミュニティなんですよ、やっぱり。いいところなんですけど、もっと何か知らなくちゃいけないんじゃないかっていう気持ちも強くて。ただ、“歌手になれることなんて、ないよな”って思ってたんです。“夢なんか見てるんじゃないだろうな、この田舎者が”っていう(笑)」
朝倉 「たわけたこと考えるなよ、みたいな(笑)」
阿部 「そうそう(笑)。だから最初はスタッフとして音楽に関わるってことも視野に入れてたんですけど、専門学校で谷本新さんという方に出会って。いま一緒に曲を書いて、プロデュースもやってもらってる人なんですけど、一緒に曲を作ってるときに“裏声がいいから、それを使って歌ってみて”って言われて、そこからいまのスタイルが出来上がってきたんです」
朝倉 「へ〜。でも、いまはミュージシャンとしての実感があるんですよね?」
阿部 「実感というよりは自覚しなくちゃいけない場面が多いです。いまでも“夢、見るなよ”っていうのがちょっとあるんですよ。だって、先のことはどうなるかはわかんないじゃないですか。1年後、いきなり“パティシエになる!”って思うかもしれないし」
朝倉 「“どうなるかわかんない”っていうのはわかります。私は阿部さんと違って、子供のときから“漫画家になってしまう運命なんだ”って思い込んでたんですよ。小学校5年のときにいきなり
ストリート・スライダーズが好きになって、“音楽もいいな。でも、私は漫画家になるから、両立できるかな”って本気で悩んでたくらい(笑)」
「一番影響が大きいのは、大島弓子先生かもしれない」(朝倉)
阿部 「すごい。漫画は読んでたんですよね?」
朝倉 「姉の本棚にあったマンガは読んでましたね。バレると“1冊100円”って言われてたから、こっそりと」
阿部 「100円は高いなあ(笑)」
朝倉 「ですよね(笑)。姉は7つ上だから、私の世代よりちょっと上の漫画家さんが多かったんです。いわゆる“24年組”――山岸涼子先生や竹宮恵子先生――のみなさんの作品とかは、たぶん影響受けてると思いますね。でも、いちばん大きいのはデビュー直後に読んだ
大島弓子先生かもしれないですね」
阿部 「私もすごく好きです、大島弓子さん」
朝倉 「大島先生の作品をきちんと読んで、“少女マンガって、こんなに素晴らしいんだ!”って思ったんですよね。はじめてジャンルを意識したというか、“こんなにいい場所でデビューさせてもらったんだから、がんばろう”って思ったのかな。何て言うか、少女をちゃんと描いてるのが少女マンガなんだなって思ったんです。年齢がそれほどいかないうちに、少女マンガを極めたいというか……いや、極めるのはムリなんですけど(笑)、それを目指したいとは思ってて。そのときにしか描けないものってあるし、どんどん変わってきますからね」
阿部 「変わりますよね。曲もそうです」
朝倉 「ちょっと話が違っちゃうんですけど、過去の曲をライヴでやるのって、どんな気持ちなんですか?」
阿部 「曲を書き上げるまではいろんなことを考えてるんですけど、作品が出来上がっちゃえば、ずっとそのままというか。いまの自分の感情とは関係ないところで成り立ってる感じですね」
朝倉 「ふーん。私は自分で描いた過去の漫画がまったく読めないんですよ、恥ずかしくて。連載を再開するにあたって、どうしても読まなくちゃいけないんですけど、“うわー、助けてください!”ってなっちゃって。思い入れがあればあるほど、恥ずかしくなっちゃうんですよ。たぶん、私が自意識過剰だからだと思うんだけど」
阿部 「そういう意味の恥ずかしさは私にもありますよ。昔作った曲なんて、やっぱり青くて、若くて……。でも、それを含めて大切にしなきゃなとも思うんですよ。恥ずかしい思いってできるだけしたくないけど、そこにはいろんな思いがつまってるし、新しいことに気付けるチャンスなのかなって。そう、恥ずかしさってわりとカギになってるんですよね」
朝倉 「そうですよね。そう考えると、恥ずかしさっていうのは青春かもしれない……。って、話をまとめてみました(笑)」
取材・文/森 朋之
撮影/高木あつ子(2008年8月)
■阿部芙蓉美 最新作
「ワン ナイト トリップ EP」
(FLCF-4252)
2ndシングル「青春と路地」のカップリング曲「trip―うちへかえろ―」(映画『ベティの小さな秘密』イメージ・ソング)を中心に収録された秋限定生産盤。彼女の音楽の大きな特徴であるアコースティック・ギターのオーガニックな響きを活かした「trip〜」は、古き良きスタンダード・ナンバーにも通じるノスタルジックなメロディ、“one night trip”というフレーズによって聴き手を“ここではない、どこか”へと誘うリリックが一つになったミディアム・チューン。軽やかなレゲエのリズムのなかで心地良い浮遊感をたたえたヴォーカルがたゆたう「journey(english version)」、50年代のジャズを想起させるロマンティックなストリングス・アレンジが印象的なカヴァー曲「moon river」、さらに1stアルバム『ブルーズ』の限定生産盤のDVDにBGMとして使用された楽曲をリアレンジ、新たに歌を加えた「みんなのブルーズ」を収録。秋の夜長、ゆったりと空想上の旅を楽しみたいときにぴったりの作品に仕上がっている。(森 朋之)