2001年デビュー以降、現在まで振り幅の大きな活動を見せてきたジャズ・シンガーのakikoの新作『spectrum』の聴き味がとても良い。それは、ジャズ・ビヨンドの位置にいる個性派ピアニストである林正樹との連名作。林のピアノ演奏のもと抑制の妙を持つakikoの歌が乗るというデュオ表現曲が並んでいるのだが、間や響きの美学が横たわるその清新さには本当によく作ったねと首を垂れたくなる。いかにして、彼女は現代ヴォーカル表現の新たな佇まいや誘いの提案をモノにするに至ったのか。これは、当人に尋ねるしかないではないか。
――新作なんですが、まず林さんとやりたいという意思がありました? それとも、やりたい表現の青写真がまずあって、それを具現するには林さんとやるのがいいとなったんですか?
「林さんとは3、4年前からライヴをしているんです。でも、林さんは多忙なので一年にできて2、3回。そうして共演をちょこちょこ重ねているうちに、林さんとアルバムを作りたいなあという気持ちが強くなりました」
――林さんのどんなところにいちばん魅力を感じます?
「林さんっていわゆるジャズ・ピアニストとはちょっと違うというか、普通はデュオでやっても、どうしてもサポート・ミュージシャンとして迎える感じになってしまう。ところが、林さんの場合は、この曲はこうだから、私の声はこうだからといった固定概念が排されて、すごい自由に新しいことができるのを感じるんです。スタンダードをやる時でも、林さんとの場合は全然違う感じになったりします。そこで、林さんに曲を書いてもらって私が歌詞をつけたオリジナルをやりたいという気持ちが強くなって、アルバムを作ることになりました」
――林さんは、あなたが歌うことを念頭においた曲作りをしたのでしょうか?
「そうですね。ただ、〈Bluegray Road〉と〈Teal〉は林さんがすでに発表している曲なんです。この2曲は私がすごい好きで、〈Teal〉についてはポエトリーをつけたいなというアイディアがあって、私から提案しました」
――小西康陽さんや須永辰緒さんやブッゲ・ヴェッセルトフトとやったり、ブラジル録音をしたりジャイヴに臨んだり、これまでさまざまなことをしてきています。でも、今回はとくに別のステージに行ったなという感じがしてとても驚きました。
「今作を聴いていただくと、ブッゲとやった作品(2009年のアルバム『Words』)と比べられるんです。私はもともとアンビエントな世界観が好きなんですが、ブッゲと一緒にやったときもそういうものを意識していたし、それ以降もずっと好きでした。だけど、私はすごいあきっぽくて、騒がしい音楽をやるとすごい静かな音楽をやりたくなり、古いジャズやルーツ・ミュージックをやっているともっとピコピコした音楽をやりたくなる。世間がどうこうではなく、マイ・ブームに忠実なのかもしれない」
――歌詞は英語で作っていますが、林さんの含みを抱えた曲に歌詞を乗せるのは大変だったのではないでしょうか?
「それは、曲によりますね。林さんの曲って、ラブ・ソングのような一般的な歌詞が乗せられないものが多い。すごい音数が少なかったりもするので、だからスペース、余白は大切にして歌詞を作りました」
――林さんは、その名も“間を奏でる”というユニットもやっていますしね。
「林さんのピアノでいいなと思うことの一つは、弾くことではなく、弾かないことで、大きな何かを伝えられるところ。だから、説明しすぎてイメージを狭めてしまわないように留意しました。ぜひ、歌詞の内容も掘り下げて聴いてほしいなと思います」
――歌唱は、抑制の美を持っています。歌い方を変えようとはしましたか。
「しました。この曲にはこの声でアプローチしたいというイメージがありましたから。曲によってはすごいささやき声だったり、微細さが必要とされるので、難しかったです」
――林さんの曲に歌詞をつけた曲にプラスして、カヴァーが3曲。それらを選んだ理由を教えてください。
「カヴァー曲はいくつか候補をあげて、二人で相談しながら決めました。〈I Loves You, Porgy〉(ジョージ・ガーシュウィン作曲)は、ニーナ・シモンのヴァージョンが素晴らしすぎて、触れられないなとこれまで思っていたんです。でも、林さんとだったらトライする価値があると思いました。〈Corcovado〉(アントニオ・カルロス・ジョビン作曲)の場合は、私も林さんもいわゆる哀愁漂うという感じの曲は選ばない傾向があって、だから、逆に1曲ぐらいそういう曲を選んでもいいかなと思いました。八重山民謡の〈月ぬ美しゃ〉は、月は十三夜がいちばん美しいという内容の曲なんです。この10年ぐらいよく石垣島に行くんですが、私が石垣でライヴをすると十三夜にあたることが多く、この曲をよく歌っています」
――それから、みずからの作詞・作曲による「Music Elevation」も収められています。このミニマルっぽい曲には驚きました。corneliusの『Point』あたりのノリをアナログかつ静的にやっているような感想をぼくは得ました。
「もともとは2008年の『What's Jazz? -SPIRIT-』に入っていた、吉澤はじめさんにトラック・プロデュースしてもらった曲なんです。本来はすごいエレクトロニカな曲なんですけど、林さんがこの曲を選んでリアレンジしてくれました」
――そうなんですか。ぼくはイケてるこの曲を聴いて、あなたの作詞/作曲でもあるし、この曲の路線で一枚作ってもいいんじゃないかと思ったんです。
「私は林さんみたいな曲は作れないです。今回、あらためて思ったんですが、私の音楽的基盤は基本的にルーツ・ミュージックなんだな、と。ディキシーもそうだし、ブルースやリズム&ブルースもそうだし。カリプソとか、スカやロックステディとかルンバやクンビアも同様。ああいう音楽って1コードか2コードの繰り返しだったり、ブルースのコード進行だったり、もうちょっと発展しても、展開がなんとく予想できる。私が作る曲って、そういうのばかり。一方、林さんの曲はある程度知識がないとできない曲。今回曲を出してもらった際、あまりにも私にはIQが高すぎる曲は選びませんでした。とはいえ、じつは音楽って数学的だなと思うところは、私と林さんの認識が重なるところでもあります。私も幾何学とか、数学が好きで、数字で説明できることの美しさに感動してしまうんです。音楽は右脳的、絵画的とか言われますが、じつはそれと同時に数字とか幾何学のようなものを感じています」
――そんな二人が重なり、しっとりとした化学反応を生み、その奥に情緒や余韻の広がりを得ています。そんな『spectrum』を聴くと、林さんの途方もない才能を再確認もできます。本作は彼にとっても、めちゃ美味しいアルバムだと思いました。
「今回、“プロデュースド・バイ”ではなく、共作名義にしたのは、私自身が林さんのファンでもあるし、おこがましいんですが、もっと林さんの音楽をたくさんの人に聴いてもらいたいなとの思いからなんです」
――本作を海外に出すという気持ちはおありですか? (1曲を除き英語詞のアルバムなので)言葉のハンデがないし、間の感覚の存在には日本的な美を感じると思いますし。
「出したいです。既存の音楽業界にいるシンガーやミュージシャンのあり方に収まりたくないし、林さんとやるのもその一環です。彼と一緒に演奏していると、ジャズ・シンガーとジャズ・ピアニストのあり方にとどまるのがもったいない、もっといろんなことが表現できると感じます」
取材・文/佐藤英輔
■〈akiko×林正樹「Spectrum」Release Live 2019〉※公演の詳細と追加情報はakikoのオフィシャル・サイト(
https://www.akiko-jazz.com/)をご覧ください
2019年8月9日(金)
北海道 帯広 MEMU EARTH HOTEL / STUDIO MEMU
開場 18:00 / 開演 19:00
チケット 6,000円(税込 / Special Dinner + 1ドリンク付)
※お問い合わせ:
MEMU EARTH HOTEL 01558-7-7777
※小学生以下無料
※宿泊付きプランもあり
2019年8月10日(土)
北海道 札幌 豊平館
開場 18:30 / 開演 19:00
チケット 5,000円(税込)
※お問い合わせ:
MORROW 011-532-8044
※未就学児入場無料(大人1名につき未就学児童1名まで、膝上でご覧いただく場合のみ入場無料。児童の座席が必要な場合はチケットをお求めください)
2019年8月11日(日)
北海道 函館 港の庵
開場 17:30 / 開演 18:30
前売 3,500円 / 当日 4,000円(税込 / 1ドリンク付)
※お問い合わせ:
イチノヘ 090-7518-0750
2019年8月30日(金)
東京 品川 原美術館
開場 18:00 / 開演 19:00
チケット 5,000円(税込 / 美術館入館料込み)
※お問い合わせ:
原美術館 03-3445-0651
2019年8月31日(土)
長野 軽井沢 軽井沢レイクニュータウン 管理事務所サロン
開場 18:30 / 開演 19:00
チケット 4,000円(税込 / 要予約40名限定)
※お問い合わせ:
レイクニュータウン管理事務所 0267-48-1611
2019年9月1日(日)
富山 富山県民小劇場 オルビス
開場 16:30 / 開演 17:00
前売 4,500円 / 当日 5,000円(税込)
※お問い合わせ:
FMとやま 076-432-5566(平日9:00〜17:30)
※未就学児入場不可
2019年10月19日(土)
鳥取 米子 ゆう&えんQホール
詳細未定
2019年10月20日(日)
広島 東広島 西条公会堂
詳細未定
2019年10月21日(月)
岡山 蔭凉寺
詳細未定
2019年10月29日(火)
愛知 名古屋ブルーノート
1st 開場 17:00 / 開演 18:00
2nd 開場 20:00 / 開演 20:45
チャージ 6,900円(税込 / 飲食代別)
※お問い合わせ:
名古屋ブルーノート 052-961-6311(平日11:00〜20:00)
2019年11月19日(火)
東京 渋谷 HAKUJU HALL
開場 18:00 / 開演 19:00
チケット 5,000円(税込)
※お問い合わせ:
HAKUJU HALLチケットセンター 03-5478-8700
2019年12月8日(日)
愛媛 砥部オーベルジュリゾート
詳細未定