安藤裕子   2010/09/17掲載
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 また、これは個人的な印象かもしれないが、この時期から彼女のヴォーカリゼーションにも新しい変化が感じられるようになった。繊細でデリケートな感情表現に加え、聴く者を包み込み、ときに圧倒するようなスケール感、力強さが加わったのだ。その変化は当然、ライヴにも反映されることになり、とくに2008年1月からスタートしたアコースティック・ライヴでは、パフォーマーとしての彼女の魅力を以前よりたっぷりと味わうことができた。

 そして、2008年5月に4thアルバム『Chronicle.』がリリースされる。堤幸彦監督の映画『自虐の詩』の主題歌となった「海原の月」、疾走感あふれるアッパー・チューン「パラレル」を収録した本作によって彼女は、“終わりと始まり”をはっきりと感じたという。


 「曲を作りを始めてちょうど10年くらい経って、いろいろ変わったきたんですよね。最初はただ自分を吐き出すような時間のなかで、“わかるよ”って言ってほしかっただけなんだけど、仲間が出来て、理解してくれる人、自分の音楽を聴いてくれる人が増えて。ライヴの在り方にしても、デビューしてからはまったく違いますからね。デビューする前のライヴっていうのは、私を知らない人たちのなかで“こなす”ようにやってたんだけど、自分を観に来てくれる人たちに対しては“裏切れない”っていう気持ちもあるし。あとね、高3の夏休みみたいな感じもあったんですよ。部活も終わって“俺、受験の準備があるからさ”って他のところに行っちゃう人とかもいて。“ずっと同じままでいれる”(「唄い前夜」のフレーズを口ずさむ)と思ってたのに、“なんだ、ずっと一緒にいられるわけじゃないんだ”って。ずっと3人でやってきて、その作業が上手くなりすぎたっていうのもあったし……。人生的な変化のタイミングだったんですよね、きっと。だから、『Chronicle.』のあとはかなり落ち込んだんですよね。また一人ぼっちになっちゃったのかなって」 (安藤裕子)


 「安藤裕子が評価されるとともに当然のことながら山本隆二も以前より注目されるようになってきて。それは良いことなんだけど、前と同じように制作に時間が取れなくなってきたり、もっさん一人に頼りっきりのような状態も多くなっていたので、お互いのためにも少し時間と距離を置いた方がいいのかなと。だから、『chronicle.』のあとは少し時間がかかるだろうなとは思っていました。もっさんの他に2、3人のアレンジャーを立てるっていうアイディアも、そういうところから出てきたんですよね」 (安藤氏)


 その後、安藤裕子は初のベスト・アルバム『THE BEST '03〜'09』をリリース。過去最大の規模となる東京・国際フォーラムホールAでのコンサート(2009年6月)を成功させる。さらに今年9月8日には、じつに2年以上に渡って制作された5枚目のオリジナル・アルバム『JAPANESE POP』を発表。山本隆二のほか、宮川弾ベニー・シングスがアレンジャーとして参加したこの作品は、彼女自身にとっても、大きな意味を持っているようだ。


 「このアルバムには棘(トゲ)がなくて、優しいんですよ。そのことに自分が救われたんですよね。『Chronicle.』の後は、剥き出しの感情だったり、人を攻め立てるような言葉は受付けなかったと思うんですよね、体調的にも精神的にも。でも、自分から出てくるものはコントロールできないし、それは歌わなくちゃいけないし。ホントに救われましたね。このアルバムの曲が優しくて、可愛い曲だったことに。そこで初めて、音楽の文化的な意味も考えたし」 (安藤裕子)


 11月からは、『JAPANESE POP』にともなう全国ツアーがスタート。その視線は緩やかに“次”に向かい始めている。


 「この前、自分でも何を歌ってるのかわからないくらい早口の歌が出来たんですよ。でも、そのモードに行くにはまだ早いかなって思っていて。ツアーが終わるまでは、違うモードに行くのを抑えてる感じかな。それが終われば、また次のアルバムに行けると思います。アンディにもやりたいことがあって、そこでまた広がると思うし……。ぜんぜん先の話はしてないんですけどね、まだ」 (安藤裕子)


取材/森 朋之、清水 隆
文/森 朋之(2010年8月)
Information
「サリー」「海原の月」などのミュージック・ビデオも手掛ける映画監督・堤幸彦氏が監督をした映画『BECK』(配給:松竹 出演:水嶋ヒロ、佐藤健、向井理、中村蒼、桐谷健太、忽那汐里 他 / http://www.beck-movie.jp/)が大ヒット公開中!



安藤裕子をよく知る人たちの証言


証言1・山中聡(事務所/YSコーポレーション代表)

――安藤裕子さんと出会ったときのエピソードを教えてください。
「10年くらい前に、僕の事務所をプロデューサーの藤井丈司くんに連れられて現れたのが最初。梅宮辰夫風と事前に僕のことをインプットされたとか。なぜか緊張感のない出会いだったな。第一印象は、清楚な線の細い大和撫子の印象。知ってしまえば全く違ったけど。騙された」

――マネジメントのスタート当時のエピソードがありましたら教えてください。
「吉祥寺のスターパインズでライヴをやった時(2002年?)は緊張のあまり、目線が泳ぎっぱなしで、ついにお客の顔を見ずに終わったな。宙を見て唄ってた(笑)」

――メジャー・デビュー後、6年間で何か思うところはありますか?
「ライヴ(人前)でちゃんと唄えるようになってよかった。最初の頃のライヴを観てた当時からは想像もできないくらい。成長したんだね」

――ミュージャンとしての彼女に関して、すごいと思うところはどんなところですか?
「音楽に対しても、お客さんに対しても、世の中に対しても、常に真摯な姿勢を保っていて素敵。人としてりっぱだと思います」

――今後の彼女に期待するところはありますか?
「年々成長し続けていく彼女の20年後を期待。素敵な年輪を観たいですね」



証言2・クリス智子(DJ/シンガー)

――初めて彼女を知った(会った)時の印象は?
「不純物が入ってこその、純粋な天然石みたい。ごつごつ美しい。潔い女の子。砂場できれいなお城をこしらえて楽しんでいそう。(歌)脆そうで強そう。そのアンバランスな、彼女のバランスが好き。(会った時)目線を外してケタケタ笑うその影に何が潜んでいるのか、興味大。

――安藤さんとのエピソードは?
「家で料理に凝っている、というハナシの時に“小料理屋な気分で作って人に出している”と言っていたことをなぜか強烈に覚えている。いい肉じゃが出してくれそうと……。よっぽど楽しそうに話していたんだと思う……。番組に何度か来ていただいていて、スタジオ・ライヴも」

――彼女の魅力はどんなところですか?
「“甘え”と“他人感”の距離の駆け引き。“夢見心地”と“現実の儚さ”の共存。すべては“宝物”感。女の子を忘れないでいられる世界。人として成長しよう、という、理想と現実の狭間に、もどかしい自分をおいて、自分を試す生き方をしているような感じがするところ」

――彼女の作品(楽曲)の中で、一番好きなものはなんですか?
「<海原の月>(他、まだある)」

――今後の彼女に期待するところはありますか?
「素直な牙をいつまでもどうぞ忘れず。歌うたってねー、いつも、きたきたーと楽しみに待っています」


証言3・牧 鉄馬(映像作家)
「はじまりの唄」「歩く」などのミュージック・ビデオを手がける)

――安藤裕子さんの第一印象は?
「とても存在感のある人だと思いました。自己主張が強いわけではないけれど、押し付けがましくない、人としての個性を強く感じました」

――今まで、PVなどを制作する際に思ったことや、彼女とのエピソードはありますか?
「最初の仕事から、どこかフィーリングが合う人だと思っていました。安藤さんの音楽が持っている世界観とパフォーマーとしての安藤さん自身のギャップが、他の人には無いものだと感じました」

――デビューしてから今までで、彼女に何かの変化を感じますか?
「人を描きたいということについては一貫している人だと思います。さまざまな変化を受け入れるだけの器がある人だと思いました」

――彼女のすごいと思うところはどんなところですか?
「ミュージック・ビデオやライヴに限ってしまうかもしれませんが、作詞作曲だけでなく、パフォーマーとしての彼女や、そのパフォーマンスもすばらしいと思います」

――今後の彼女に期待することはありますか?
「いつまでも自分らしくいてください」


証言4・石ヶ森光政(ヴォイス・トレーナー)

――安藤裕子さんと出会ったときのシチュエーションを教えてください。
「コンサートの音響エンジニアさんの紹介で、初めはグループ・レッスンに参加していただいて。小動物のような目で一生懸命受けてくれました」

――彼女の歌を初めて聴いたときのご感想を教えてください。
「<のうぜんかつら>を聴いて、気持ちと精神力で唄う方だなあと」

――石ヶ森さんのヴォイス・トレーニングを受けていた当時のエピソードを教えてください。
「コンサート・ツアー前になると必ず体調が悪くなるのが面白い。それは表現者としての責任を身体全部で受け入れている証拠だと思う。バレエ・レッスンの方法を取り入れてから、まっすぐな良い声が出るようになった」

――彼女の才能で、すごいと思うところはどんなところでしょうか?
「とても素直に話を受け入れてくれて飲み込みが早い。アーティストとしてぶれない感性と主体性を持っている。声に天性のせつなさがある」

――最近の彼女の活躍をどのように感じていますか?
「楽曲がポップでメロディがいい。唄声もまっすぐで心にしみる」

――安藤裕子の最大の魅力は、どのようなところですか?
「奥が深い。答えがありそうでない。闇の中の一筋の光みたい」



[特別寄稿]スネオヘアーが分析する、安藤裕子の魅力

 安藤裕子の魅力とは、何でしょうか。声、歌詞……僕が感じる彼女の魅力とは、やはり一人の女であるということでしょうか。変な意味じゃないですよ、勿論彼女自身も素敵な女性だと思いますが、音楽的な話です一応。女性目線だけでなく、男性詞もありますがやはり、とても女性的であると感じる所なんじゃないかと思います。それは言い換えれば、未知なものと言えるかもしれません。女性、その女性の気持ちというものに対する不確かさ、感じ方切り取り方の違い。それは性別の違いというだけでは勿論ないのですが。「未知なもの」、「不確かなもの」、それを聞き取りたい、感じ取りたいといつも思っている様に思います。それと、「矛盾」。勿論悪い意味合いではありません。これは彼女が正直に、時に赤裸々に自分を表現しているということだと思います。生きていて感じること、日々わき起こりまた消えてゆく、大きかったり小さかったりする気持ち、そこにはいろいろな表情があるし、一瞬を切り取った一枚の写真では、その中で写しきれないものがあるんじゃないでしょうか。良い悪いは分かりませんが、勝手に感じているその、生々しさみたいな物が僕は好きです。あとは、強い「母性」みたいなもの、女性的といったけれど男性的、器用なようでいて不器用、感覚的なようで確信犯、現実的なようでいてロマンチスト、大人のようで少女……。その時々を特別なこととしてでなく歌ってくれること、表現したいことに正直で貪欲な所。ラブレターみたいになってすいません。どうぞこれからも永く発信し続けていってください。

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