世界のメジャー・オーケストラと共演を重ね、第一線でリサイタルを行なっている国際的なヴァイオリニスト、アラベラ・美歩・シュタインバッハー。ドイツ人の父と日本人の母の間に生まれた彼女は、我々にとって近しい存在であり、たびたびの来日公演や、ペンタトーン・レーベルから次々にリリースされるCDでも多くのファンを魅了している。
この3月には、38回目を迎える〈
東芝グランド・コンサート 〉に出演。巨匠
ファビオ・ルイージ が指揮する北欧の名門デンマーク国立交響楽団と共演する。演目は、ドイツ・ロマン派の名作、
ブルッフ のヴァイオリン協奏曲第1番。美しく叙情的な演奏を聴かせる彼女にふさわしい作品だ。また先ごろ
R.シュトラウス の作品による最新アルバムをリリース。この好ディスクも見逃せない。
そこで、今回のツアーとCDについて話を聞いた。
©Sammy Hart
──今回の指揮者ルイージさんとは、これまでどのくらい共演されていますか?
「長年にわたって何度も共演しています。もう10回以上になるでしょうか。2年前にはサンフランシスコでのデンマーク国立響の公演で共演し、2週間前にはコペンハーゲンの同楽団の公演で、今回の日本ツアーと同じ
ブルッフ の協奏曲を共演しました。本当に長いお付き合いで、今は友情関係にあると言ってもいいくらいです」
──アラベラさんが感じる彼の魅力とは?
「オペラの経験が豊富なかた。私は父がオペラハウスで仕事をしており、身近に多くの歌手がいたのでわかるのですが、歌手の伴奏をするのは非常に難しく、相当な実力がないとできません。そうした経験の豊かさは、シンフォニックなレパートリーを聴いてもわかります。つまり彼は素晴らしい伴奏家でもあるのです」
──同じくデンマーク国立響とのご関係は?
「共演したのは先に話した2回。しかしたった2回にもかかわらず、楽団員のかたがたがとても温かくて、長年の友人であるかのような気持ちにさせてくれる、非常にポジティヴなオーケストラです。先日ブルッフを演奏した際も、最初から調和のとれた関係をもつことができましたし、人間関係のみならず音楽的にも相性がよく、共演していてとても自然な感じがしました。デンマークの聴衆の皆さんもオープンな心をお持ちですから、オーケストラにもそうした国民性が反映されているのでしょうね」
──ブルッフの協奏曲は、アラベラさんにとってどんな存在ですか?
「この曲とは長い付き合いがあります。最初に弾いたのは11歳のとき。音楽的には理解しやすく、技術的にはそれなりに難しいので、若い奏者にも合った曲です。そして何回も演奏し、素敵な思い出がたくさんあります。いわば私の人生のステージの中でいつも傍にあった曲。でも日本で演奏するのは今回が初めてです」
──アラベラさんが思うこの曲の特徴とは?
「中心をなすのは第2楽章。第1楽章はほかの協奏曲に比べて短く、美しい第2楽章に向かってのイントロダクション的な役割を果たします。そして第3楽章は、テクニックを披露する場面もあるエネルギッシュな音楽。このようにとてもバランスの良い作品です」
──たしかに第1楽章が短くて、いつのまにか第2楽章へ移っている印象もありますが、両楽章の捉え方の違いは?
「自然に移行しますので、音楽的に感じることをそのまま表現します。森の中を歩いていると大きな木にも香しい花にも出会いますが、それと似た感覚。もちろん練習の段階ではいろいろな分析をします。でもステージに立てば“自由に、音楽のままに”といった感じですね」
──この曲にドイツ人ならではの感性をお感じになりますか?
「同じドイツ人のR.シュトラウスの音楽と似たものを感じることもありますが、ブルッフは彼独自の音楽を書いていたと思います。ちなみにシュトラウスの〈アルプス交響曲〉にこの協奏曲の第2楽章の主題と同じメロディが出てきます。いつもシュトラウスにからかわれていたブルッフは、彼が自分のメロディを使ったことに気付いて“これからはもう僕のことをからかわせないぞ”と言ったとのエピソードがありますね。またブルッフはヴァイオリン協奏曲を3曲書いているのに、第1番だけしか演奏されないのを不満に思っていました。でもそれは、あまりに美しすぎる音楽を書いてしまった彼の責任ですよね」
──なるほど、公演が楽しみですね。ではここでCDについてお伺いしたいと思います。ブルッフの協奏曲も艶やかな録音をリリースされていますが、最新のR.シュトラウス・アルバムは、とても興味深い内容ですね。このCDのコンセプトは?
「アルバムのタイトル〈Aber der Richtige...(私にふさわしい人が…)〉は、歌劇『アラベラ』の中の楽曲で、小さい時から知っている歌なんです。なぜなら自宅の階段上の柵にこのメロディがデザインされていた(※幼い彼女が横にいる写真がブックレットに掲載されている)からです。オペラの世界で仕事をしていた私の両親にとって、シュトラウスはとても重要な作曲家。だからこそ私もアラベラと名付けられました。このCDはそうしたパーソナルなアルバムです」
──具体的にはどんな内容なのでしょうか?
「この曲にヴァイオリン協奏曲を組み合わせ、それに合う曲として、チェロのための〈ロマンス〉とピアノ曲の〈スケルツィーノ〉、さらには歌曲を4つ加えました。めったに演奏されない協奏曲は17歳頃に書かれた美しい作品。また〈私にふさわしい人が…〉は、アラベラと妹の二重唱なので、ダブル・ストップ(重音)を使いながら演奏し、歌曲は伴奏は変えずに歌の部分をヴァイオリンで弾いています。こうした歌の数々は、ヴァイオリンではおそらく世界初録音でしょう」
──シュトラウスはやはり歌の作曲家だとお感じになりますか?
「ヴァイオリン・ソナタもそうですし、協奏曲の第2楽章の長いメロディやフレーズを聴いていると、彼が人間の声を意識して書いていたことを感じます。私は歌手の中で育っていますので、彼の曲を演奏するのはとくに嬉しいですね。歌手は最高の先生。歌を聴くことは器楽奏者にも大きな影響を与えますし、私も同じように呼吸しなければならないと思います」
──最後に、日本での今後のご予定は?
「次は7月に東京のトッパンホールと大分でリサイタルを行ない、広島交響楽団とフランスものを共演します。日本には大体年に1〜2回来ていて、友だちもいるのでたまにプライベートな時間を過ごすこともありますよ」
──どうもありがとうございました。さらなるご活躍を期待しています。
VIDEO
取材・文 / 柴田克彦(2019年3月)
■東芝グランドコンサート2019 ファビオ・ルイージ指揮 デンマーク国立交響楽団 http://www.t-gc.jp/ 3月16日(土) 福岡 アクロス福岡シンフォニーホール <プログラムB> 主催: テレビ西日本 3月17日(日) 広島 上野学園ホール <プログラムA> 主催: テレビ新広島 3月19日(火) 東京 赤坂 サントリーホール <プログラムB> 主催: フジテレビジョン 3月21日(木・祝) 兵庫 兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール <プログラムB> 主催: 関西テレビ放送 3月22日(金) 宮城 仙台 東京エレクトロンホール宮城 <プログラムB> 主催: 仙台放送
<プログラムA>
ニールセン: 歌劇『仮面舞踏会』序曲
ベートーヴェン: ピアノ協奏曲第5番変ホ長調op.73「皇帝」(ピアノ: 横山幸雄)
チャイコフスキー: 交響曲第5番ホ短調op.64
<プログラムB>
ソレンセン: Evening Land(日本初演)
ブルッフ: ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調op.26(ヴァイオリン: アラベラ・美歩・シュタインバッハ―)
ベートーヴェン: 交響曲第7番イ長調op.92
[出演]
ファビオ・ルイージ指揮デンマーク国立交響楽団
ソリスト:
横山幸雄(p)※プログラムA
アラベラ・美歩・シュタインバッハー(vn)※プログラムB