自分に設けた“制限”を変化させて――ayU tokiO / 猪爪東風の“新たなる解”

ayU tokiO   2016/05/20掲載
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 猪爪東風(いのつめあゆ)という音楽家の存在がどんどんと面白くなってきている。そもそも彼は………シンガー・ソングライターでありヴォーカリストでありコンポーザーでありアレンジャーでありプロデューサーでありギタリストであり……。でも、その全ての顔がチャンネルごとに切り替わるのではなく、すべてが横一線になっている痛快さがある。普段はギター・リペアの仕事も多くこなしているエンジニア、職人気質の彼にとって、音楽制作というのは、必ずしもシンガーやソングライターだけが表に出るのではなく、裏で傍目にはわからない仕事をしているような人も同じ“アーティスト”として同等でなければいけない、というひとつの哲学に貫かれたものなのかもしれない。
 そんな猪爪東風によるソロ・ユニット、ayU tokiOのニュー・アルバム『新たなる解』(あらたなるかい)は、そういうわけで、制作のバックヤードにいる自分をそのまま表舞台に引っ張り上げ、さらに一緒に作業をしている裏方仲間もその舞台上で横一線に並んでしまったような作品だ。ライヴ活動よりスタジオ・ワークに力点を置くようになっていることは、前作であるミニ・アルバム『恋する団地』以降、さらに明確に伝わってはきていた。曲ごとに抜き差しならない作業をし、そうした仕事こそがポップな作業なのだ、と楽しむ姿勢。もちろん、曲自体はどれも実際にキャッチーだし人なつこい。作り手のエゴを独占するようなことをせず、裏方も演奏者もチームで作品を作ろうとする開かれたムードが伝わってくるのが面白い。明らかに意識の変化があったという猪爪東風に話を聞いた。
――前作であるミニ・アルバム『恋する団地』とは制作スタッフも参加メンバーも顔ぶれがやや異なりますね。それに伴って作風にも変化が見られますが、どういういきさつがあったのかから聞かせてもらえますか?
 「今回はまず、色んな楽器の音を取り入れてみた、というのが大きいです。それと同時に、色んな人の力を借りて制作してみようという思いを持って作ったアルバムなんです。前作『恋する団地』からの2年間を振り返ってみると、周辺の環境がかなり変わりました。それまでの流れは、カセット作品の『NEW TELEPORTATION』(2012)を作った時のメンバーに弦楽器やフルートの音を入れて『NEW TELEPORTATION 2』(2013)を作って、ほぼそのままのメンバーで『恋する団地』を作ってライヴをやって……という感じでした。つまり、『恋する団地』くらいまでは、それまでの仲間とか繋がり……それはパンク・バンドをやっていた時期の仲間が中心で、昔から近くにいた仲間と一緒に作っていった感じが強かったんです。でも、『恋する団地』を出した後からは、それまでにない知り合いが増えていって。その時点からの自分の意志や気持ちが、一緒に作業をする人たちにも現れていったんだと思います。それはミュージシャン仲間だけじゃなくて、例えば昨年の7inch『犬にしても』を出してくれた“なりすレコード”の平澤(直孝)さんと知り合って、鈴木慶一さんのバンド(Controversial Spark)との対バンをブッキングしてもらったり、サポート・ギタリストとしてライヴに参加してくださっていた武末 亮さんと知り合って、ノアルイズ・マーロン・タイツの周辺の人達と親しくなっていったり……。それによって聴く音楽も徐々に変わっていきました」
――それによって、ただ人脈、音楽の趣味が広がった以上の変化が、自身のソングライティングや作風にどのように影響があったと思いますか?
 「そうやって新しい人脈や音楽に出会って真新しい音楽に触れたというより、もともと自分の存在していた引き出しが開いてきたという感じが強いです。どういうことかと言うと、音楽への見方が変わったというか、演奏したり歌っている人ももちろんですが、そのバックでサポートしている人や制作している人の仕事が気になるようになったということでもあるんです」
――裏方仕事に興味を持つようになったと。
 「というよりは、環境が徐々に変化していく中で刺激を受けながら自分に設けた“制限”を変化させてきた感じがあります。ミニ・アルバム『恋する団地』の時はその時にある意味大事に持っていた色々な“制限”を持ちながら一緒に作業をしてくれるエンジニアが良いと考えて、池内 亮さんという、キーボードのまちこちゃんがやっていたWiennersというバンドや、Yogee New Waves曽我部恵一さんなどを手がけているエンジニアの方に録音してもらったんですけど、今回は録音の多くを自分でやったり、新しい機材も手に入れたりして、今までずっと気になっていたことを色々試しました。録音自体、もともと好きで、例えば昔の作品を聴くたびに“この音はどうやって録音されているんだろう、どういう機材を使っているんだろう”ということに興味を持つタイプだったんですが、意識が変化すると共にだんだんと、この時代の音はなぜ全部こういう感じなんだろう?みたいな疑問もどんどん沸くようになってきて……録音の仕方と音楽性は深く関係していると思うのですが、そのどちらへの興味もさらに深くなっていったという感じです」
――録音エンジニアの視点から音楽を捉えることによって、アレンジや演奏、ひいては楽曲そのものへの見方が大きく変わってきたということですね。
 「フル・オーケストラは無理でしたけど、だからといって“室内楽的なもの”だけにとどまることにも飽きてしまったので、別なアプローチを考えたときに、今度はコーラスをしっかり入れてみたいと考えました。そこでお願いしようと思ったのが辻(睦詞)さんだったんです。辻さんはビーチ・ボーイズ・マニアで何年間かずっとビーチ・ボーイズしか聴かない時があったというような人なんですけど、その成果をもって今回の〈恋する団地〉のコーラスを考えてくれて。平見文生さん(元ラヴ・タンバリンズ, 現BANK)の家で松本依子さん(MISOLA, ノアルイズ・マーロン・タイツ)と一緒に丁寧に時間をかけてコーラスを録ってくれて、データでやり取りしました。今回、ミックスをやってくれた森 達彦さんとの作業期間中には色々と昔の録音現場での話を聞いたんですけど……80年代のメジャー関係のお仕事ではリヴァーブが深くかかった音作りがメインだったから、90年代のインディーズの音作りはその反対にデッドにしたんだとか、そういう話を聞きながら今作の録音からミックス、作業の中盤以降の舵を切っていきました。そんな風に時間をかけてじっくりと音源を制作して、とにかく楽しかったですね」
――今の時代、ライヴありき、フェスやイベントへの出演ありき、の状況ですよね。そういうライヴの時代への抵抗というか、飽食の気持ちの現れなのかな、とも思っていました。ちゃんとスタジオ・ワークで勝負するんだ、という。本音のところはどうだったのでしょうか?
 「それは確かににありました。僕は“技術”が好きです。色々と納得のいかないライヴ活動を続けるよりちゃんとした音源を作りたいと思ったし、だからこそキャリアと経験のある方々としっかりしたもの、納得のいくものを作りたいと思いました。そうなると自然と僕より年齢が上だったり、しっかりと仕事をしてきた方と一緒に作業をすることになりました。実際ミニ・アルバム『恋する団地』をリリースしてから、気に入ってくれた方の中には歳上の方が多くいました。今回、そういう方々と一緒にもう一度『恋する団地』を作ってみたかったという思いがあります。僕自身が好きで信じたそういった先輩たちは、〈恋する団地〉の新録でのコーラスで僕にどんな驚きをくれるだろうか?と思って。辻さんはコーラスだけという“縛り”でも(前の〈恋する団地〉のヴァージョンを)別ベクトルでちゃんと超えてきてくれて嬉しかった。そんな感じに、今回はどの曲にも3、4つのテーマ、課題のようなものを含ませていました」
――それは、参加してくれた方々にそれぞれ曲ごとに明確なテーマを理解してもらう、という意味ですか?
 「そうです。でも、それが必ずしも合致しないこともあって、それがまた面白かったし、柔軟に作っていくことができたと思います。例えば、ミックスをやってくれた森 達彦さん。今回、僕はDX7という80年代のヤマハのシンセサイザーを使いたくて、その当時の音色を再現するためにプリセットされた音色をそのまま使用した曲があるのですが、森さんはミックスで全部音色を汚して返してきたんです。“あの音は嫌いなんだ”と言って普通に使ってくれませんでした(笑)。森さんは80年代からずっと現場で仕事をされてきて、80年代には色々な思いがあって、DX7の音は普通には使いたくなかったんでしょうね。でも、こっちがやろうとしていることを理解した上で、別の角度からのアプローチでちゃんと示してくれて。それがすごく面白かったです。バンドからキャリアをスタートしているし、人間の個性の部分を無視するわけでもないんですが、今まではアレンジを全部僕が決めて、それをメンバーにやってもらう方法をとっていました。でも今回は、この人に頼むならきっとこういう感じになるだろうし、逆にこういうことをやりたいならこの人に頼もう、という発想のもとで制作を進める方法をとりました。お願いする方全員に理由が強くありました」
――理想とする歌い手って誰を想像します?
 「理想というと感じが違うのですが、身近で尊敬するシンガーは辻(睦詞)さんですね。ライヴ・ハウスで歌を聴いて感動することってなかなかないんですけど、辻さんの歌は本当にすごいと思います。辻さん、ライヴで小川文明さんの曲に歌詞をつけて歌う〈あじさい〉という曲がすごくよくて感動するんです。本当に、レベルの高いシンガーだなと思います。その辻さんと1年ほどおつきあいするようになって、僕の歌の意識も変わってきたと思います」
――それによって表現したい内容、歌詞も変わってきた?
 「歌詞に関してはまだなんとも……というか、これからだと思います。例えば〈恋する団地〉とかはMAHOΩ時代の曲で、その頃は自分で歌うことを今ほど視野に入れてはいなかったので。今は徐々に色々と変わってきている実感はあるけれど、自分自身が歌う曲を作る方法論は模索中という感じです。30歳になった自分、東京の団地で生まれ育った自分が歌詞や言葉にそのまま現れていけばいいなと思います。だって、東京に生まれて、団地で育ったから、こういう性格、こういうものの見方、こういう音楽との接し方ができるようになったわけですから」
取材・文 / 岡村詩野(2016年3月)
撮影 / 久保田千史
ayU tokiO 『新たなる解』リリースライブ
new solution 3
 supported by ASTRO HALL

2016年7月2日(土) 東京 原宿 Astro Hall
出演: ayU tokiO / ミツメ
開場 18:00 / 開演 18:30
前売 3,000円 / 当日 3,500円(税込 / 別途ドリンク代)


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