米ボルチモアを拠点に活動する男女デュオ、
ビーチ・ハウス(Beach House)。ヴォーカル&鍵盤担当のヴィクトリア・ルグラン(巨匠
ミシェル・ルグランの姪としても知られる)とギターのアレックス・スキャリーが織りなす、甘く官能的、時にけだるく幻想的な音絵巻は、欧米の多くの人々の耳を魅了してきた。2011年にはフジロック・フェスティバルに出演し、日本のオーディエンスをも虜に。そんな彼らが約2年ぶりとなる新作アルバム
『Bloom』を完成させた。これまでよりもライヴ感と厚みが感じられるサウンドが印象的だ。さっそく、ヴィクトリアに話を聞いた。
――まず最初に、2011年のフジロック・フェスティバルに出演した時のことは覚えていますか?
ヴィクトリア・ルグラン(vo、key)「私たちにとっての最初の日本訪問は、とてすばらしい体験だった。フジロックには深い感銘を受けたわ。とてもクリーンでしっかりとオーガナイズされていたから。美しかった。大震災が起きてから間もない内に行ったのよね……」
――ちなみに新作の6曲目の「Troublemaker」アウトロ部分で蝉の鳴き声が聞こえますが、ひょっとしてこれは日本にいた時に録ったもの?
「そう、よく気づいたわね! あの蝉はまさに日本で録音したのよ」
――ヴィクトリアは2011年にベックがキュレートしたセルジュ・ゲンスブールのトリビュート・コンサートに参加したそうですが、そこでの経験はいかがでしたか? 「あのイベントは狂ってたわ! ゲンスブールの71年のアルバム
『メロディ・ネルソンの物語』でアレンジャーをつとめたジャン・クロード・ヴァニエ本人が出演したんだけど、個人的には彼があのコンサートのベスト・パートだったと思うわ。そして、あのアルバムがヴァニエ抜きでは成り立たないものだったっていうことに気づかされたわ。ストリング・アレンジ、ギター、ベースとコーラス隊がアルバムをすばらしくパワフルなものにしているの」
――さて、今回リリースされる通算4作目のアルバム『Bloom』は、前回のツアーのサウンド・チェック時に曲のアイディアが生まれたものだそうですね。実際、アルバムではギターとベースの音が厚みを増していてライヴ感を感じたのですが、この感覚はそういった状況が影響しているのでしょうか?
「私たちはこれまでに500本以上ものライヴをこなしてきたから、たしかにライヴでのいろんな経験が音楽を形作っている部分はあると思う。新作にはこれまでのビーチ・ハウスのアルバムではなかったような瞬間もあって、たとえば「Irene」という曲はライヴ・テイクなのよ。アレックスと私、そしてライヴ・ドラマーのダニエル(・フランツ)の3人がひとつになったすばらしいテイクなの。あれはスタジオで起きたスペシャルな瞬間だったわ」
――今回も前作(『ティーン・ドリーム』)と同じクリス・コーディ(ギャング・ギャング・ダンス、ヤー・ヤー・ヤーズなど)との共同プロデュースによるものですが、彼がレコーディングで果たした役割はどのようなものでしたか? 「彼は前回と同じ役割を果たしてくれたわ。私たちはコントロール・フリークだから何をやりたいかということに対してはっきりとした考えがあるのだけど、それを達成する手助けをしてくれた。彼はアーティストからすばらしいテイクやパフォーマンスを引き出すのがとても上手い熟練のエンジニアなのよ」
――そして前作に引き続き、ドラマーとしてダニエル・フランツがほぼ全編で参加しています。一方でこれまでの作品同様にリズム・マシンも使われていますね。このリズム・マシンもまたバンドにとって重要な楽器なのでしょうか?
「私たちの音楽にとって、リズムの基本構造に適切で特別なドラム・パートが存在するのはとても重要なこと。でもそれは曲の持つフィーリングに左右されるの。もし生のドラムでも、曲の雰囲気を壊すことなくその世界観を広げてくれるものだと判断すれば、適切なドラム・パートを探してみるわ。タム、キック、スネア……どれもとても精密なパートよ」
(C)Liz Flyntz
――アルバムの曲「Lazuli」は青い鉱石のラピス・ラズリについて言及していると思われますが、どのようなイメージを抱いていたのでしょうか?
「そうね、それは青い石のことよ。でも私はラピス・ラズリの意味を理解する前にこの言葉の響きに魅せられていたの。多くのイメージやフィーリングをインスパイアさせてくれるすてきな言葉だと思う。だから、この歌にはとても広い範囲のエモーションとイメージが込められているの」
――では、『Bloom』というタイトルはどこからきたものでしょうか?
「『Bloom』はこのアルバムが持つ“開かれた抽象的な表現”のことを示す言葉。たとえば画家が個展を開く時に、自分の一連の作品群に抱く複雑な感情や考えに基づいて個展の題名を付けるのに似た感じかな」
――あと、今回のアルバムのアートワークはとてもミニマルですね。
「私たちのアートワークはいつも自分自身の世界から生まれるの。自分とその作品が適切に結びついていると思えるものを表現するのが、ビーチ・ハウスにとって重要なことだから。といっても、高尚な芸術を作ろうという意図はまったくないけどね。このアルバムのアートワークはとてもシンプルで、正直な表現なの。たとえば、このカヴァーの写真は携帯の写メで撮られたものだし、載っている歌詞もすべて私がタイプしたもので、ここに載っているすべてのイメージは私たちの人生や旅行から自然に撮られたもの。アートワークの中でひとつひとつのページが一連のドキュメントとして表されるっていうやり方が好きなのよね」
――今の話にも繋がるのかもしれませんが、プレス・リリースの文章の中で今回の作品について「このアルバムは旅行のようなもの」とおっしゃってましたね。それはアルバム全体として体験してほしいという意味合いがあるのでしょうか?
「そう、このアルバムは全体として体験してもらいたいわ。私たちのレコードはすべてそうよ。私たちはソング・バンドであり、同時にアルバム・バンドでもある。アルバム全体を表現する事に価値を見出していて、そこに深く注意を払っているの。そして、『Bloom』はこれまでで最も広大な作品よ。だから、好きなように体験してほしい。判断はあなたたちに任されているから」
取材・文/佐藤一道(2012年4月)
「Lazuli」
「Myth」