クラシック界のベスト・ヒッツとしておなじみの『くるみ割り人形』だが、E.T.A.ホフマンによる原作がどういう物語だったかはあまり知られていない。この作品の魅力をわかりやすく伝えようと、ベルリン・フィルと日本が誇るサブカルチャーが手を組んだ。原案と作画を手がけたのは気鋭のゲーム・クリエイター/イラストレーターの鈴木康士。絵本を開き、
CDを再生すると
ベルリン・フィルによる全曲演奏が始まり、合間に知られざるストーリーがドラマ仕立てで紡がれる。夢見がちな少女が、みずからが書いた小説の中にトリップし、くるみ割り人形ドロッセルマイヤーのために冒険することで成長していくというストーリーだ。
ドラマを演じるのは人気声優、
釘宮理恵と
石田彰。釘宮は主人公クララ役など4役、石田はナレーションも含む、じつに9役を演じ分けた。夢のようなコラボレーションはクラシックCDチャート1位を獲得し、ヨーロッパでの発売も視野に入れるなど、さらなる展開を見せている。
このCDの発売記念イベントが2010年12月24日、まさにクリスマス・イヴの昼下がりに行なわれた。会場は天下のサントリーホール。初めて訪れたであろう子どもたちや、若い女性の姿が目立った。
石田彰と釘宮理恵
(C)森リョータ
なんといってもメインは、舞台で演じられる生のドラマである。CDとは異なり、短縮版の物語が音楽と同時に展開していく。驚異的だったのが音楽と芝居のユニゾン率の高さで、たとえば、クライマックスのクララの絶叫とオーケストラのフォルテシモは鳥肌もの。無理に合わせている様子もなく、ゲネプロだけで2回という下準備の賜物なのだろう。
「音響も含めて本当にいいチームで仕事ができました」と石田は語る。
「音楽が共演者。アニメや普通のドラマCDにはないことです。ドラマのはね方であったり、イメージを音楽にそろえたり、ナレーションのときは表情まで意識しました。音楽と物語が共存することで、両方からイメージを掻き立てられますね」。
釘宮は
「強い信念を持っているのに口下手だったクララが、成長し、城主様に意見する。自分のすべきことを見つける。音楽と合わさることで、とてもかっこいい、象徴的なシーンになったと思います」と満足げだった。
終演後のQ&Aには鈴木も登壇し、
「話すの、苦手なんです」と照れながらもクラシックへの熱い思いを語った。
「ゲームの仕事をしていく中で、その世界がじつはクラシックと近しいことに気がつきました。音楽そのものが物語に満ちているので、聴きながら描きました」。
トップ・クリエイターたちの魂がこもった上質なオーディオ・ブックは、決して“子ども向け”にはとどまらない。大切な恋人や友人、がんばった自分へのプレゼントにもうってつけだ。
左から鈴木康士、釘宮理恵、石田彰
(C)森リョータ
「本当にすてきな一日を過ごすことができた」と繰り返す釘宮は、イベントだけのオリジナル・エンディングにも、みんなが大満足だったのではと語る。もちろん、私も嬉しかった。目の前に座っていた女の子と母親が、王子様のプロポーズに顔を合わせて微笑むのを見たからだ。彼女たちがこの先ずっと、『くるみ割り人形』の物語や音楽を愛してくれればいい。心からそう思う。
取材・文/高野麻衣(2010年12月)
絵本付クラシックドラマCD『チャイコフスキー:くるみ割り人形』音楽:サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(合唱:リベラ)
声の出演:石田彰、釘宮理恵
イラスト:鈴木康士
(TOCE-56367/2CD+絵本)