――今日はあなたが普段どんなことを考えながら、その個性的な音を出しているのかを聞かせてほしいんです。ギター以外の音から影響を受けて、サウンドを作っていると聞いたことがあります。
「そうだね。ギタリストだからギタリストの音楽を聴いて作っているイメージがあるかもしれないけど、僕の音楽はそうではない。ほかの楽器の音楽からの影響のほうが大きい気がするよ。ふり返ってみると、高校の終わりくらいからジャズに目覚めて、音楽を意識的に聴くようになって、楽器にフォーカスするようになった。
ソニー・ロリンズや
マイルス・デイヴィス、
セロニアス・モンクをきっかけに、ギターで彼らの音を再現しようと思うようになったんだ。そこからもっと広がって、
ベートーヴェンとかジャズ以外のいろんなジャンルの音楽をやってみた。どちらかというと技術的なことを考えながらというよりは、頭の中に音のイメージがあって、そこを目指していくように演奏していると言ったほうがいいかもしれないね。なかなかたどり着けないんだけど、そこに近づいていくような感覚で演奏しているよ」
――マイルスやロリンズですか。弦と管だと特性も違いますよね。そもそもビルさんのギターってある意味ではギターっぽくない音でもありますね。 Photo by Monica Frisell
「何かを意識して演奏しているというよりは、音のイメージを目指しているという感じだから、イマジネーションの世界なんだよね。僕は9歳か10歳の頃に学校でクラリネットをやっていたんだ。バンドやオーケストラで吹いていたよ。遊びじゃなくて、本気でクラリネットという楽器に取り組んでいて、大学までずっとやっていたんだ。だから僕の中にはクラリネットを演奏するという感覚がずっと残っている。しみついていると言ってもいいね。クラリネットは演奏する時に息を吹くんだけど、そこには抵抗があるんだ。だから、“吹く”というよりは“吹き込む”という感覚がある。僕にとって、ギターを演奏するのはその感覚なんだ。ブレスをするように弾く。クラリネットを吹くのと、ギターを弾くのは同じ感覚でやっているんだ。だからそんな部分が音にも現れているのかもしれないね」
――“息を吹き込むようにギターを奏でる”ってすごく面白いですね。
「これは技術というよりも感覚だね。息を吹き込むっていうのは、演奏する時に意識的にブレスをしようって思うことではなくて、あとでふり返ってみた時に“これってブレスしているな”って気づいた感じだね。それはクラリネットをやっていたからかなってね」
――なるほど。
「あと僕とギターは付き合いが長いから、ギターの音は自分の本当の声になっているんだ。だから今も言葉で説明するのに苦労しているよ(笑)。ギターのことは言葉では収めきれない部分がある。だからギターを演奏してるときは、本当に自分が言いたいことが言えてるなって思う。僕は50年以上ギターをやっているんだけど、いまだに演奏する時、自分が最初にギターを持った時の、どうもうまくいかないフラストレーションの感覚が起きるんだ。それは“この音を出したいのに、どうやったら出せるんだろう”っていうフラストレーションで、それを解決するために何回も何回も練習して試行錯誤して、その出したい音に近づけていくんだ。今日も君に会う前に部屋で同じ体験をしてきた(笑)。もちろん50年の経験があるから、少しはうまくなってきたけど、何度も同じ壁にぶつかるんだ。自分なりの壁にね。おそらくこれもひとつの抵抗なんだよ」
――ところで、あなたが思う“出したい音”や“弾きたいギター”って、早いパッセージや複雑なフレーズではないですよね? どのような音を追及しているんですか?
「僕にとっての音楽の悦びは、ほかのミュージシャンと一緒に演奏して、それぞれの音がブレンドされたときに生まれる“ある瞬間”に出会うことなんだ。それは自分たちを超える瞬間とも言える。僕の指から出たのか、周りの誰かから出たのか、まるでわからない瞬間があって、それが素晴らしいんだ。そこからインスピレーションが生まれる。たとえば、
ペトラとデュオで演奏する時、彼女がメロディを歌って、僕もメロディを弾くんだけど、僕の音が彼女の声の刺激によって違うものになることがある。ギターじゃないような音が生まれて、それがまた彼女の声と合わさって、新たなものが生まれるんだ。その感動が大きいんだよ。ベースの
トーマス・モーガンと演奏している時も、彼がコードを演奏して、そこに僕がプレイした時、“あれ? どっちが出した音だろう”って瞬間があったり、時には本当に一つになる瞬間があったりするんだよね。僕はジャンルとか音楽のカテゴリーってあまり好きじゃないんだけど、ジャズでいうと
ロン・カーターがいたクィンテットを考えてみてほしい。
マイルス・デイヴィス、
トニー・ウィリアムス、
ハービー・ハンコック、
ウェイン・ショーターがいたバンドだ。もちろん
マイルスが目立ったソロを吹くんだけど、その個々の演奏の素晴らしさというよりも、その5人を超えるものが鳴っている瞬間が素晴らしいんだ。それぞれがお互いの存在に反応して、化学反応みたいなものが起きる。その時の環境や状態によって違うものが生まれる。彼らの音楽はそういう部分が素晴らしい。僕もそのために演奏しているというか、それが音楽を演奏することの感動だなって思うんだよね」
――その瞬間はやっぱり即興演奏から生まれるものですか? だから即興的な部分を大事にしているということなのでしょうか。
「いちばんいい状態はたしかに即興から生まれるね。僕は決まったものを決まった形でやるのが好きじゃなくてね。何が起きるかわからないっていうほうが演奏していて面白い。そのほうが演奏する側も聴いている側も、初めて聴くような発見があると思うんだ。単純にワクワクするしね。でもこういうアルバム(『
星に願いを』)の場合だと、曲の構造があってそれを辿っていくように演奏するんだけど、僕はそんな場合でも冒険できると思っている。僕が一緒に演奏するミュージシャンを選ぶ時に大事にしていることは、間違ったらどうしようみたいな雰囲気を出さないミュージシャンってことだね。なぜなら同じ曲をやっていてもミスがきっかけで違う扉が開いて、曲が新しい方向に行くことがあるからね。それを楽しめる仲間たちと演奏したいんだ。それがライヴ感のあるパフォーマンスに繋がるしね。今、
チャールス・ロイドと一緒にやっているけど、彼もそういうタイプだから、何が起きるかわからなくてハラハラするけど、それが楽しいんだ。とりあえずここに集まってみんなでやろうって感じで、あとはハラハラ・ワクワクして冒険しようって感じがたまらないね」
――“音がブレンドされる”って話をされていましたけど、ブレンドってあなたの音楽のキーワードだと思うんです。譜面上ではなくて、空気中で混ざり合う音楽を作ろうとされていますし、ほかの楽器とブレンドされるようにギターを演奏されています。
「そうだね。たしかにブレンドすることを意識している。僕は演奏する時、周りが見えなくなっては駄目だと思っている。演奏中、つい手元を見てしまうんだけど、できるだけ手元じゃなくて、ほかのミュージシャンを見るようにしているんだ。面白いんだけど、そうするとすごくうまく演奏できる。極端に言うと、周りの音を強く意識して、自分が演奏していることを忘れてしまうくらい、自分のことを意識していない場合は大抵いい結果になる。感覚としては、耳では自分のことを意識しているんだけど、目では見ないようにして演奏する。それがうまくいくと、上からバンドを包むようにというか、自分が上に浮いているような感覚で演奏できるんだ」
――“包む”っていうのはあなたのギターを表すのにぴったりの表現ですね。
「そうだといいね」
――最後に、あなたのギターってギターっぽくない音がすることもいいですよね。それってペダル・スティールやバンジョー、マンドリンといったギター以外の弦楽器からインスパイアされた部分もあったりしますか?
『ギター・イン・ザ・スペース・エイジ』
「まさにそのとおり。若い頃はトランペットやサックス、オーケストラを聴いていたんだけど、その頃はとくにギターにこだわっていなかったんだよね。でも面白いことに、最近“ギターって何なんだろう”って感じで関心が出てきて、ギターを再発見する過程があったんだ。もともと僕は、若い頃にギターって楽器そのものからワクワク感を覚えて、ギターにのめり込んで、そして今に至るんだ。そんな若い頃のワクワク感を思い出したことから、2014年に『
ギター・イン・ザ・スペース・エイジ』ってアルバムが生まれたんだけど、そこからワクワク感が続いていて、古いギタリストを遡って聴いて勉強もするようになったし、バンジョーやマンドリンへの興味にも繋がっていった。若い頃には音楽の中の“音”をきちんと聴き取れていなかったけど、今あらためてちゃんと聴いてみて、“この音はどうやって出すんだろう”とか考えると、知っているはずの音源を聴いても、たくさんの発見がある。“ギターってこんなに面白いんだ!”って感じで、ここ数年ギターを出発点に新たなインスピレーションが生まれているんだよ」
取材・文/柳樂光隆(2017年1月)
撮影 : 佐藤 拓央
写真提供 ブルーノート東京
2017年6月15日(木)〜18日(日) 東京 南青山 BLUE NOTE TOKYOチャージ 8,500円(税込 / 飲食代別)
[メンバー]
ビル・フリゼール (g) / ペトラ・ヘイデン (vo, vn) / トーマス・モーガン (b) / ルディ・ロイストン (dr)