昨年、デビュー20周年を迎えた
Calm。活動21年目に完成した3年ぶりのアルバム『
by Your Side』はチルアウト / バレアリック・シーンで存在感を放っているイタリアのレーベル、Hell Yeahとの共同リリースでワールドワイドな展開が決定している1枚だ。ゲスト・ミュージシャンの生演奏を交えた前作『
from my window』に対して、たった一人で全てを作り上げた本作は、Calm本来のチルアウトかつメロディ・オリエンテッドな作風を磨き上げ、インストゥルメンタルなポップ・ミュージックの普遍的な形を追求。その鳴りの素晴らしさを含め、リスナーの心の琴線を鷲掴みにする作品になっている。長いキャリアを経て、本作に辿り着いたCalmの現在の境地やいかに?
――2017年は11月に品川教会グローリア・チャペルで行った記念ライヴをはじめ、デビュー20周年を記念した様々なプロジェクトを行ってきて、改めて、これまでの足跡を振り返って、どんなことを思われていますか。
「この20年で色んな変化を経験してきたと思いますね。例えば、今だと簡単に曲が作れますけど、昔はMIDIという概念でシンセサイザーを繋いだり、ものすごい沢山の機材が必要だったり、レコーディングも今だったら自宅作業で完結させられますけど、昔はスタジオで録音、ミックスする必要があったじゃないですか。そういう制作環境の大きな変化を全部体験していますし、音楽シーンも自分がデビューした当時は、エレクトロニック・ミュージックが非常にマイナーなもので、それが音楽バブルの恩恵を受けて、盛り上がり、そのバブルが弾けて、尻すぼみになり、今は個人の頑張りによって、活動がぎりぎり成り立つ状態ですよね。そういう意味で音楽の歴史における激動の変化を凝縮して体験してきたなって思いますね」
――そんな20年を経験してきて、Calmさんのなかで大きく変わったところ、全く変わっていないところはどこだと思いますか?
「基本的には変わってないんですよ。音楽に対する愛情も変わってないですし、音楽の作り方も時代によって機材や制作方法は若干変わりますけど、やってきていることもほぼ一緒。若干変わったところといえば、レコード会社が変わったり、お金がついてきたり、音楽に付随するものくらいですかね」
――音楽を取り巻く環境が激変するなかで、その変化に左右されず、自分の気持ちや音楽の理想を変わらず維持し、深め高めていく作業はそうそう出来ることではないですよね。
「自分自身、考え方ややることに関しても、ある程度は器用だと思っているんですけど、例えば、デジタル・フォーマットというのはまだ発展途上だし、今後さらに良くなると思っているので、テクノロジーに依存しすぎないやり方を模索するなかで、今は昔の良さと今の良さをただ合わせているだけであって、変なこだわりは持たず、現状をフラットに捉えて、ただ単に伝わる音楽を作ろうとしているだけなんですよ。例えば、そこで楽だから、スピーディーだからということで、ソフト・シンセサイザーを使う人もいるだろうし、自分が時間をかけて、アナログ・シンセサイザーをコンピュータに取り込んで使うのは、その方が伝わると思っているから、そうしているだけなんですよね」
――今でこそ、Calmさんの音楽はバレアリックと形容されたりしていますけど、デビュー当時はそう呼ばれていなかったですし、こと、そうした時代のトレンドの移り変わりが激しいダンスミュージック・シーンにあって、Calmさんはつかず離れず一定の距離を置いてきたという印象があります。
「デビュー当時は、アシッド・ジャズの延長線上にあるニュー・ジャズの流れにくくられていましたからね。自分としてはどこにも当てはまらない、隙間な音楽を作っているなって思うし、“自分の音楽はこういうものです”と打ち出したことは一度もないんですけど、自分としては作品を知ってもらえるなら、ありがたいことだし、そうやってどんどん語って欲しいなって(笑)。この20年で変わったことがあるとすれば、作りたい音楽や立ち位置を曲げないように自分で上手くコントロールしつつ、自分の考え方や振る舞いが大人になったところなのかもしれないですね」
――2015年の前作『from my window』はエレクトロニクスとゲスト・ミュージシャンによる生演奏を融合した作品であったのに対して、今回の『by Your Side』は、Calmさんが全てを手がけた作品になっていますよね。
「昨年末に品川教会で20周年ライヴをやったんですけど、その時点で今回のアルバムはほぼ出来上がっていて。ライヴではアルバムからの新曲も何曲か演奏して、その出来が良ければ、作品に収録しようかなとも考えたんですけど、一人で全てを作り上げた今回のアルバムにはその時のバンドを交えたアレンジやゲストを迎えることで生まれる意外性は必要ないなって思ったんです」
――鳴りの素晴らしいアナログ・シンセサイザーに聴き手の意識が向かう作品でありつつ、作品を通して抱いた印象としては、Calmさんの音楽性が自然な形で投影された作品だと思いました。
「今回は自分でギターを弾いたり、歌ったりもしてますからね。あと、沢山入れたシンセサイザーのサウンドにはこだわって、ただ単に沢山のシンセを入れるだけじゃなく、そのシンセのレイヤーがきれいに見えるようにするためには、アレンジを極力シンプルにしつつ、デジタル・シンセの薄いサウンドではなく、アナログ・シンセのきゅっと締まったサウンドが必要だったし、そうやって入れたシンセがリスナーの耳に届いているんだろうなって思いますね。あと、今回の作品のテーマとしては、リスナーに安心感を与える大きなループのなかでソロを入れて、それによって曲の展開を付けていた今までの作品とは違って、今回はコードや展開に変化を付けたり、曲のなかでブリッジを設けたりしてみようと。それからなるべく曲を短くしようと意識しましたね。結果的にはある程度の長さになってしまいましたけど、気持ち的には3分くらいの曲を作りたいと思ったんですよね」
――この作品は、具体的な歌詞を歌っているわけではないですけど、ポップ・ソングのコンポーザーとしての側面が色濃いですよね。
「そう、今回はそのまま歌を乗せてもいいかなと思ったくらい。結局、そこまではしなかったんですけど、ここに歌を乗せたら、それっぽいポップ・ソングになるなって思いましたね。基本的にCalm名義の作品では分かりやすくて、メロディアスな曲を作ろうとはしているんですけど、今回はそれが極端な形で表れていると思います」
――今回の楽曲制作は、Calmさんのなかでダンストラックと取り組み方は違いますか?
「いわゆるダンストラックは現場での機能が第一なのに対して、今回のような曲は現場が意識出来ないじゃないですか。例えば、渋谷のヒカリエのような商業施設で現場系のダンスミュージックがかかっていたら、少し違和感があると思うんですけど(笑)、そういうところで鳴ってて、しっくりくるのが今回のアルバムなのかなって」
――一日のうちでどの時間帯に曲作りをすることが多いですか?
「以前はずっと夜中にやっていたんですけど、前作から昼間にやるようになりましたね。今作は新しい住居兼スタジオに移転してから作った最初のアルバムなんですけど、新居には庭があって、その景色が綺麗なので、昼間にそれを見ながら作業をしてたんですよ。ただ、緑を見てたから緑の曲になるわけではなくて、自分の場合は見た景色からどれだけイマジネーションを膨らませて曲が作れるかなんですよね。そして、作った曲をどう聴くかは聴き手に委ねるっていう。音楽って、そういうものだと思うんですよ。その人のその時の精神状態とかどういうものを見ているか、どういうことを考えているかによって、その曲がハマったりハマらなかったりするじゃないですか。突然、その曲が良く聞こえることがあったり、車窓の景色を眺める時にどういう音楽を聴くかで気持ちが変わったりもするだろうし、音楽が好きな人ならその時々で音楽の響き方が変化することは知っていると思うので、そういうリスナーに届けばいいなって思いますね」
――そして、届くといえば、今回の作品は、アンビエント / ニューエイジの文脈で近年スポットライトが当たっているGigi Masinのアルバムを発表しているイタリアのレーベル、Hell Yeahとの共同リリースなんですよね? ――80年代の日本のアヴァンポップやアンビエント、ニューエイジは、国内より海外からの注目度が高まってますもんね。
「今回のアルバムは、そういう流れにもフィットするだろうし、Hell Yeahのオーナー、マルコ(・ガッレラーニ)はそういう流れを抜きにCalmの音楽を好んで聴いてくれていて、何か一緒に出来ないか?っていう話から今回の共同リリースが実現したんですよね。ここ10年くらいは、日本の音楽が海外に出ていく機会は少なくなっていたと思うんですけど、Spotifyのようなストリーミングをはじめ、海外に発信する方法も色々出てきているし、音楽シーンが細分化されているから、今回のアルバムのように、どこのジャンルに入れたらいいのか分からない音楽も日本の音楽ということではなく、フラットな視点で目に留まりやすくなっているんじゃないかなって」
――近年、注目されている80年代の日本のアヴァンポップやアンビエント、ニューエイジは今でこそアヴァンポップやアンビエント、ニューエイジという解釈で聴かれていますけど、当時は特定のジャンルからはみ出した異色の作品ですよね。そして、はみ出した作品ゆえに近年その耳新しさにスポットライトが当たっているという。
「シティポップもそうじゃないですか。当時、ヒットしなかった、みんな知らない作品もフックアップされていて、シティポップっていう概念を今の時代に作った人もすごいし、その追求具合もすごいなって」
――その時々の流行に則った最新の音楽は時と共に古くなるのに対して、流行からはみ出した音楽がどこかのタイミングで新しく響くのは面白い現象ですよね。
「その時々のトレンドにそのまま乗ることが出来れば、僕の生き方も今とは違うものになったんでしょうけどね(笑)。そういうことがストレスなく素直に出来るのであれば、いいと思うんですけど、自分にはそれは出来ないから。まぁ、でも、やってみたいなって思うことはありますよ。例えば、アイドルに曲を書いてみたりとか」
――えっ、ホントですか?
「最終的に水で薄める作業をレコード会社なり、事務所の人なりに強要されなければ(笑)、自分が考えるいい曲を書く自信はありますよ」
――確かに、リスナーとしては、今回のアルバムは、Calmさんが作るそういうポップ・ソングを聴いてみたいと、そう思わせる作品であることは確かですね。
「今回のアルバムは、普段、バンドしか聴いてない人やポップスしか聴いてない人に聴いて欲しいんですよ。もっと言えば、“歌が入ってなくても面白くない?”って、そう思ってもらえるきっかけの作品になったらいいなって。実は今の自分の一番の目標は全米が泣かないかな?ってことだったりするんですよ(笑)。というのも、今は作品がものではなく、データになっているから、日本国内で作品を売ることを重点的に考えなきゃいけなかった時代を経て、今はどの国でもちょっとずつ聴かれるようになれば、無理せず、ビジネスが成り立つじゃないですか。だから、何かの拍子に全米が泣いてくれたらいいなって(笑)。とはいえ、そのために何かの行動をしているわけではないんですけどね」
取材・文 / 小野田 雄(2018年7月)
2018年8月12日(日)
Oasis 8th Anniversary and Calm“by Your Side”リリース記念東京 渋谷
Bar MusicMusic: CALM, Host: 中村 智昭(MUSICAANOSSA)17:00〜22:00
Music Charge 500円(税込 / 別途ドリンク代)2018年8月24日(金)
Bound for Everywhere東京 青山
ZEROMusic: Calm / ユーヤ a.k.a. Jeff, Deco by Family Deco開場 / 開演 23:00
当日 2,000円(税込 / 別途ドリンク代)