――アルバムはいつもテーマを決めて作っていくのでしょうか。あるいは、作っている曲が溜まったらアルバムとしてまとめていくのでしょうか。
「まず基本的に常に楽曲は制作しているのですが、自分の中でリリースしても問題ないかなという基準の曲がストックされてきたらそれをアルバムとして肉付けしてリリースすることが多いです。アルバムをリリースすることを目的に制作することはないのですが、普段の制作のなかで少しずつ楽曲のスタイルやテイストが変化していっているので、その変化が明確になったときにアルバムとしてリリースすることが多いです」
――最初にこうしようと決めているわけではないんですね。
「そうですね。そろそろアルバムで出せそうだなっていうくらいのところからやっと意識するくらいです。いまからアルバムを作ろうって決めたときには入る曲の半分以上はできていることが多いです」
――EP「Declare Victory」が出たのが2019年2月なので、リリース・ペースが早いですよね。
「今回は早かったですね。前回はリスニング向きに作ったものなんですけど、今回はかなり現場寄りというか、クラブユースなものが多いんですよ。僕が普段からDJで使っている曲を集めたものなので」
――クラブユースということで、展開があまり多くない、いわゆるミニマルっぽいトラックも多く収録されています。
「DJではこういったスタイルの楽曲をプレイしているということを知ってもらうために、クラブユースなダンス・ミュージックをリリースすることはずっと考えていて、それが今回のアルバムだったという感じです。ストイックなものを出したかったという思いはあるんですけど、そのなかでもテクノの文脈を損なわないようにしつつ、歌モノを入れたりとか、前回のEPで好評だった曲を入れたりとか、アルバムとしてのバランス感を考えながら肉付けしていきました」
――リスニングとクラブユースなトラックの線引きみたいなものはありますか? たとえばメロディであるとか。
「レーベルメイトと話したりするのは、クラブで聴いたときの強度なのか、家で聴いたときのリスニング曲としての強度なのかっていう差なのかなと。“強度”ってふわっとした単語になっちゃいますけど、めちゃめちゃシンプルな曲で、家で聴いたらつまらないけど、クラブで聴いたら良く感じるとか……。クラブで聴いたら鳴りも微妙だし、展開が多すぎて没入できないけど、家で聴くとちょうどいい強度だよねっていう曲もあるっていう話をしていて。その要素のひとつにメロディがあるのだと思います。楽曲を聴く環境とか場所による感じ方の違いはあるのかなと思います。今回のアルバムに関しては、クラブでしっかり楽しめる強度のある曲をちゃんとリリースしようと考えて作ったという感じです」
――アルバムにはUtaeさんをフィーチャーした「O.V.E.R」が収録されています。アルバムのバランス感を考えながら作っていったとお話もありましたが、これはアルバムの華的な立ち位置というか。
「完全に華ですね。アルバムを出すにあたって、やっぱりリードになる楽曲を制作したいなと思いまして。あとこれまでオリジナル楽曲で歌モノを作ったことがなかったので、今回チャレンジしてみようと思いました。前々からクラブ・ミュージックのヴォーカルものって、ファンクとかR&Bとかヒップホップってイメージがあると思うんですけど、テクノ! って質感を感じ取れる曲を作りたいなというのがあって、そこを意識しました」
――初のヴォーカルものを作るうえで苦労した点はありますか?
「今回歌詞も自分で書いたのですが、テクノっぽい質感の浮遊感のある曲にしようと思い、印象的なフレーズをリフレインさせていくような曲にしようと思いました。歌詞は苦手意識があったんですけど、最初に自分でメロディを口ずさんで、それに合う単語だったりを考えて、それが自分の曲の世界観に合うかどうかを見定めていったら、できたという感じです。内容も抽象的なので、伝えたいことがあって、それに向けて物語を作っていくというものでもなかったので」
――そもそも言葉でなにかを伝えたいということは?
「Carpainter名義でのオリジナル楽曲については何かの思想などを色濃く出す感じではないので、今回は伝えたいこと、というよりかは楽曲としてのフレーズの気持ちよさという部分にフォーカスを当てています」
――では、曲名に関してはどうでしょう。言葉をつけないといけないですよね。
「曲名は楽曲が完成したあとに考えます。理由としては、作り始めた曲がクラブ・ミュージックなので、人を踊らせることが目的なんですよね。曲名は重要じゃないんです。リリースすることになってはじめて曲名も考えるんですけど、自分が制作した楽曲ということは一旦忘れて、そこにある曲を聴いて、浮かんだイメージからつけることが多いです。スタジオで楽曲を聴きながら曲名を作るというよりは、完成した曲をiPhoneだったりクラブで流して聴いてみたりして、ほかの人の曲くらいの感覚で聴いて、これはこういう世界観なんだなって思ってつけるパターンがほとんどですね」
――作っている楽曲のファイルを保存する時に仮のタイトルをつけるじゃないですか。その仮タイトルをつけたときの気持ちが気になるんですよね。そこにアイディアのヒントがあるのではないか、と思ったりして。
「曲を作り始めた当初は、楽曲を作っていたい気持ちが強すぎて、名前を考える時間もイヤでキーボードで適当につけてたんですよ。グチャグチャって。〈AAAAAA〉とか(笑)。ずっとそれでやってたんですけど、それだとあとになって“あの曲なんだっけ?”ってなるんですよ(笑)。いまはBPM130の曲だったら〈130-1〉とかにしてます。いまはもう〈130-90〉くらいまであるんですけど……。なので仮の曲名はつけないんですよね」
――かなり機能的に整理されているんですね。『Future Legacy』というタイトルにした理由を聞いていいですか?
「未来の遺産。遺産というか……過去に失われた技術というか。結構大事にしているのは、まず単語がかっこいいこと。あとはアルバムにするときに考えるのは、名詞として残るのもの、後世に残したいなと思う強度のあるタイトルにしたいということで。クラブ・ミュージックの歴史のなかのひとつに入ることをイメージしているので、月並みですけど、先人の残してきたものを掘り起こして再利用するという意味において『Legacy』という言葉を使いました。もうひとつは、僕がテクノ・ミュージックを好きな理由として、未来感みたいなものがあることなんですよね。それは本当の未来じゃなくて、どんなに未来に行っても、テクノにはなんか未来っぽいかっこよさがあると思うんですよね。それを表現したくて『Future』をつけたという感じです」
――過去のテクノに未来感を感じるというのはよくわかります。
「よく考えたら昔の未来感っておかしいんですけどね。でも、昔っぽいけど未来っぽいというのが好きなので。それを色濃くつけたいので『Future Legacy』というタイトルになりました」
――資料にも“ジャパニーズ・テクノ”という言葉が載っていますが、Carpainterさんが名を連ねたいと考えるテクノの歴史というのは日本のそれを意識しているのでしょうか?
「国内のものはかなり意識してます。僕がテクノを好きになったきっかけが〈WIRE〉だったりするので。日本の方が作るテクノの質感とか世界観はヨーロッパとかのテクノとかとは違うねっていうのはレーベルメイトとよく話していて。さっき言った古めかしい未来感みたいなものは、ヨーロッパのものよりも顕著に感じるんです。そういうテクノが作りたいんですよね。あとは、日本で日本人として活動するうえで“ジャパニーズ・テクノ”と言ったほうが海外から見たら面白いのかなっていう打算的な考えもあります」
――ケン・イシイさんの影響を受けているんですよね。遡ってよく聴いていたのは90年代のテクノが多いんですか?
「そうですね。言い忘れちゃったんですけど、ほかにはデトロイト・テクノが好きで。デトロイトの古めかしい未来感ってジャパニーズ・テクノに近いところがありますよね。というかデトロイトのものが日本に入っていったんだと思うんですけど。一時期のデトロイトはすごい未来感があって、ジャケットとか曲名が宇宙っぽかったりしたじゃないですか。そこらへんをよく聴いていました。Underground Resistanceとか。ケン・イシイさんと対談させてもらったとき、テクノの持っていたファンク感はほかのジャンルに移っていっちゃったみたいなことを言われていて。そのへんのものを感じる時代のテクノが好きです」
――それは音ももちろん、アートワーク込みで。
「そうですね、音と見せ方。曲名もそうだと思います。いまテクノって言うと、僕のまわりのベース・ミュージック寄りの人だと、ジャケが白黒だったりスモーキーだったり、モノクロのイメージが強い気がするんです。色のある感じの世界観は昔の楽曲のほうがあったのかなと。僕はそれをやりたいんですよね」
――とはいえ懐古主義みたいな感じでもないんですよね。ハードウェアにこだわりがあるということでもなく。
「そうなんですよね。ハードはハードで楽しくて好きなんですけど、ハードを使ってるからかっこいいっていう価値観があるじゃないですか。でも、ハードから出た音のファンタジー的なSF感がかっこいいのであって、僕はそういう音を出したいんです」
――昔の音楽を作りたいというわけではないというのは感じます。
「そこも曲を作るときに大事にしているところで。さっきから昔のものの話をしているんですけど、昔のものはあくまでもヒントで、そのかっこよさを自分で解釈して表現したいんです。べつにそっくりなものは作りたくなくて。昔の音楽を同じものが作れるって動機でハード機材を使う人もいるのかもしれないですけど、そこにはあまり興味がない。昔のムーヴメントでかっこいいと感じたものをいまの技術で作っていくというイメージです」
――実際、アルバムを聴いているとさまざまな要素が入っていますよね。テクノだけじゃなくてジャングルっぽいブレイクも入っていたりするし。
「『Declare Victory』を作ったときはブレイクスをいっぱい使うのをテーマにしていました。世界的にレイヴ・ブレイクスが流行っていると思ったので、僕も作ってみようという感じで作っていました」
――インタビューの最初のほうでアルバムを出すタイミングはスタイルが固まったときというお話をされましたが、今回のアルバムは全体としてどんな仕上がりになったと思いますか?
「ミニマルっぽい楽曲だけをリリースしてもあんまり注目されないよねって話をしていて。それで歌モノと前作のEPからの曲も入っていて、それぞれバラバラではあるんですけど、ひとつの世界観ができたんじゃないかなと思います。曲のスタイルが微妙に違うので曲順を考えるのが大変でしたね。ミニマルなゾーンとか、そうじゃないゾーンを作ろうってアイディアもあったんですけど、それだとアルバムとして提示する必要がないじゃないですか。流れも欲しかったのでインタルードを入れたりして、全体の構成はこれまででいちばん考えた作品になりました。結果的に僕の思うジャパニーズ・テクノが作れたと思ってます」
取材・文/南波一海