1974年に現在のラインナップが固まり、77年にデビューを果たした
チープ・トリック。以来、35年にわたりコンスタントにアルバムを発表し続け、今や“レジェンド”でありバリバリの“現役”バンドでもある彼らが、通算16枚目のアルバム
『ザ・レイテスト』を完成させた。ハードもバラードもありのパワフルでポップな楽曲に満ちたこの“最新作”について、主なソングライティングとギターを担当する“ひねくれ”キャラクターの
リック・ニールセンに話を訊いた。
あふれる創作意欲、変わらぬ多彩さが生み出す
この4人ならではのパワー・ポップ・マジック
チープ・トリックの本領は、ロックとポップスのエッセンスを絶妙のさじ加減でさまざまに使い分け、最終的にそれらをエネルギッシュなロック・バンドならではのフォーマットに凝縮して聴き手を煽り立てていく力にある。今でこそ“元祖パワー・ポップ”などとシンプルに一言で説明されるようになった彼らだが、ポップ感覚とロック感覚の案配を計るのはおそろしく難しい。それは時代との闘いでもあるし、アーティスティックな創作モチベーションの耐久力の問題でもあるからだ。それはもうマジックの領域なのである。
昨年2008年に実現した“at武道館30周年記念コンサート”は日本のファンにとって格別の一大イベントだったが、同時にそんな彼らのマジックが時間の縛から自由であることをもっとも有効なかたちで証明する機会でもあった。チープ・トリックは誰もが口ずさめるポップ・ソングを次々に送り出す音楽職人の姿とエンタテインメント精神あふれるアクティヴなロック・スターの姿を、かくも長きにわたって両立してきたのだ。
「まあ、節目ではあったし、達成感はあるよ。僕たちがやってきたことをやった人はそんなに多くない。ただ、自分をロック・スターだなんて思っちゃいないし、アメリカのいまどきのラジオでチープ・トリックをかけてくれるところなんてないんだ。トップ40はラップやヒップホップだらけ。あと、ブリトニー・スピアーズとか、ジョナス・ブラザーズとか。ストレートなロックンロールはかからないし、僕たちはそのストレートなロックンロールですらない。僕たちはたいてい、本来やっていることとは違うカテゴリーに入れられてしまう」 (リック・ニールセン/g/以下同)
その彼らが、これまでどおりのパワー・ポップ・マジックをこともなげにふるってのけたニュー・アルバムを発表した。3年ぶりの新作『ザ・レイテスト』は、パワフルでエモーショナルでワイルドでポップでカラフルな、彼らならではの作品だ。音楽的には徹底的に自分たちのペースを崩さないところがすごいが、それ以前にこの期に及んで新作・新曲を作ろうという意欲がスゴい。実際、キャリアを重ねたミュージシャンのなかには、ライヴはやるけれど新作作りには熱心でないアーティストも多いと言うのに。
「過去だけに生きていたくはないから。僕たちは根っからのソングライターなんだ。過去の栄光にすがる必要がどこにある? アルバム作りだって誰も金を出しちゃくれないので、大抵自腹で作ってるんだけど、それも曲があってアルバム作りが楽しいからだよ。曲はたくさんあるから、今後もアルバムを出すさ。バンドも結構イケてるしね(笑)」
「次に新作を出して“最新作ですね?”と問われたら
〈それは前作だよ〉って言えるタイトルだね(笑)」
Rick Nielsen/live 2006
ハードなギターもあればバラードもあり。今回のアルバムはなにか一つの方向性に意固地にならずにさまざまな時代のチープ・トリックの要素を自然に呑み込んでいる。
「僕たちに必要なのはいい曲だけ。いい曲が揃ったのなら、バラードだけのアルバムにしたってブルースだけのアルバムにしたってヘヴィ・ロックだけのアルバムにしたっていい。ロック・ソングだけでもそれでいいと思ったら、いい曲は捨てないよ」
と言いながら、多様性を味方につけるのが、チープ・トリック・マジック。
「チープ・トリックは昔から多様だった。ファースト・アルバムのときからね。今回のオープニング〈スリープ・フォーエヴァー〉はメロディ的にはファーストの〈マンドセロ〉みたいだろ? バラードじゃないけどすごくメロディックでエモーショナルで」
その「スリープ・フォーエヴァー」はわずか1分半ほどの小曲。これに続いて切れ目なく
スレイドのカヴァー「ホェン・ザ・ライツ・アー・アウト」に雪崩込み、アルバム最初の盛り上げどころを作りだす。しかし原曲はスレイドの曲のなかでも代表曲というわけではなく。むしろ地味な時期の曲のような……。
「たしかに選曲としては地味だね。昔、クワイエット・ライオットはスレイドのヒット曲をカヴァーして話題になったけど、基本的にアメリカではスレイドなんか知られてないんだよ、もっと昔から。僕たちは最初のころ、スレイドのB面曲とかをライヴで演っていたけど、この〈ホェン・ザ・ライツ・アー・アウト〉もそのたぐいさ。そこにチープ・トリックらしさを加えた。ドラムはファーストの〈エロ・キディーズ〉みたいな感じだし」
Rick Nielsen/SUMMER SONIC'03
「アルバムのヴィジュアル・イメージは
『ドリーム・ポリス』(79年)のタイトル曲につながってるんだけど(笑)。とにかく今回のアルバムはたんなる3分間の曲の寄せ集めじゃない。2分以下の曲もあって、3曲毎にブロック分けすることができる。だから最初、タイトルは『Cheap Trick Trilogy』にしようかと思ったんだよ(注:トリロジー=三部作)。でも、よく考えたら13曲あったんで3で割りきれなかった(笑)。それで、どうしようって悩んでいたところ、これはチープ・トリックの最新作(The Latest)だってことに気がついて、それをそのまま付けたのさ」
このタイトルの意味するところは? と質問する意味がないほどにシンプルでストレートなアルバム・タイトルは、チープ・トリックのデビュー以来の特徴のひとつである。
「もしかしてこのタイトルをすでに使っているバンドが他にいるかもしれないと思って調べてみたんだけど、いなかった。 チープ・トリックの『ザ・レイテスト』は常に“最新作”なんだ。次のアルバムを出すとき、“これがチープ・トリックの最新作(The Latest)ですね?”って問われたら、“いや、それは前作だよ”って言えるな……」
……なんと変わらないことか、何十年も。とぼけてひねくれたリック・ニールセン節。今回のアルバムにしても歌詞のところどころにひねりのきいた表現があって、そこがおなじみのチープ・トリックらしさでもある。「ミス・トゥモロー」の歌詞に出てくる
ビートルズと
ローリング・ストーンズの曲名をネタにしたくだりなど、チープ・トリックの音楽的な世代感覚や愛着が素直に表われていてこころが温かくなる。しかし、思えば彼らにとってのビートルズやストーンズと同じくらいにチープ・トリックの音楽を人生の重要事に感じている後輩の世代も今では多いはずだ。
「あなたたちはレジェンドです!って言われてもねえ(苦笑)。まあ、でも、そうなのかもしれないな。いま、
ポイズンと
デフ・レパードと一緒にツアーしてるんだけど、彼らは僕たちをいろいろと讃えてくれる。まるで僕たちがすべての答を知っているかのように。これをやって、あれをやって、気がついたら35年たっていた。一つひとつはビッグじゃないけど、全部合わせると超ビッグなんだ」
取材・文/平野和祥(2009年7月)