渋さ知らズ など、日本のジャズ・シーンでトロンボーン奏者として活動してきた
高橋保行 。
ホライズン山下宅配便 、
片想い のメンバーとして活動してきながら、自身も優れたシンガー・ソングライターとして評価を集める
伴瀬朝彦 。この2人を結ぶ縁が、じつは“料理”だった? そしてジャズとポップスで畑違いに見えた2人のミュージシャンが再会した舞台が、歌ものバンドだった? そんな不思議な縁から動き出したバンドが
cooking songs 。
荻窪のライヴハウス・ベルベットサンを舞台に、歌と料理をふるまうイベント“cooking song”を始めた2人。いつしかメンバーも集まって7人編成のバンドになり、このたび
セカンド・アルバム『Curry Rice』 発売へと至った。ジャズやポップス、ロックの垣根を軽く飛び越えた名曲が揃ったこのアルバムと、このバンドのことが知りたくてインタビューを敢行することにした。
気持ちがよくて味もいいサウンドの成り立ちを語るのは、結成メンバーである高橋、伴瀬、そしてサックスで参加しつつマネージャー的にバンドを切り盛りするパニック大原、そしてVELVETSUN PRODUCTS主宰のノイズ中村の4人。さて、この奇跡のごった煮バンドに隠されたレシピとは?
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──最初に伴瀬くんからベルベットサンで料理とライヴを一緒に出すイベントをやるって聞いたときは、“cooking songs”ってバンドじゃなくてイベント名(イベント名は〈cooking song〉)だと思ってたんです。
伴瀬 「間違ってはいないんですよ。4年前に初めてやったときはこの2人(伴瀬と高橋)だけだったんで。最初にやっさん(高橋)からメールが来たんです」
高橋 「伴瀬とは昔、バイト先が一緒の居酒屋だったんですよ」
伴瀬 「やっさんがこの企画を思いついたときに、せっかく料理を仕事でやってるから、料理を出して、歌を歌う集いをやろうということになったんです。2人で隔月で荻窪のベルベットサンでやっていこうという、それだけの話だったんです」
高橋 「そもそも、俺、歌う気もなかったし」
伴瀬 「違う違う、やっさんが“歌いたい”って言ったんだよ」
高橋 「いや。おまえに歌わせようと思ったんだよ。これを伴瀬に歌ってほしいって思える曲ができたからさあ」
伴瀬 「でも、すぐ歌い出したじゃん(笑)」
高橋 「いや、それはもうノリだよ。ライヴだし」
伴瀬 「最初から言ってたよ。“おまえも歌って、俺も歌う”って」
高橋 「言ってたっけ? じゃあ、いいやそれで。曲ができたから誰かに歌ってもらわないと、と思ってたときに、“これは伴瀬だよ!”って思ったんです」
──いきなりいい感じの相棒感ですけど、もともと2人の縁はいつ頃からなんですか?
伴瀬 「僕の大学生時代ですね。僕が20歳で、やっさんが26歳のフリーターでした。居酒屋にバイトで入ったら、先輩でやっさんがいて」
──まだ高橋さんが、
渋さ知らズ に加入するずっと前になりますか?
高橋 「だいぶ前ですね。トロンボーンは吹いてたけど、ちゃんと本番ではできてない状態だった。あと、ジャズやってる知り合いがそもそもいなかったんだよね」
大原 「当時、やっさんのバークリー行きを伴瀬さんが見送った、みたいな話を聞いたことありますけど」
伴瀬 「やっさんが居酒屋をばっくれてやめちゃってたんですよ」
──え? バークリーじゃなくて“ばっくれ”って話ですか(笑)?
高橋 「“明日から来ねえよ”って宣言してから行かないことにしたから、厳密にいうと“ばっくれ”ではないんだけどね」
伴瀬 「しかも、その辞めた居酒屋にその後、すぐに飲みに来てましたからね」
高橋 「溝を深めないうちに薄めるんだよ」
──でも、バークリーは本当に行かれたんですよね?
伴瀬 「見送りに行きましたね」
高橋 「まだ夢も希望もあったからね(笑)」
──そこからちょっと端折りますけど、10数年を経て、高橋さんは
渋さ知らズ はもちろん、ジャズ・シーンで精力的に活動されるようになり、伴瀬くんも
ホライズン山下宅配便 や片想い、そして自分のバンドである
アナホールクラブバンド やソロでも活動するようになり。そんなタイミングで突然の誘いがあったというわけですね。
伴瀬 「ぜんぜん会わない時期もすっぽりありましたけど、たまにやっさんが出るライヴは観に行ってましたね。それでこの企画の誘いがあったのが4年前でした」
高橋 「もう4年もやってんの?」
──高橋さんの歌、最高ですよね。とはいえそれまで歌っていなかった高橋さんが突然、歌を作りたくなったのは、どうしてだったんですか?
高橋 「いや、離婚とか、ジャズという世界から本能的に逃げたくなったとかもきっかけにはあったんですけど、そもそも
トム・ウェイツ とか歌ものは好きだったから、それで歌を作ろうと思ったのかな。歌はね、高校の頃は歌ってましたよ。
The ピーズ とか
The Jam みたいなバンドでベース弾いてましたし」
大原 「やっさんはもともとベースやってたし、DJやってた時期もあるんですよね?」
高橋 「そう、逃げまくってんだよ(笑)」
中村 「
DJ NOBU さんに初めてやばい音楽を教えたのはやっさんだったり、昔の仲間もそうそうたる顔ぶれなんですよ」
高橋 「俺だけぜんぜん出世してないんだよ(笑)」
伴瀬 「まあ、アゲチンともいうけどね」
高橋 「あとね、俺はトロンボーン奏者というより、曲を作ったり、アレンジしたりするほうが得意なんですよ。でも、離婚してヒマな時間もできたからジャズの曲を作ろうと思うんだけど、できないんですよ。それでも1曲作ってみたら、できたのが歌ものっぽかった。“これはインストじゃできねえな”と思って、そこから“そうか、歌もののバンドやればいいんだ!”と思って、誰かをヴォーカルにして自分の作った曲を歌ってもらおうと思ったんです。それで“伴瀬がいたじゃん!”って」
──伴瀬くんは二つ返事でOK?
伴瀬 「“2人で隔月で料理も出して”っていうコンセプトがすごくしっかりしてたし、これは続きそうだなと思ったんで。バンドでやるってことは何も考えてなかったと思います。でも、回を重ねるごとに“メンバーもいろいろ呼びたい”とか、やっさんの欲が出てきた。同じことはできない人だし。そのうち気がついたら、バンドになってましたね」
──この2人中心で、いろんなゲストを呼んで、というやり方もあったと思いますが。
高橋 「それはイヤなんです。俺、バンドにしたら、もう絶対バンドじゃないとイヤ。ジャズみたいにセッションだっていうならいいんだけど、バンドだって決めたらバンドでないとイヤ。この編成がいいんです」
──たまたま今、メンバーは7人いて、『七人の侍』感もあるんですけ、この顔ぶれはどのようにして集めていったんですか?
伴瀬 「その感じ、おもしろいっすね!」
高橋 「いや、集めすぎたな。ギャラが少なくなる(笑)」
伴瀬 「やっさんがほぼ集めたんですよ。僕はもう任せてました」
高橋 「こいつ(パニック大原)は、プロデューサー(ノイズ中村)から送り込まれてきたんですよ。でも、こいつが入ったおかげでバンドも回ってるからね」
──大原さんはサックス奏者でもあり、バンドのマネージャー的立場でもあり。
中村 「やっさんにはずっとうち(ベルベットサン)で“CD作ってくれ”って言われてたんですけど、売れそうもないし断ってたんですよ。だけど、ケイタイモさんが加入したくらいからバンドっぽさが増したというか、“売れる”と思ったんです。ケイタイモさんのおかげで、バンドの良さや楽曲の良さが全部浮き出た。あとは、このメンバーを現場で回せる人が必要だと思って、パニックに入ってもらったんです」
──なるほど。特命刑事というか潜入スパイ的な(笑)。でも、cooking songsって、高橋さんと伴瀬くんの深い関係性で成り立ってるところも大きいんだろうなと。
伴瀬 「やっさんのアレンジ能力もすごいんですよ。僕が適当に作った曲をやっさんなら安心して投げられるんです」
大原 「個人的には、今のcooking songsのスタイルが、バチっとバンドになってきたなと思えた瞬間があったんですよ。それは渋谷の7th Floorで
1983 と対バンしたとき(2017年3月5日)なんです」
──ああ、
1983 の新間(功人)くんも自分のイベントでカレー作ってふるまったりしてた共通点がありますもんね。
大原 「そうなんですよ。それで、その日は昼間のライヴで〈らいぶ・ぶらんち〉ってタイトルにして、チャージをフード込みにしちゃって、お互いの音楽とカレーを出してやってみようと。そしたら、わりとお客さんが来てくれたし、休みの日に昼ごはんでも食べようかなという感じで来てくれたお客さんがすごく喜んでくれて。“ああ、僕たちって本当にご飯と歌なんだな”って思ったんです。その後、初のツアーに行ったときにも各地でご飯を出したんですよ」
高橋 「神戸(旧グッゲンハイム邸)では、前の日の京都で食べたボルチーニ茸の料理があって、それ絶対パクれると思ったんです。それをアレンジしてデミグラスソース入れて」
大原 「京都ではキノコ料理を出す店で、
ビバ☆シェリー ってバンドと対バンして、そのとき出てたキノコのパスタがうまいって話になり、車で神戸に移動してる最中に、やっさんが“あれ昨日うまかったから作りたい”ってやっさんが言い出して。ご飯を吸収して、次の街に行って、ご飯とライヴが混ざるという光景がこのバンドの日常レベルになってきた。今回のアルバムに入ってる伴瀬さんの曲〈ドラマ〉とかも、ツアーの中でかたちになっていったものだったし。ちょうどその頃、映画の『カレーライス』の話もあって、いい流れできてると思ってました」
──なるほどね。メンバーも揃い、ライヴでフードを出すという企画性が、バンドの音楽にも通じるアイデンティティにもなっていって。確かにいい流れですね。
高橋 「もともと伴瀬は“死ぬまで適当にやるから”って誘ったんですよ」
伴瀬 「その言葉は、なかなかグッときたところがありました。僕の当初の予想は、2人で80歳くらいになってもベルサンでずっとやってる、みたいなイメージでした」
高橋 「もうその頃は、アイディアなんてなくてもいいんですよ。同じ曲ずっとやってりゃいいんだからさ」
──でも、食事も出し続ける?
高橋 「そう。やばい定食屋みたいに(笑)」
伴瀬 「だから、逆にこういうかたちでバンドになっちゃったら、崩壊するのも早いかもしれない。気をつけないといけないですね」
──他のメンバーというか、非料理系のメンバーも楽しんでるんですか?
大原 「バンドのリハをするときも、メンバーの出自が結構違ってるんですけど、それぞれ個人同士のつながりもあっておもしろいんですよね。リハでも、ケイタイモさんはブラジリアンとかプログレが好きだし、ベースで
マイケル・ジャクソン のフレーズ弾き始めたら、ギターの(田島)拓さんが合わせていったり。あと、メンバーの年齢構成もおもしろくて、やっさんとケイタイモさん、伴瀬さんと拓さん、上運天(淳市)さんと池澤(龍作)さんがそれぞれ同い年なんですよ。僕だけ同い年いないからさびしいんですけど」
──中村さんがブッキングをされているベルベットサンという場所の、単なるライヴハウスとはいえない実験の場としてのおもしろさもありますよね?
石若駿 くんとか若くて最先端のジャズの人たちが出てるいっぽうで、細馬宏通さんのトーク・イベントもやるし。
片想い も昔は出てましたよね。
中村 「さっき、パニックが言った同い年の話にも関係してくるんですけど、あれって単に同い年話しって訳じゃないんですよ。それぞれポップスとジャズで対になっていて。それを大原くんがパニックになりながらまとめて制作をがんばる、みたいな。彼はベルサンのスタッフでもあるんですけど、ジャズもポップスもどっちも好きなんですよ。信じられないくらいバカで、信じられないくらい全部の音楽が好きで、その良さが今のベルサンには出てるかもしれない」
──ここからはセカンド・アルバム
『Curry Rice』 の話をします。ファーストも想像してた以上にしっかりした歌ものアルバムだったし、セカンドを作ってると聞いてからも結構楽しみにしてたんですよ。そして実際にできた内容もポップ度がさらに増してすばらしかった。
高橋 「ポップすぎないすか?」
伴瀬 「ファーストにあったやっさんのフリージャズ色を若干減らしましたし、そこは印象が結構違うかも。でもまあ、バンマスはやっさんなんで。僕は“歌に関してはちょっと言わせてください”って立場ですね」
──でも、セカンドでは、そのバンマスにちょっと物申したわけでしょ。そこは高橋さんはぐっと飲み込めたんですか?
高橋 「自分の言い分を3回言って通らなかったら、“じゃ、いいよ”って言うんです。それまでは基本“やだ、やだ”しか言わないんだけど(笑)、その“やだ”が通らなかったら、通ったほうの案でいいことを考えればいいだけだし」
──タイトル曲「カレーライス」最高ですよね。ヴォーカルには
mmm(ミーマイモー) をフィーチャリングしていて。セカンド・アルバムの方向性を決めたのも、この曲ですか?
高橋 「これは伴瀬が中心で作った曲なんですよ」
伴瀬 「ライヴでやってきた曲もある中で、〈カレーライス〉は、たまたま強い要素のある曲ができたってことなんですよ」
高橋 「結構うまいこといったよね。〈カレーライス〉があって、〈夢の舟乗り〉(NHKで1978~79年にかけて放映されたSFアニメ『キャプテン・フューチャー』のオープニングテーマ)もなぜかあのサンバっぽいアレンジになったわけじゃん」
中村 「〈カレーライス〉は、そもそもNDJCという若手映画監督育成プロジェクトで主題歌の話をいただいて、その企画で作品を撮られた奥野俊作監督が伴瀬さんとすごく仲良くて、映画のタイトルが『カレーライス』だったんです」
──なるほど! ということは、お題ありきで作られた曲でもあったんですね。
伴瀬 「そうなんです」
高橋 「お題ありき、得意だもんな。俺は無理。“お題変えて!”って言いたくなるもん(笑)」
中村 「この『カレーライス』の主題歌をのお話をいただいたときって、
エンケンさん(遠藤賢司) がお亡くなりになった頃だったんですよ。“そんなタイミングで〈カレーライス〉って曲のオーダーがくるなんて! めちゃめちゃやべえじゃん!”って思って、伴瀬さんに電話していろいろ話をしたんです。“これはバンドにとって、すごくポイントになる曲ができるかもしれない”って。そのあと伴瀬さんからあがってきた曲が、とてつもなくすごかった」
──“cooking song”ライヴでも、高橋さんがカレーを作ったりするわけですもんね。
高橋 「作らせられるんですよ(笑)」
──「夢の舟乗り」みたいな一歩間違えばギャグになりそうな曲も照れずにかっこよくやれてるし。『キャプテン・フューチャー』を知らない世代が聴いたら、普通にいい曲だって思うでしょうし。
伴瀬 「本当にいい曲ですからね」
高橋 「しかも歌詞がおっさんっぽいのよ」
伴瀬 「このメンバーがテクニックもあるから何の抵抗もなくやれるというのはあるでしょうね。曲も高度すぎるし、他のバンドじゃできないですよ。バンドとしても“狙ってやった”感がないんですよね。何でなのかな?」
中村 「何でああいうブラジルっぽいアレンジにしたんですか?」
高橋 「何でかな? 思いつかなかったか、思いついたか、だろうね」
伴瀬 「バカボンのパパみたいなこと言ってる」
高橋 「いや、たぶん、
リターン・トゥ・フォーエヴァー の曲みたいな感じをもっと軽くしてやろうと思ったら、ああいうアレンジになったんだよ。エレピがいい、って初めから言ってたじゃん」
大原 「もともとあの曲は池澤さんが持ってきたんですよ。“すごいかっこいい曲あるから”って。でも、あの曲ってサンバじゃなかった。それを池澤さんとケイタイモさんがWUJA BIN BINで一緒にやってるコンビネーションの良さがあるんで、速いサンバになっていって、そこで伴瀬さんが昔のアニソンみたいに歌ったという」
高橋 「俺が“何かカヴァー曲やりたい”って言ったときに、池澤が聴かせてくれたんだよね」
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──そういうポップな曲もあったかと思うと壮大な曲もあるし。
高橋 「もっと変な曲もあったほうがよくなかったですか?」
中村 「いや、相当変ですよ。こないだyureiっていう日本在住のアメリカ人トラックメイカー・プロデューサーにこのアルバム聴かせたらめちゃめちゃ興奮して、“何で
レイジ・アゲンスト・ザ・マシーン から
サン・ラー・アーケストラ になって歌謡曲になる? この狂ったバンド、何? 世界にもない!”って(笑)」
高橋 「じゃあ、うまくいったんだ(笑)」
中村 「そういうめちゃくちゃにいいやつができたんですよ」
──しかも、妙な計算とかもせず、やりたいことをやった結果ですもんね。
高橋 「俺の中ではバランスは取れてるんですよ」
伴瀬 「いや、ぜんぜん取ってないですよ。こういう言い合いをしつつ、結果的に取れてるというのが、いいんでしょうね」
高橋 「あとでいろいろうだうだ言うのはいいけど、やってるときにはそのうだうだは起きちゃいけないからね。“今日はうまくできた”とか、“この曲はイヤだから手を抜く”とかね。俺はそんなやつと音楽やりたくないから。“いいじゃん、間違えたけど今日はおもしろかったから”みたいなタイプなんで。そういう面で、この7人はすごくバランスが取りやすいんですよ。俺がえばってるわけでもないし」
伴瀬 「やっさん以外にもいろんなマンツーマンがバンド内にあって、いろいろ試してるんですよね」
高橋 「俺はそれを聴いて、イヤだと思ったときだけ言います」
──バンドにとって、中心がたくさんあるって、ある意味いいことですよね。しかも、音楽のアイディアが出てこないときがあっても、料理のアイディアが助けてくれるかもしれない。
伴瀬 「“今日は料理だけです”みたいな」
中村 「やっさんの言葉で感動したのが、“料理は色だ”って言うんですよ。“味じゃない。そこにない色を足せばうまくなるんだ”って」
高橋 「そうやってできてんだよ。茶色い食材だけ使えば茶色いものの味になるしさ。音楽もそうだし、バンドもそうじゃん。そこを考えるとバランスはよくなる」
──個性の違うソングライターがいて、ジャズの下地があって、ポップスとしての楽しみもあって。今、ジャズというジャンルのとらえ方もすごく広くなってる時代だから、そこにハマる部分もありそう。
伴瀬 「やっさんはジャズやってるときも、決まりきったジャズの感覚は持ってないと思う」
高橋 「それは絶対そうだし、“これ(cooking songs)もジャズにしちゃえよ!”みたいなところもある。これが売れたらもっとおもしろいことしますよ」
中村 「“これが売れたら、サード・アルバムはオーケストラにする”って言ってますからね」
高橋 「3枚目で人数増やしたら、4枚目は伴瀬の弾き語りがずっとあって、3曲くらいブワッと超やばい曲がある、みたいな(笑)。でも、メシは食える、みたいなね。やっぱり、聴きながらメシ食えない音楽は作らないようにしようと思ってます」
伴瀬 「まさに、音楽でメシを食うわけね」
高橋 「いいね、それ」
伴瀬 「いいアルバムはできたので、ライヴを見てくれたら、もっとこのバンドの良さがわかるかな」
──食事もついてきますしね。
高橋 「CDだとご飯はついてこないんでね!(笑)」
取材・文/松永良平(2018年5月)
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2ndアルバム『Curry Rice』リリース・ツアー 〈フリージャズ + ポップスで、こんなにおいしくできちゃった〉 https://www.cookingsongs.net/ 2018年8月18日(土)
富山 HOTORI×ほとり座
出演: cooking songs、DJ IKEDA and more
2018年8月19日(日)
愛知・名古屋 spazio rita
出演: cooking songs、Gofish
2018年8月22日(水)
レコ発ワンマン
東京・渋谷 WWW
出演: cooking songs
ゲスト: mmm
DJ: やけのはら、髙城晶平(cero)
2018年8月24日(金)
広島・ヲルガン座
出演: cooking songs、中ムラサトコ×タカダアキコ×Ren
2018年8月25日(土)
大阪・心斎橋 CONPASS
出演: cooking songs、THE YAKETY YAKS
DJ:westy bong-bong、ヨシカワショウゴ、オーバーオールズ
カレー出店:ネグラ 妄想インドカレー(東京)、大陸、ハマカレー、ニドミ(よそみ)、cooking songs
2018年8月26日(日)
愛知・知多 佐布里緑と花のふれあい公園
UMEJAM 2018(入場無料)
出演: outside yoshino / 永原真夏+SUPER GOOD BAND / OBRIGARRD ほか
詳細:
https://www.cookingsongs.net/