ケンドリック・ラマーや
サンダーキャット、
フライング・ロータスらの活躍もあり、近年、音楽シーンではLAがひとつのキーワードになっていると思うが、UK出身の
コリーヌ・ベイリー・レイまでもがLAでレコーディングして、しかも彼女のキャリアを更新するような素晴らしいサウンドを作り上げるとは思わなかった。彼女がともに作品を作る仲間に選んだのは、
シネマティック・オーケストラ周辺のUKの名プレイヤーたちに加え、LAで活動する女性3人組、
キングだった。そんなメンバーで作られたサウンドは、ドリーミーなシンセサイザーに彩られた柔らかなサイケデリアを感じさせるもので、もはや既成のジャンルに定義するのが難しいが、これこそ、いま鳴らされるべきサウンドだと僕は思った。そんな彼女に来日公演前に急遽取材ができることになった。丁寧に自分の言葉で語る彼女の発言は、その真摯な人柄がにじみ出るものばかりだ。
「たしかに全然違いますね。『
あの日の海』はインディ・ロックっぽく、エレクトリック・ギターをたくさん使っていて、その前の『
コリーヌ・ベイリー・レイ』(2006年)はシンプルでポップ。音楽に関しては毎回変えたいと思っています。つねに変化して成長することがミュージシャンとして大切なことだと思う。変化って“学ぶ”ってことだし、それは“人との出会い”を意味しているから」
――今作では初めて一緒に音楽を作ったミュージシャンが多いですよね。たとえばLAの3人組、
キングはどういうきっかけで参加することになったんですか?
「
エスペランサ・スポルディングの紹介なんです。LAで
エスペランサのショウを観た時に、楽屋でエスペランサのママが作ってくれたアクセサリーや、キングのEPをもらったりしたんです。
キングのパリス(・ストローザー)とアンバー(・ストローザー)とエスペランサはバークリー音楽大学時代からの友人で、エスペランサが“あなたは絶対にキングと会った方がいい”って強く勧めてくれて。彼女がその場で電話してくれたのですぐに繋がりました。その後、キングの3人とエスペランサと一緒にジャム・セッションしたりもしたかな」
「『ニューヨーク・タイムス』の写真撮影で知り合ったから、ファッションを通じてって感じかな。アフロヘアのアーティストだけを集めて写真を撮影するという企画があって、彼女は撮影を終えて帰るところで、私は今から撮影って感じですれ違いだったんだけど、連絡先を交換して。彼女は
ウェイン・ショーターと親しくて、私もウェインと共演したことがあったから、そんな話をしたりして仲良くなりました。彼女は私をインパイアしてくれる存在の一人。自信に満ちていて、スキルもあるし歌もうまい。歌う時の
エスペランサって声がすごく高くて素敵ですよね」
「
キングは女性だけのグループで、曲も書けるしプロデュースもできる。自分たちだけですべてをやって活動できる女性グループはすごくめずらしい。アーティストとしての自覚もあって、素晴らしい存在だと思いました。ずっと彼女たちをリスペクトしてるし、仲良くしています。プロデュースもしてもらって、一緒に演奏もしました。これからもコラボレーションを続けたいと思ってます。キングの音楽は“ほかにない音楽”ですよね。レイヤーを感じる音楽で、音に厚みがあるって思いました。声のレイヤーもいいし、アンバーとアニータ(・バイアス)の声の相性が素晴らしい。そういったサウンドはすべてパリスが作っていて、彼女のマインドから生まれている。ギター以外はすべてパリスがやっているのを知った時にはすごくびっくりしました」
――彼女たちとどんな音楽を作りたいって思いましたか?
「自然なコラボができればいいなって。〈グリーン・アフロディジアック〉はパリスがローズを弾いているときに、私がその場で歌ってできた曲ですね。私のプロデューサーのスティーヴ・ブラウンはエレクトリック・ミュージックに詳しい人なんだけど、彼はジャズもすごく好きで詳しいから、パリスと似ていると思う。パリスもスティーヴが作った音源を聴いて、“これって私? スティーヴ? ”って言ってたくらい。そういう意味でパリスはもともと一緒にやっていたスティーヴとテイストが似ていて、とてもやりやすかった気がします。私たちのスタジオにはヴィンテージのシンセサイザーがあって、ハンス・ジマーが使っていた“マクベス”っていうアナログ・シンセもある。アナログ・シンセ・マニアのキングと相性がいいのはそういう部分もあるかなと思います」
――ヴィンテージなシンセやエレクトロニックな感じは、これまでのあなたの作品からは聴かれなかった新しい要素だと思います。
「スティーヴのサウンドが反映されたのが大きいんだけど、私自身も
ハービー・ハンコックや
スティーヴィー・ワンダーが好きで、サイケデリックな要素としてのシンセが好きだったの。それに今回はギターから離れたかった。ギターで曲を書くと、今までと同じ雰囲気が出てしまうと思ったから、勇気をもって自分の声だけでメロディを書いて、そこにコードを乗せたりして作ってみたの。あとはやっぱりスティーヴやキングと一緒に作ったことで、ひらめいたアイディアも多かった。(ローランドの)ジュピターってシンセのサウンドの感じとかすごく好きですね」
――このアルバムから曲の感じも変わったし、音の響きも変わりました。それに合わせて歌い方自体も変わったと思うんですが、どうですか?
「楽器が自分の歌を変えたというよりは、その曲が持っているストーリーが自分の歌を変えたって言った方がいいかも。〈テイクン・バイ・ドリーム〉ではレーザー光線みたいな歌詞があるので、スペイシーでトリップアウトしたような声になるし、〈ヘイ・アイ・ウオント・ブレイク・ユー・ハート〉はどこにでもいる普通の女の子みたいな雰囲気だし。今回のアルバム・タイトルにあるハート(心臓)って、右心房、右心室、左心房、左心室って4つのスペースからできている。その4つからそれぞれ感じる無意識とか夢とかそういうことを歌にするっていうコンセプトなんです。だから、曲によって歌い方を変えたり、ヴォーカルにフェイザーをかけたりして、心臓が表す4つのものを音楽で表現しようとしているって感じです。私は音楽に関しては変わらないってことには興味がないの。変わることは学ぶってこと。私は学び続けるし、変わり続ける」
――LAでかなりの部分をレコーディングされたと思うんですけど、同時にUKでもレコーディングされていて、このアルバムはLA的な部分とUK的な部分が入り混じっているのが面白いですよね。
「今回はUKで録音し始めて、それからLAに行って、またUKに戻ってレコーディングしました。
シネマティック・オーケストラのルーク・フラワーやスティーヴ・ブラウンもそうだけど、地元のリーズやマンチェスターにはUKシーンを代表するエッジの効いたミュージシャンがたくさんいるの。
808ステイトのマイティもそう。LAにもLAならではのミュージシャンがいて、たとえば
ジェイムス・ギャドソンのように、
ビル・ウィザースや
マーヴィン・ゲイ、
ディアンジェロと音楽を作っていたレジェンドと一緒にできたのは光栄だったわ。LAにいる時には、
サンダーキャットを観に行ったり、キングとハングアウトしたり、自分にとって刺激になるようなことがいっぱいあって、新しい出会いやコラボがたくさんあった。でもそんなLAの経験だけじゃなくて、UKの素晴らしいミュージシャンもこのアルバムに入っているのは良かったと思います」
――UK的な部分とLA的な部分の共通点はありましたか?
「参加したミュージシャンたちはみんな共通して
スティーヴィー・ワンダーや
ハービー・ハンコック、
マーヴィン・ゲイ、
ヘンリー・マンシーニや
ショスタコーヴィチが好きだったりして、違う場所に住んでいても、みんなが話す音楽言語が同じだったんです。フレージングやハーモニーが目指すところも同じだった。優れたミュージシャンたちが同じ言語で話すように、音楽を作ってくれたのはすごく大きなことだったと思う。LAではキャピトル・スタジオでレコーディングしたんですけど、広いスタジオでテープ・マシーンを使ってレコーディングしたんです。なぜかというとUKの自分のスタジオもテープ・マシーンだったからで、録音環境も近かったんです。私はサウンドにダイナミックさがほしかったので、コンプレスした感じにはしたくないと思っていました。ラップトップで聴くだけの音楽じゃなくて、スピーカーから流した時にいい音が鳴るようなハイ・フィデリティなサウンドにしたかった。そういう考え方って今っぽくないかもしれないけど、私はそういうサウンドが好きだから自分が求めるものをめざして正直に作ったんです」
――へえー。今はみんなヘッドフォンやイヤフォンで聴くので、そういうのを想定して作る人が多いんですけど、逆なんですね。
「私は楽器が好きなんです。楽器から出てくる生音が好き。だけどヘッドフォンで聴いてしまうと、せいぜいドラムとベースとシンセとヴォーカルで、楽器の魅力がちょっとしか届かないことがある。もし私のアルバムを聴いたときにハープの音が聞こえたら、実際にハープ奏者が重いハープを持ってスタジオに来て、セッティングして、マイキングを考えて、それから演奏してくれた音であり、ストリングスの音が聞こえるなと思ったら、それはたくさんのストリングスの奏者たちがスタジオに来て演奏してくれた音。ミュージシャンに来てもらって、スタジオで一緒にいて、指揮者の合図で演奏が始まって……って感じで、時間と空間を共有して一緒にレコーディングする瞬間が好きなんです。ハープもストリングスもサンプル音源のライブラリーから拾ってくることもできるけど、そうじゃなくて、ミュージシャンが演奏している中にいるのが楽しいし、美しいと思う。だからそれが再現できるように、レコーディングしているんです」
――あなたは根っからのライヴ・ミュージシャンなんですね。
「そうですね。レコーディングもスタジオ・ワークも好きだし、サウンドのディテールをいじったりするもの大好き。でも、しばらくすると自分で演奏したくなって、ライヴで人前で歌いたくなる。今回のアルバムは、1年くらい世界中をツアーして、歌い続けていくうちにどんどん曲のことがわかってきて、いまさらレコーディングし直すのはもう無理なんだけど、でも録りなおしたいって思ってしまうくらいに、やればやるほど学んでいけるのが楽しい。学んだことを次のアルバムに活かそうって思いながらやっています。ライヴは毎晩違います。ステージの大きさによっても違うし、その時のお客さんのノリでも違うし、ドラマーが寝不足かどうかでも変わってくるし(笑)。私のステージではバッキング・トラックもクリックも使っていません。だから私のバンドはミスはOK。ミスも含めて楽しめるし、それも含めてエキサイティングって思える。毎晩同じことやって疲れないですか? ってときどき聞かれるんだけど、それは違う。ライヴって同じものは存在しないから。つねに自分が描く究極のヴァージョンを目指して歌っているんだけど、なかなか達成できないから、もう一回、またもう一回っていう感じで毎回やっているんだと思います」
「どういう経緯でハービーが私のことを知ってくれたのかわからないの。いきなりオファーされてすごく光栄だったけど、正直驚きでした。レコーディングしてから、ロンドン、パリ、NY、LAでコンサートがあったんだけど、ハービーも同じことは二度とやらない人だから、曲が始まったらイントロからまったく違うものになってたりして、“私はどこから歌い始めればいいのかな……”ってこともあったり(笑)。でも、そういった彼の姿勢にすごくインスパイアされました。彼の頭の中には千のアイディアがあって、翌日にはまた別の千のアイディアが出てくるんだって感じ。
ウェイン・ショーターとも共演して、その時は〈ライク・ア・スター〉でショーターがソロをやってくれて、自分が書いた曲で彼がソロをやってくれるなんて信じられない体験でした。いま思い出しても夢のよう。その瞬間が永遠に続いていくんじゃないかって、錯覚してしまうような不思議な感覚で、ステージの外のことがまったく感じられない、私とショーターだけの世界みたいに感じられたとても不思議な経験でした」
――ところで、好きなジャズ・シンガーはいますか?
「初めて聴いて好きになったのは
ビリー・ホリデイ。彼女の楽器のように歌うというか、楽曲のメロディをすごくシンプルなパートに変えていくというか、そういうところに惹かれました。オリジナルを聴いてから彼女のヴァージョンを聴くと、まったく違う曲って思えるようなときもあって、彼女の削ぎ落としていくようなメロディ・センスからはすごく影響を受けたと思います」
――もともとジャズを歌っていたり、勉強したりしたことは?
「勉強したことはないですね。聴くのはすごく好きなんだけど。自分にとってジャズはいまだにミステリアスな存在。そのままにしておきたい気持ちもあります。私の性格的に、勉強してしまうとトラップにはまってしまいそうだから。すごくシンプルにしちゃったり、わかっていることを見せるように複雑にしてしまったり。そうならないために、あえて謎のままにしたいって感じなのかも」
――じゃ、あなたのルーツはゴスペルとか?
取材・文/柳樂光隆(2017年4月)