クレイジーケンバンドのニュー・シングル「ま、いいや」に込められた、今の時代に対するメッセージとは?

クレイジーケンバンド   2013/01/29掲載
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 クレイジーケンバンドがアルバム『ITALIAN GARDEN』から11ヵ 月ぶりとなるシングル「ま、いいや」を発表した。行定 勲監督による映画『つやのよる』主題歌である今作は、大人の男女の恋愛を描いた映画の世界観とシンク ロする、甘美でセクシーなソウル・バラード。「ま、いいや」という、ある種の諦念を匂わせるタイトルの裏側に秘められた今の時代に対するメッセージとは?  剣さんに話を訊いた。
――シングル「ま、いいや」が映画『つやのよる』の主題歌になったいきさつを教えてください。
 「スタッフの方から、レーベル経由でお話をいただきました。監督さんやプロデューサーさんが最初から主題歌をCKBで考えてくれていたみたいで。それでイメージを膨らませるために、まずは台本を頂いて、後日、映画のパイロット版を見せてもらったんです」
――パイロット版をご覧になったときはどんな印象を受けましたか?
 「すごくセクシーな映画だなと思いました。あまりくっきりした雰囲気の映画ではなくて、曖昧なものを曖昧なままに表現してる。それ故に非常にリアルな感触があるんでしょう。で、最後の最後にすべての価値観がひっくり返るような一瞬が用意されている。僕はそう感じましたが、観る人によって感じ方は様々でしょう」
――余韻が残るような。
 「そうですね。余韻が後を引いて、数日後にまた観たくなってしまうような。そういう意味では、デヴィッド・リンチ『マルホランド・ドライヴ』とかに近いのかな。結局、なんだか分らないんだけど、何かが心に残るような感じであるとか。エロティックで過激な描写も結構出てくるんですけど、作品の核になっているの は、決してそこではなくて、男女の間にある複雑な心の機微であるとか、そういうものが描かれているんじゃないかと。個人的に好きなのは、『男はつらいよ』とか、ああいう分りやすい映画なんですけど、逆にあそこまで具体的だと、主題歌を作るのは困難かも知れない。むしろ、フォルムが曖昧な作品のほうが音楽的に拾えるパーツが多いかも知れないですね。たとえば小津安二郎の世界とか」
――独特の間がありますよね。
 「そう。一見、あってもなくてもいいように思えるシーンが実は強く印象に残っていたり。『つやのよる』には、そういった、曲に変換できそうなシーンが結構あったんですよ」
――曲のイメージはどうやって広げていったんですか?
 「発注の段階で“セクシーなバラードでお願いします”というリクエストがあったので、それを念頭に置きつつ、パイロット版を観て。なんとなく放っておけばイメージが湧いてくるだろうと思っていたら、実際、数日後にスタイリスティックス〈ユー・アー・エヴリシング〉みたいなイメージが頭に思い浮かんで。その時点で、イントロのエレキ・シタールの音も明確に思い浮かんでいた。で、トドメとなったのは映画後半の阿部 寛さんの表情です。この表情に押し出されるようにメロディと歌詞が一気に出てきた。ただ、歌詞の一部だけどうしても埋まらない箇所があって、そこをしばらく“ラララ”にしてたんだけど、ふと“行定監督に書いてもらったら成功する!”って予感があって、ダメもとで無茶ぶりしたんです(笑)」
――もちろん行定監督は、歌詞を書くのは初めてだったんですよね?
 「はい。オファーをくださったときに監督からいくつかの注文があったんですが、注文そのものにヒントがあった。で、確信してお願いをしたら、僕が何度書き直しても埋まらなかった部分を監督の言葉が見事に埋めてくれて。“媚薬で麻痺させるような”とか“憂鬱な絡み付く髪”とか、艶っぽい箇所はほとんど監督の言葉ですね。自分のボキャブラリーではあり得ない生々しく艶っぽい言葉だったので、すごく斬新でした」
――「ま、いいや」というタイトルは、どこから?
 「僕の口癖です。MCとかでもついつい言っちゃう。いつか、“ま、いいや”というタイトルで曲を作ろうとは思っていたんですけど、それがこのタイミングになるとは思わなかった。印象的な言葉が思い浮かぶと、それがそのままタイトル候補になるんですよ。タイトルから出来る曲が多いから」
――いわゆる曲先 / 詞先ならぬ、“タイトル先”ですよね。ギターウルフもそうみたいですけど。
 「そう。ギターウルフと対バンしたときも、打ち上げでセイジくんとその話をしたんですよ。自分以外にもそういう人がいたんだって嬉しくなっちゃいました。結局、2時間ぐらい話したのかな。僕は同業者とはほとんど話さないんですけど、セイジくんとはすごく感覚的に近いものを感じた。バイクも、同じカワサキZに乗ってるし」
――以前セイジさんに取材したとき、いわく「タイトルが決まれば、曲が8割がた出来たようなもの」とおっしゃっていて。やっぱり剣さんにもそういう感覚はありますか?
 「そうですね。“タイトルさえ決まればこっちのもの”みたいな。そこからメロディや言葉が引っ張り出されてくるような感じがあるので。個人的にはタイトル先がいちばんいいかも」
――ちなみに、“ま、いいか”というのは、ずっと前からの口癖なんですか?
 「いえ、数年前からですね。誰かが使ってるのを真似してたら、知らない間に口癖になっていて。“ま、いいか”とはちょっとニュアンスが違っていて、“ま、いい や”というのは、ネガティヴの極北まで辿りついたときに出てくるような言葉だと思うんです。とことん追い詰められて、それでもやらなきゃいけないときに思 わず口をつくような。“ま、いいか”という言葉には、やる前からある程度、諦めちゃってるようなニュアンスがあると思うんですけど、“ま、いいや”には行 くところまで行っちゃった末に生まれる開き直りにも似た感覚があると思うんです。すごい借金を背負ったり、大きな事故にあったりしたときにも、やっぱり感 じたし。“ま、いいや”と思わないと、そこから先に進めないですからね」
――“ま、いいか”だと、まだまだ弱い。
 「そうですね。次に向かうと言う意味でも。あと、今の時代性みたいなところも、どこかで意識したかも。正直、これからさらに、何が起こるかわからない世の中になっていくかも知れない。変な話、原始時代みたいな弱肉強食の時代に戻っても、サヴァイブしなきゃいけないわけで、そのときに“ま、いいや”とか、“それがどうした”とか、自分を励ますワードのひとつでもないと、本当に首を吊るしかないような状況に陥ってしまうかもしれない。これからの時代を生き抜くためには、ネガティヴにもガチで向き合わなきゃダメだと思うんですよ。とことんどん底まで落ちて、それより下はないってことが認識できれば、本能的に生命力が高まっていくんじゃないかなと。毒をもって毒を制す、じゃないですけど。前だったら“ケンチャナヨ(問題ない)”ぐらいで済んだと思うんですけど、ここ数年は本当にヤバい空気を感じますからね」
――タフに生きざるを得ない時代ですよね。
 「だからこそ、こういうサバイバル用語みたいなものが今の自分にとってすごく、ピンとくるんです。普通にタフな人にはもしかしたら必要ないのかもしれないですけど、僕は非常に弱い人間なので、そういう言葉を自分自身、欲してるところがあるかもしれないです。矢沢永吉さんも、20代の頃、同じようなことを話されていて。“僕は臆病だから、敢えて強気、強気で自分に発破をかけてるんですよ”って。力強さの裏側に、そういう繊細な感覚が感じられるからこそ、矢沢さんの言葉って、すごく心に響くんでしょうね。実際、以前にも増して、たくさんの人がそういうものを求めてる気もしますし。“ま、いいや”という言葉も、今だからこそ、リアルに伝わるものがあるんじゃないかと思いますよ」
取材・文 / 望月 哲(2013年12月)
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