サミュエル・ベケットと文学への耽溺、ここではないどこかへの憧憬、人生への飽くなき興味…DIY精神を持ったアンチ・フォークのSSW、エミー・ザ・グレイトがデビュー

エミー・ザ・グレイト   2009/09/03掲載
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 ノーマン・クックのプロジェクト、THE BPAのシングル「想い出のシアトル」で可憐なヴォーカルを聴かせた、香港生まれイギリス育ちのシンガー・ソングライター、エミー・ザ・グレイト(Emmy The Great)。デビュー・アルバム『ファースト・ラヴ』を自己資金で制作、セルフ・プロデュースで自身のレーベルからリリースしたDIY精神あふれる彼女は、英アンチ・フォーク・シーンで今もっとも注目を集めている。美しいイギリスの田舎町の景色と一人の女の子の経験した酷い恋愛の記憶、交通事故の瞬間の考えごとなど、日常であり異常にも見えるような瞬間が鋭く切り取られ完璧に配置された歌詞世界を、美しく瑞々しくそして心地よいメロディとヴォーカルによって表現したデビュー作について、エミーに話を訊いた。





――まず、音楽を始めたきっかけを教えてください。
エミー・ザ・グレイト(以下同)「小さいころから歌をうたうのが好きだったの。特別うまかったとか、合唱隊に入ってコンクールに出たりしていたわけではなかったけどね。でもバンドとかはすごく好きだったから、学校の友達がバンドをやっているところにコーラスで参加したりしていたの。楽しかったわ。そういうところから始まったんじゃないかと思う。そういえば、ザ・クークスのルーク・プリチャード(vo)が同じ高校にいたんだけど、彼のバンドでオフスプリングとかグリーン・デイとかの曲を一緒に歌ったりしたわ」
――では曲を書き始めたのは?
 「21歳くらいからね。それまではコーラスとか人に便乗して(笑)いろいろやってきたんだけど、そういう機会もなくなってきたときに、なんとなく書くようになったの」
――音楽的な環境で育ったんでしょうか? ご家族が音楽をよく聴いたり演奏したりしていたんですか。
 「習いごとでピアノはやっていたけど、人からレッスンを受けて覚えるっていうのは得意ではなかったから、それは今の自分に繋がっているとは思ってないの。けど、父がよくギターを弾いて、おもしろい歌を作って歌ってくれていたの。それで私も一緒に歌ってたわ。弟もギターが好きで今も弾いているし、妹もよく歌っているわよ」
――どのように曲作りをしていますか?
 「ギターをなんとなく覚えて、ギターで曲を書き始めたの。すごく方法的に……言葉をとにかく詰め込んだ歌を、ひたすら書いてたの(笑)。今聴くとそれはそれでいいんだけど、でもだんだんと、間にブレイクを入れたりといった作り方も覚えるようになったわ」
――では最初は思いついた歌詞をそのまま歌っていたのですか?
 「初めの頃は1時間以内に完成しちゃうくらい、思いついたまま歌っていたわ。だんだんと、それではなかなか形にならないって壁に当たったりもするようになって……。今ではすぐにできちゃう曲もあれば、そこで終わらずに手を加えて書き上げていく曲もできるようになったの」




――現在のエミーさんの歌詞は、これまでの経験や得てきた知識などを感じさせる深みがありますよね。
 「以前、一緒に住んでいた友達がすごく早く曲を書き上げてしまう人だったから、うらやましいと思ってた。でもそれはその人が歌詞よりも音楽のほうに重きを置いているからで、いっぽう私はすごく歌詞にこだわりを持っているの。だから、自分が納得できるまでとことん練りこむし、曲の中のストーリーがもし自分のなかでピンとこなかったら、その曲は捨ててしまうっていうくらい、今は歌詞にすごくこだわりを持っているわ」
――アルバム・タイトルにもなっている楽曲「ファースト・ラヴ」はサミュエル・ベケットの小説『初恋』からインスピレーションを得ているとのことなのですが、小説とはどのように出会ったのでしょうか? また、ほかに好きな作家はいますか?
 「サミュエル・ベケットのボックス(作品集)があって、そのうちの短編のひとつとして出会ったわ。映画とか本でたまにあるんだけど――最初に観たり読んだりしたときは“何これ!?”って思ったのに、後になって好きになるっていうもののひとつが、この作品だったの。ほかに好きなのはフィリップ・ラーキン、T・S・エリオット、アン・セクストン、ジョー・オートン、アイリス・マードック、イヴリン・ウォー、チャールズ・ブコウスキー、カート・ヴォネガット……それから自叙伝とか日記が好きね」
――サミュエル・ベケットは不条理文学の代表的な作家ですが、不条理文学とは、エンタテインメント的な快感がないがゆえに、もっともリアルに現実を描き出しているとも言われています。不条理文学と自叙伝や日記、と聞くとリアリスティックなものが好きなような感じも受けるのですが。
 「私は人の生き方というもの、とくに自分の敬愛する人たちがどういう一生を送ったんだろうってことに興味があって、そこからすごく刺激を受けるの。多くの人生はそれでもやはり不条理ではなく、ハッピー・エンディングもあるんだと思う。現実主義、リアリズムっていうのを考えたとき、ハッピーであり、悲しくもあるっていう、その両方が共存しているのが人の人生なんだと思うの。だから(人生を)不条理なところで切ってそこから見たら、たしかにとても悲しいかもしれない。けれど、別なところで切ってみたらすごくハッピーかもしれないし、一概には言えない。それが人が生きるってことなんじゃないかなと思うわ」
――エミーさんの歌詞は一見難解に見えて、日常の1コマをそのまま切り取ってそこに存在する感情を表現しているものが多いと思います。その点では、不条理文学を音楽で作り出しているとも言えると思いますが?
 「何かを狙ってとか計算してということはしていないの。現実の世界ってものの見方一つでそれがいいことなのか悪いことなのか変わってくると思う。普段の私っていうのは、すごくいい部分を見ていて、逆に歌の中では悪い面というものを見てしまってるのかもしれないけど、どの歌にも、その細部に希望っていう要素を持たせているつもりよ。自分の両親を見たときに、彼らは決して若くないし、母親には他界している家族もいるし、お互いに対する情熱も昔ほどひょっとしたらないかもしれない。そういった意味では、果たしてこの人たちは幸せなのだろうかというふうにも思えるかもしれないけど、今でも2人一緒にいて、子供も立派に育って、そういう意味では彼らは幸せなのかもしれない。どういった見方をするかによって違ってくる。幸せにしたって、その裏には必ず犠牲や諦めている何かもあると考えると、全部が全部一概に幸せとも言えないとも思っているわ」
――「ファースト・ラヴ」ではレナード・コーエンの「ハレルヤ」を本歌取りしていますが、なぜですか? また詞のなかで“レナード・コーエン・ヴァージョン”と断っていますが、こだわりもあるのでしょうか。
 「歌詞を書いてて2番目のバースにきたときに、たまたまそうなったのよ。2人(詞の物語の中の男女)はカセット・テープで音楽を聴いているんだけど、こういう状況で何を聴いてるのがいいかしらって思ったときに、〈ハレルヤ〉のテープを持ってることを思い出して、〈ハレルヤ〉でいいんじゃないかしら、って思ったの。そしてこの状況であれば、レナード・コーエンのほうがロマンティックだと思った。ジェフ・バックリィのヴァージョンだと、ちょっと怖いんじゃないかな(笑)」
――最低な男性との恋愛体験を描いた歌詞のなかにおいて、「ハレルヤ」をエミーさんにとっての愛の象徴として、ある種神聖な存在として挿入したようにも思えたのですが?
 「歌の方では小説とは男女が逆転してて、女の子の方が男性に誘われて、彼の部屋に行くのよね。ここでの〈ハレルヤ〉の役割っていうのは、つまり初めて肉体関係を持つときにそれが流れていて、啓蒙されるっていうか、解放されるっていうことなの」




――「〈アブセンティー〉は古い曲」とセルフ・ライナーに書かれていますが、アルバム用に録音した楽曲でないものも収録されているのでしょうか?
 「〈アブセンティー〉は私の2つめのデモに入っていたかなり古い曲なんだけど、今回のアルバムで曲を決めるにあたって、必ずしもそのときに書いた最新のものでなくてもいいものは見捨てない、見過ごさないようにようにしよう、と考えたの。アルバムで表現したかった、イギリスの田舎の情景とか、懐かしいと思わせるパーツを持ち合わせている曲であったら、古い曲でも入れたわ。ほかにも〈ジ・イースター・パレード〉と〈シティ・ソング〉が古いんだけど、とくにこの2つは、アルバムの方向性を示すきっかけとなった曲よ」
――「イギリスの田舎をロマンティックに描きたかった」とおっしゃっていますが、これはつねに持っているテーマなのでしょうか?
 「私は今とは違う場所にいきたいと思うところから曲を作るので、楽曲を作ることであたかも自分が田舎にいるような感覚になれるっていうことが大事なことなの。だから今後もこういうテーマは続いていくと思うわ」
――実際に住んでみようとは思わないのですか?
 「田舎に行くとお店は早く閉まっちゃうし人種差別もあるし、実際は違うのよね(笑)」
――ご自身、人種差別の経験もあったのでしょうか?
 「自分自身はないんだけど、母と一緒にいるときに、バスで危ないめにあいそうになったので降り、事なきを得たことはあるわ。今回のレコーディングは田舎のスタジオで行なったんだけど、そのときに国粋主義団体みたいなものがデモをやってるのを見たり、過激なひとたちが田舎にはより多いっていうのは感じたわ」
――香港(中国)とイギリスの血が入っていることを意識したことはありますか?
 「自分のなかに問題を抱えているということはないけど、どんな人といても、たとえば香港の人といても、完璧には交わらない、なにか違うなって感じることはあるわ。イギリスの友達といてもそう。香港で育った人は、人種関係なくとくにそういう人が多いみたい。友人に純粋なオーストラリア人で香港で育った人がいるんだけど、自分が何人なのかわからないって言ってた。でもほかと違うかもって思うことも、私は気に入ってるの」
――音楽はイギリスのものがお好きなんですか?
 「ブリット・ポップがちょうど出てきたのもあって、(12歳で)ロンドンにきてからのほうが、イギリスの音楽はよく聴いたわ。香港にいたときは、アメリカのものでもっと流行ってた……ウィーザーとかを聴いてたわね」
――ご自身で音楽をやるときには、なぜアコースティックなのですか?
 「アコギしか弾けないからよ。レモンヘッズが大好きで、バンドのなかでバッキング・コーラスをする女の子にずっと憧れてはいたの。でもそれをサイド・プロジェクトでやれたので、自分のやりたいことができたっていう感じがあるの。だからバンドに対する思いはそこで満足しているのよ」
――ライヴはバンド編成で行なっているようですね。
 「今は(レコーディング時の)2人だけじゃなくメンバーが増えてもっとアグレッシヴなサウンドになっているわ。自分以外にディストーションの効いたギターの音がするのがとても好きなの。ウィーザーとかを聴いて育った影響が出ているかもしれないわね。10月のライヴのときにはバンド編成で来るわ。3段階のうちの2段階目くらい……つまり全員じゃないけどバンドでライヴをやるから、楽しみにしていてね」







取材・文/川俣裕美(2009年7月)




■EMMY THE GREAT/JOSHUA JAMES 来日公演
●日時:10月13日(火)開場:18時 / 開演:19時
●会場:東京・渋谷DUO -Music Exchange-
●料金:前売 5,000円(ドリンク別)
●チケット:ぴあ(P コード: 331-579) 、ローソン (L コード: 75276)、e+、岩盤 にて発売中
●問合せ:SMASH[TEL]03-3444-6751

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