ショパンと
シューマンが生誕200周年、
マーラーが生誕150周年を迎えた2010年。多くの新録音や復刻盤がリリースされ、作曲家の再評価を促すだけでなく、これまでにない新たな姿を見せてくれました。ここでは、そんなアニヴァーサリー・イヤーにリリースされた各作曲家のCDの中から、それぞれベスト5を厳選していただきました。この一年の復習にお役立てください!
ショパン
録音とコンクールの両面で使われた“ナショナル・エディション”文/伊熊よし子
(1)
ダン・タイ・ソン(p)
ショパン:マズルカ全集(全55曲)
(VICC-60733〜4)
(2)
辻井伸行(p)
マイ・フェイヴァリット・ショパン
(AVCL-25489)
(3)
セルゲイ・エデルマン(p)
ショパン:ピアノ・ソナタ第2番&第3番、スケルツォ第2番、2つのノクターンop.48
(OVCT-00074)
(4)
エフゲニー・ザラフィアンツ(p)
ショパン:ノクターン集
(ALCD-7145)
(5)
小山実稚恵(p)ヤツェク・カスプシク指揮シンフォニア・ヴァルソヴィア
ショパン:ピアノ協奏曲第1番&第2番
(ALCD-7145)
2010年のショパン生誕200年のメモリアル・イヤーは、第16回ショパン国際ピアノ・コンクールの開催年と重なり、世界中のピアニストが新録音を発表し、コンクールも活況を呈した。とりわけ印象的だったのが、録音とコンクールの両面でポーランドが国家の威信を賭けて長年取り組んでいるヤン・エキエル編の“ナショナル・エディション”が使われたこと。録音では2010年のショパン・コンクールの審査員を務めた
ダン・タイ・ソンと
小山実稚恵が同版を用いた録音を誕生させた。
(1)は従来の作品番号と異なっている曲もあり、テンポ、和音、旋律など既存の楽譜と比べながら聴くと、ナショナル・エディションに込められたショパンの意図が理解でき、興味深い。それらをダン・タイ・ソンは自然なルバートを駆使しながら作曲家の魂に近づくよう、ショパンの日記のように奏でている。
(2)は
辻井伸行がショパン・コンクールをはじめ、多くのステージで弾き込んできた作品をベルリンで収録したもの。自分が感じたままを素直に表現している意欲作である。
(3)はこれまで聴いてきたショパンの作品が新たな光を浴びて目の前に現れるような、斬新で説得力に満ちた演奏。
エデルマン特有の打鍵の深さ、完璧なる美、作品の構成力、適切なルバート、その奥に哲学的な精神が宿る。
(4)は静謐で敬虔で情感あふれるノクターン。
ザラフィアンツはひとつの作品をとことん研究し、極め、細部にいたるまで神経を張り巡らせる。そして究極の響きを生む。繊細で高貴で流れる水のような美しいノクターンだ。
(5)は小山実稚恵初の2曲のコンチェルト。ショパンが血となり肉となっているポーランド人の共演者と情感豊かな歌を歌い上げている。ショパン・コンクール入賞25年を記念して現地で録音した臨場感あふれるディスク。
2010年はショパン時代の楽器、プレイエルの演奏も多く、時代精神を映し出す録音も登場。ショパンの真意を追求する年となった。
シューマン
最新の研究成果や世界初録音など意欲的な企画続出!文/松本 學
(1)
ユベール・スダーン指揮 東京so
シューマン:交響曲全集(マーラー版)
(MF-21205〜6)
(2)
ガブリエル・リプキン(vc)ミシャ・カッツ指揮シンフォニア・ヴァルソヴィア
シューマン:チェロ協奏曲
(GLP0300054/輸入盤)
(3)
ダニエル・ゼペック(vn)アンドレアス・シュタイアー(p)
シューマン:ヴァイオリン・ソナタ第1番&第2番、暁の歌 他
(HMC902048/輸入盤)
(4)
内田光子(p)
シューマン:ダヴィッド同盟舞曲集、幻想曲
(UCCD-1271)
(5)
アンゲリカ・キルヒシュラーガー(Ms)ヘルムート・ドイチュ(p)
シューマン:歌曲集『女の愛と生涯』他
(SICC-1356)
さすが、生誕200年。「売れない」と言われてきたシューマンも、2010年は再発を含めると、およそ300点ほどのアルバム(含セット)がリリースされたようだ。その中から新譜に絞って5点を選んでみた。特段ジャンル別にこだわったわけではないのだが、結果的にうまく分散したので、以下ジャンルごとに眺めてみよう。
まずは交響曲部門。ここでは
スダーン、
オラモ、
ルイジ、
パーヴォ・ヤルヴィの4者が素晴らしい。その中から、パーヴォは偶数番が未リリース、ルイジはホルンや木管の音色は魅力的ながらオケに一長一短がある(+シュターツカペレ・ドレスデンでも聴いてみたかった)というやや強引な理由で外す。そして残してしかるべき仕上がりのオラモを尻目に、オーケストラとしての近年の充実とマーラー版を用いたアイディア&貴重さの総合点でスダーン&東京交響楽団(1)に決定。
管弦楽・協奏曲部門は、
リプキン自身がパッケージにまでこだわって制作したチェロ協奏曲(2)(DVD映像も含むデュアル・ディスク仕様)。独白のような冒頭から、隅々まで神経を張り巡らせた濃厚な演奏だ。オケとのアンサンブルもよい。デビュー・アルバムにヴァイオリン協奏曲を含む『ヴァイオリンと管弦楽のための作品全集』を選んだ
ノイダウアーも是非。
室内楽部門では
クイケン・ファミリーによる弦楽四重奏曲全集や、初稿を初録音した
ライプツィヒ四重奏団がお薦め。後者はラ・フォル・ジュルネでの実演では痛々しかったが、録音では充実した演奏を聴かせている。
弦楽器、とくにヴァイオリン部門では
グリンゴルツ、
グラファン、
シャウマン、それと先のノイダウアーら。しかし、如何せん
ゼペックと
シュタイアー(3)の切れ味が圧巻だ。
ピアノ部門は、情感やフォルムといった作品のあらゆる面に深く肉薄する内田(4)の演奏を推薦。しかしながら、この部門は当然のごとく激戦区で、今年は演奏のクオリティに加え、とくに新発見作品や新たな研究を盛り込んだ録音が少なくなく、どれもそれなりに貴重でもある。さらに、
ピート・クイケンや
ベズイデンホウト、
ベンヴニュ・フォルテピアノ三重奏団(これは室内楽部門だが)といったピリオド楽器陣も加わる。
研究でいえば、ドラハイムとの共同でピアノ作品の第1版録音を開始した
ウーリヒと、ベーンハウェルや自らの演奏者視点から研究・補筆、さらに周辺作品も収録した
ヴィノクールの2名。とくにウーリヒはプロジェクトが始まったばかりなので、今後注目してゆきたい(全15枚のうち、第2集まで既出)。新発見方面では、
キルシュネライトが「予感」を世界初収録した。その他に、
コルスティクや
プロッセダ、
シュニーダーらも聴いてみてほしい。
声楽部門では、
プレガルディエンも参加した南ドイツ室内合唱団の「薔薇の巡礼」を傍目に、いささか反則ながらキルヒシュラーガー(5)。というのもこの録音、じつは没後150周年記念として数年前にスイスでCDブックとして出されていたものである(筆者はそちらで聴いていた)。なので純然たる新譜というわけではないのだが、そちらは入手しにくいだろうし、今年晴れて国内盤となったので、是非お薦めしておきたい。深すぎず、明るすぎない中間的な声が実に瑞々しく美しい。ドイチュのピアノも万全。
最後に、選に入れられなかったものについて少々。
“その他”という区分けにしたくないのが合唱とオルガン。たしかに今年ですら新譜は極少でながら、合唱は
ジングフォニカーの『男声合唱作品集』、オルガンでは
ホスパハ=マルティーニによる全集は持っていたい。
映像では
ハーディングの「ライン」&「ミニョンのためのレクイエム」他盤。会場となった聖母教会の美しさは是非
Blu-rayで。
番外は、「ロマンサンドル」(レーベルの日本語表記はロマンセンドレス)と感動的なまでの「暁の歌」を収録した
ホリガー作品集。
再発ではあるが、DG、SONY/BMG、EMI、Hyperion、Cascavelle、Brilliant各社から出されたボックスは、単売されていない音源が含まれていたりもするので入手可能なうちに押さえておきたい。
マーラー
市場のキャパは限界、音楽的な充実度での勝負ありき文/相場ひろ
(1)
ラファエル・クーベリック指揮ウィーンpo、ヒルデ・レッセル=マイダン(Ms)ヴァルデマール・クメント(T)
マーラー:大地の歌 他
(ORFEOR820102/輸入盤)
(2)
エサ=ペッカ・サロネン指揮フィルハーモニアo
マーラー:交響曲第9番
(SIGCD188/輸入盤)
(3)
パーヴォ・ヤルヴィ指揮フランクフルト放送so、オルフェオン・ドノスティアラ、ナタリー・デセイ(S)アリス・クート(Ms)
マーラー:交響曲第2番「復活」
(TOCE-90137〜8)
(4)
マンフレッド・ホーネック指揮ピッツバーグso、スンハエ・イム(S)
マーラー:交響曲第4番
(UCCD-1271)
(5)
デイヴィッド・ジンマン指揮チューリヒ・トーンハレo
マーラー:交響曲第10番(カーペンター補筆版)
(SICC-10108)
2010年が生誕150周年、2011年が死去100周年ということで、2年連続でアニヴァーサリー・イヤーを迎えるマーラーだけれど、演奏会にかかる回数が目立って増えたといった話はあまり聞かない。しばらく以前から日本では演奏会の主要レパートリーとして頻繁に採り上げられているし、市場のキャパシティはすでに限界に近づいているのではなかろうか。ディスクにおいても、一つのレーベルが複数の全集録音を同時進行させるなど、マーラーの録音はここ数年むしろ多すぎる印象を受ける。
その中で注目に値する出来事といえば、
ブーレーズ(DG)と
ティルソン・トーマス(Avie)による歌曲を含む全集録音が有終の美を迎えたことだろう。ジンマン(5)も第10番を珍しいカーペンター版で収録し、近代的な機能性と淡い色彩美を結びつけたツィクルスに花を添えた。他方、パーヴォ・ヤルヴィも第2番の録音(3)によって本格的にマーラーの交響曲録音に乗り出した。ジンマン同様に深刻ぶった身振りを抑制しつつも、抒情的でロマンティックな音楽に仕上げて個性的だ。また、ジンマンがヨーロッパのオケにアメリカの演奏美学を持ち込んだのと対照的に、ホーネックはアメリカのオケを相手にウィーン風の情緒と鋭角的な細部の掘り起こしの両立を目指す。最新作の第4番(4)は、前作の第1番に比べて解釈の徹底と音色の作り込みで長足の進歩を示しており、ようやく本領を発揮したというべきか。
さて、今年リリースされたマーラーの中で、筆者がいちばん強い感銘を受けたのはクーベリック&ウィーン・フィルの「大地の歌」(1)と、サロネン&フィルハーモニア管の第9番(2)。前者は音の古いライヴ(1959年)ながら、ぎらぎらした表現意欲を剥き出しにして独唱を引っ張る緊張感の高さが鮮烈だし、後者は細部を明快に彫琢しつつ、速めのテンポで沸き立つような生命感を全編にみなぎらせた解釈がすばらしい。