――まずは、そのユニークなバンド名の由来を教えてください。
スコット・ハチソン(以下、同) 「これは両親が僕につけたニックネームなんだ。僕がまだ小さかった頃、誰かに話しかける勇気がなくて、一人ぼっちで座っていた時に、まるで“怯えたウサギ(=フライトゥンド・ラビット)”みたいな顔をしてたんだって(笑)」
――前作『ザ・ミッドナイト・オルガン・ファイト』で大きな成功を収めましたが、周囲の変化は激しかったんじゃないですか?
「まったく劇的に変わったね。急にライヴに人が集まるようになったし、とても忙しくなった。パートタイムのミュージシャンじゃなくて、本当にプロのバンドになったんだって気がしたよ。新作を作るにあたっては、すごいプレッシャーがあったけど、それがよかった。プレッシャーがあったからこそ、どうしたら前作を凌ぐアルバムを作れるのかと、やるべきことを突き詰めていけたんだ」
――前作に続いてピーター・ケイティスをプロデューサーに起用していますが。彼とチームを組むきっかけは何だったのでしょう?
「所属しているファットキャット・レーベルのアメリカ支社の社長が紹介してくれたんだ。もともとピーターが手がけているアーティストはどれも好きで、とくに
ザ・ナショナルと
ザ・トワイライト・サッドの大ファンなんだよ。彼はサウンドの中に多くの“間”を持ち込んで、音が呼吸できるスペースを作り出している。しかも同時にとてもパワフルで、サウンドを物凄く広大なものにしてくれるんだ。そこがピーターの素晴らしいところだね」
――あなたの音楽はとても繊細で、ときに物悲しくもあると思うのですが、でも決してネガティヴなフィーリングを与えず、つねにどこかに希望を持っているように思います。
「そうだね。人間のダークな要素を見つけ出していくのが好きなんだ。でも、真っ暗なトンネルの出口には必ず光が存在しているべきだと思う。僕は人間の感情を最大限の振り幅で描きたい。一曲の中にさまざまな心情のコントラストが描けたら、それは素晴らしいと思うよ」
――また、歌唱や詞作からは、心の底からあふれ出て、抑えきれない感情を一気に吐き出しているような印象を受けます。そういう感情はどのように生まれてくるのでしょう?
「僕にとって曲や詞を書くことは、自分自身を表現するのに最も効果的な、そして、たぶんただ一つの方法なんだと思う。僕は話しをするのが得意じゃないから。曲を書くために座り込んでいると、内面にあるすべてのものが一気にあふれ出してくるんだ。いつもひとりぼっちになって曲を書くようにしているんだけど、内省的な思考を曲に反映させるにはそれが一番なんだよ」
――あなたは作品のアートワークも手がけています。グラスゴー・スクール・オブ・アートの出身だそうですが、どんな音楽やアートにインスピレーションを受けてきたのでしょう?
「曲作りを始めたころは、
ウィルコとか
ウィスキータウン、ローラ・カントレル、
アイアン&ワインなど、オルタナ・カントリーをたくさん聴いていたね。もちろん地元のバンドにも大いに影響されていて、
ザ・デルガドスや
モグワイ、
アイドルワイルドが大好きだよ。アートで言えば、ダダイズムが好きなんだ。ハンナ・ヘッヒ、マルセル・デュシャン、フランセス・ピカビアのようなアーティストに、インスピレーションを受けているよ。それに、クリス・ウェアや
ダニエル・クロウズのような、グラフィック・アーティストにも。僕は曲作りの際にも、つねにヴィジュアル・イメージを思い描くように意識しているんだ。リスナーにも、曲を通して何かヴィジュアルを思い浮かべてもらえたり、曲を聴くことで何かのストーリーが広がっていくような経験をしてもらえることが理想だね」
――たしかに、あなたの音楽からはヴィジュアル・イメージを喚起させられる気がします。そんなあなた自身は、新作『ザ・ウィンター・オブ・ミックス・ドリンク』についてどのようなイメージを抱いているのですか?
「このアルバムは、激しく波打つ大海が強いイメージになっていると思う。それに、スコットランドの情景(天候)というのはつねに移ろっているけど、このアルバムの上にも多くの移ろいゆく景色が見えると思うよ。僕は、音楽を聴くことでどこか別の場所にワープしてしまえるような感覚が好きなんだけど、このアルバムでそんな気持ちを味わってもらえたら嬉しいな」
取材・文/房賀辰男(2010年4月)