藤木大地、日本が世界に誇るカウンターテナーが舞台をもとにした新作アルバムを発表

藤木大地   2021/11/19掲載
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 デビュー・アルバム『死んだ男の残したものは』をリリースしたのは2017年4月7日。同じ日にウィーン国立歌劇場に東洋人カウンターテナーとして初めて出演し、世界的にその名を知らしめた藤木大地。カウンターテナーならではの繊細さと力強さを持った美声、的確な発語、そして豊かな表現力を身に付けた、日本が世界に誇る歌手だ。新しいアルバム『いのちのうた』は、2020年に東京初演された舞台『400歳のカストラート』をもとにした構成。彼の魅力がたっぷりと詰まっている。
――アルバムのお話の前に、まずウィーン国立歌劇場出演のことを聞かせてください。
「留学した折りに、天井桟敷に通っていた憧れの劇場。時が経って機会をつかみ、代役としてオーケストラピットの上方のロジェで控えていたこともあります。その時はオーケストラピットを飛び越えてあの舞台に立ちたい、と強く思いました。その後デビューが決まり、最初のリハーサルの時に、射し込んできた夕日が僕を祝福してくれるように思い、感激しました。公演には4回出演させていただいたのですが、本当に幸せな時間でした。また出演できるといいなと、心から思っています」
――ほかに歌ってみたいと思う劇場はありますか?
「ミラノ・スカラ座、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場にも憧れています。バロック・オペラではカウンターテナーが主役の演目がたくさんありますし、僕の好きなコンテンポラリー作品にも出番があります。できることなら、そういった劇場で現代作曲家の作品の初演にも関わりたいと思っています」
――今回のアルバムは舞台『400歳のカストラート』をもとにしたものだそうですね。その舞台のことを教えてください。
「2018年のある日、何か新しい企画を考えてほしいと東京文化会館さんから電話がありました。突然のお話だったのですが、とにかくお引き受けすることに。リサイタルとしては、カストラートが歌った曲で構成するという温めていた企画を、もっとオリジナルなものにしようとしました。そこで、もしカストラートになるために去勢することを禁じられなかったら、つまり現代にもカストラートが実在したら、というアイディアを思いつきました。最終的には、バロック期に生まれ、不死の力を与えられた人気のカストラートが、それぞれの時代のさまざまな作品を歌いながら現代まで生き続ける、というモノオペラのような舞台にすることにしたのです」
藤木大地
――藤木さん自身が考え出したのですね。音楽面では、作曲家でピアニストの加藤昌則さんが力を発揮されていますね。
「加藤さんとは2016年に仕事で出会い、プライベートでも親しくさせていただくようになり、その年の終わりには僕のために曲も書いてくださいました。この舞台制作にあたっては、伴奏をピアノと弦楽四重奏用に編曲して、音楽稽古を主導し、さらにはこのCDのブックレットの楽曲解説も書いてくださいました。すべてを僕の思った以上に仕上げてくださった加藤さんは、天才です」
――満場の感動を呼んだ舞台をライヴ収録するのではなく、あらためて録音セッションを行なったのですね。
「舞台をご覧になっていない方に向けてもお届けしたいですし、たんなるサントラ盤にはしたくなかったのです。演奏者もできるだけ新しい人がいいと思い、ヴァイオリンの成田達輝さん以外は、直接お声をかけさせていただきました」
――ソリストとして活躍するヴァイオリンの小林美樹さん、チェロの中木健二さん、ピアノの松本和将さん、そしてヴィオラの川本嘉子さん。まさに豪華な顔ぶれとなりました。
「それに加藤さんの指揮も加わって、本当にすごい演奏メンバーとなりました。みなさん、僕の歌に興味を持ってくださって、快く承諾してくださったんですよ。演奏がすばらしいうえに、人柄も良い人たちばかり。アーティストとしてお互いを尊敬し合いながら、それぞれが本気を出す。中でも成田さんと小林さんには、ともにファースト・パートという感じで、その個性をバチバチとぶつけ合っていただきました。このメンバーとともにコンサートができないかと、すでに計画しているところです」
藤木大地
――藤木さんの歌の力もすごいです。多様なスタイルの歌を取り込んでいることも魅力で、日本語もきちんと伝わってきます。
「バロックとコンテンポラリーの作品がカストラートやカウンターテナーのオリジナルですが、自分にしかできないことを取り入れたいと考えました。今回はイタリア語、ドイツ語、英語、ラテン語、そして日本語の歌で構成し、言語によって発語を変えて歌詞が伝わるように工夫しています。声も大事ですが、それ以上に歌詞を伝えたいと思っているんです。歌詞やテキストがあればこその“歌”なのですから」
――タイトル曲「いのちの歌」が示すように、アルバム全体としてのコンセプトは“人生”なのですね。それで思い出したのですが、藤木さんには歌手生命の危機があったのでした。
「ウィーンに留学する以前のことですが、ヨーロッパで自分のテノール歌手としての未熟さを思い知らされ、また自分の声と技術が本当に表現したいところには全然届いていないことにも気づき、歌をやめようとしていた時期もありました。その後、プロデューサーになろうと経営学を学びにウィーンに留学したのです。その時に、あちらこちらでお話ししている“風邪で声が出なくなり、裏声で歌ってみたら思いがけずいい声が出た”という経験をしました。その声に自信を持つことができるようになり、歌う幸せも感じられるようになっていきました。今はこの声を大事にしていかなければと思い、1日に歌う時間を制限しています。2時間のリサイタルの開演前にあたためるのは15分程度。なので、数日間にわたって歌い続けるレコーディングは、じつはとても過酷な作業。いつも関わってくださる皆さんに助けられています」
――歌をやめようとしていた時期にはオペラプロデューサーのアシスタントや、サイトウ・キネン・フェスティバル松本などで舞台制作スタッフも務めたそうですね。そうした経験が舞台『400歳のカストラート』制作にもつながった。
「今回のアルバムもきっちりと“売れるもの”にしなければならないと思いました。数多いCDの中からチョイスしていただける内容にしなければならないと。幸いにも前作を多くの方々に買っていただけたので、今回につながっているのだと感謝しています。できれば年一枚のペースでアルバムを作れたらいいなと思っています。アルバム制作は、日々の演奏活動で歌ったものを録音という形にしていく作業だと考えています。その時にしかできない音楽活動を行ない、それを今回のように録音できたらと」
――次の企画も動き始めているようですね。
「まず『400歳のカストラート』の再演の企画があり、この10月にはモノオペラの新作(『ひとでなしの恋』)もあります。2021年9月からは、横浜みなとみらいホールのプロデューサーに就任しました」
――以前に経験した、歌えなくなるという恐怖のようなものはないですか?
「やりたいことをさせていただいているので、いつ歌えなくなっても後悔のないように毎日を過ごしています」
――その強い思いが“唯一無二の声”の魅力を支えているのですね。
取材・文/堀江昭朗
Photo by Hiromasa
Information
〈鈴木雅明 バッハ・コレギウム・ジャパン《第九》〉
東京・東京オペラシティ コンサートホール
12月16日(木)19:00開演

〈読響との第九公演〉指揮=アレホ・ペレス
東京・東京芸術劇場
12月18日(土)14:00開演 第243回土曜マチネーシリーズ
12月19日(日)14:00開演 第243回土曜マチネーシリーズ
12月20日(月)19:00開演 「第九」特別演奏会
東京・サントリーホール
12月22日(水)19:00開演 SHINRYO Presents「第九」特別演奏会
12月23日(木)19:00開演 第648回名曲シリーズ
大阪・フェスティバルホール
12月24日(金)19:00開演 第31回大阪定期演奏会

他、出演公演の詳細は藤木大地のオフィシャル・サイトをご覧ください。https://www.daichifujiki.com/
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