河村尚子と金子三勇士へのインタビューを行なった
前編に引き続き、後編のインタビューは高島明石の演奏を担当した福間洸太朗と、風間塵の演奏を務めた藤田真央に行なった。今回もそれぞれの役や、物語のカギを握る「春と修羅」への取り組み、そしてコンクールへの向き合い方など、熱く語ってくれた。
福間洸太朗 Interview
©Marc Bouhiron
――家族を持ち、サラリーマン・ピアニストとして“芳ヶ江国際ピアノコンクール”に参加した高島明石と、ピアニストとして国際的に活動されている福間さんとは対局のように思えるのですが、明石の演奏にあたって工夫されたことはありますか?
「いろいろとあります。まずは原作の小説を繰り返し読み、明石の演奏のイメージを具体的に考えていきました。明石はけっして奇抜な演奏をするタイプではないと思ったので、楽譜に忠実な演奏を意識しています。彼に似た部分は自分の中にも結構あって、とくに留学する前の自分にはかなり近いと思いました」
――福間さんも明石のように悩み苦しまれたご経験があるのですね。
「同世代の素晴らしいピアニストたちにコンプレックスを持っていた時期もありましたし、コンクールでいい結果が出せずに悩んだこともありました。ただ、挫折することはあってもピアノや音楽に対する愛情は誰にも負けない、という自信がありました。明石もそうですよね。仕事をしながらも中身の濃い練習をしてきたという自負や、ピアノを弾ける喜びを知っていることに対する自信について物語の中で語っていますが、その部分にかなり共感し、大切にしました。そして彼の中には妻と子供に対する“無条件の愛”があることも意識しています」
――かなり役を意識して演奏していたのですね。
「最年長の参加者ですし、落ち着いた大人の演奏……ということはかなり意識しました。とくに今回初めて録音したバッハの平均律ではそれが出ていると思います」
――福間さんはバッハを録音されていないのですよね。少し意外な気がします。
「バッハは大好きですが、録音したことはありませんでした。ですから今回録音した平均律は今のところ私の唯一のバッハの録音です(笑)」
――アルバム全体を通して、福間さんの演奏から、クリアでありながら包み込まれるような優しさを感じました。「春と修羅」は、テーマの部分は共通しているのに演奏者によってまったく違って聞こえたのですが、福間さんはどのようなイメージを持って演奏されていたのでしょう?
「テーマの部分からは“水”、あとは夜空の星の輝きといったイメージを強く持ちました。途中の動きが出てくる部分からはラヴェルの〈水の戯れ〉のようなものも見えてきます。なので収録順も〈水の戯れ〉から〈春と修羅〉へとつながるように並べました。また、明石の持っている家族への愛情……とくに子供に対する“無条件の愛”を込めて演奏しています」
――包み込まれるような温かさはそこから出てきたものなんですね。劇中で明石も成長を遂げ、音楽家として生きる道を見出していきます。今回演奏を担当されて福間さんにも何か変化はありましたか?
「小説を拝読し、いろいろなことを考えました。そのなかで、悩みながらも“音楽を愛する気持ちはだれにも負けない! つねにハートがある演奏をしたい”という気持ちをあらためて思い出しましたね」
――福間さんが音楽家として生きていく決意を固めたタイミングやきっかけについて教えていただけますか?
「一生音楽に携わっていたい、と思ったのは14歳の時です。ちょうど進路を意識する時期に、自分にとって初めての国際コンクールを受け、入賞することができました。その時に審査員の先生の一人から“いまの音楽性を大切にすれば将来いいピアニストになれるよ”と仰っていただき、全力でピアノに向かう勇気をもらいました。じつはその6年後、“クリーヴランド国際ピアノ・コンクール”の優勝記念に行われたニューヨークでのデビュー・リサイタルに、その先生が聴きに来てくださったんです。コンクールはそういう“出会い”も与えてくれる場なんですよね」
――コンクールを通して福間さんは得難いものを得られたのですね。
「そうですね、コンクールを受けるときにはもちろんプレッシャーがありますし、悩むこともあります。ただ、仮に優勝できなかったとしても、演奏を聴いてコンサートにお越しくださる方がいたり、先ほどのような出会いや次につながることもたくさんあります。けっして結果に囚われることなく挑戦すべきものだと思うのです」
藤田真央 Interview
©武藤章
――演奏を担当されることが決まるずいぶん前から原作を読まれていたそうですね。
「はい! これはぜひお伝えしたいのですが、直木賞&本屋大賞のW受賞をされるずっと前から読んでいました」
――読んでいる時にもっとも共感した登場人物は誰でしたか?
「やはり塵くんですね。バックステージでの雰囲気など、近い部分がたくさんあるんです」
――演奏されるにあたっては塵のことを意識されましたか?
「あまりそれは意識しませんでした。ただ、私のコンサートに石川慶監督がいらしてくださり、“塵くんそのものだね”と仰っていただけたんです。それに自信をいただいたこともあって(笑)、自分の演奏をしました。ただ、サティの〈ジュ・トゥ・ヴ〉は塵くんを意識したかもしれません。繰り返しが多い曲なので、きっと彼なら少しずつ多彩な変化をさせていくだろうなと。彼はものすごいテクニックを持っていますが、それで攻めるというよりはニュアンスを聴かせるタイプなのでは、と思っています。モーツァルトのソナタでもハーモニーのつけかたや音色の変化などはいろいろ工夫していて、きっと塵くんもこういう演奏をするのではないかと思います。ぜひこのモーツァルトは皆さんに聴いていただきたいです。第2主題の部分にぜひ注目してください!」
――お話を伺っていると、そもそも藤田さんと塵はかなり近いピアニストだったのでしょうね。ところで、塵のコンクールでの選曲はかなり異質ですよね。数々のコンクールを受けてこられた藤田さんから見ていかがですか?
「(原作の)ページをめくると登場人物のコンクール演奏曲が一覧になっていますが、それを見てびっくりしました(笑)。でも、サン=サーンスの〈アフリカ幻想曲〉を編曲しての参加は、“チャイコフスキー国際コンクール”で優勝したときのミハイル・プレトニョフみたいですね」
――藤田さんは編曲や作曲についてはいかがですか?
「モーツァルトのピアノ協奏曲のカデンツァは自分で書いています。“クララ・ハスキル国際ピアノ・コンクール”を受けた時の第24番のカデンツァも自作でした。カデンツァは本来奏者の自由な表現の場ですし、奏者の“色”が出る部分だと思うんです。そのピアニストが何に重きを置いているか、どんな奏法で育ったか……ということも見えてきますから、もっと自作を弾く人が増えてもいいのになぁと思います」
――カデンツァといえば「春と修羅」にも出てきますが、この作品を弾いてみていかがでしたか?
「本当にすばらしい作品です。小説の描写がすごく緻密に音で表現されていますし、また本当に多彩な表現が盛り込まれているので、ピアノという楽器への挑戦、可能性を感じました」
――共通しているテーマの部分が4名それぞれあれだけ違うことにも驚かされました。藤田さんの演奏はとてもポリフォニックな印象でした。一つの旋律の中でも対話が聞こえてくるような……。
「ハーモニーの変化や連なる音同士のかかわりなどを意識しながら演奏していきました。楽譜にはアーティキュレーションや強弱、発想記号などがかなり詳細に書かれているので、それを表現しようと努めながら、そのなかでどれだけ“自分の色”を出せるかにも挑戦しました。これはきっとみなさんもそうだと思います」
――最後に、数々のコンクールで素晴らしい成果を挙げてこられた藤田さんにぜひお伺いしたいのですが、藤田さんはコンクールについてどう考えていらっしゃるのでしょうか。
「とにかく自分の演奏をやりきること……ただこれがいちばん難しいのですがそれにつきると思います。あと、コンクールはそれこそ『蜜蜂と遠雷』の登場人物のように、ファイナリスト同士で仲良くなれるんですよ。“チャイコフスキー国際コンクール”の時も出場者とすごく仲良くなりました。コンクールに出場すると、自分の知らない部分を知ったり友達ができたり、たくさんの“出会い”に恵まれます。そのことに感謝していますし、その出会いをこれからも大切にしていきたいと思います」
取材・文/長井進之介
■映画『蜜蜂と遠雷』https://mitsubachi-enrai-movie.jp/2019年10月4日(金)全国公開
松岡茉優 松坂桃李 森崎ウィン
鈴鹿央士(新人) 臼田あさ美 ブルゾンちえみ 福島リラ / 眞島秀和 片桐はいり 光石 研
平田 満 アンジェイ・ヒラ 斉藤由貴 鹿賀丈史
原作: 恩田陸「蜜蜂と遠雷」(幻冬舎文庫)
監督・脚本・編集: 石川 慶
「春と修羅」作曲: 藤倉 大
ピアノ演奏: 河村尚子 福間洸太朗 金子三勇士 藤田真央
オーケストラ演奏: 東京フィルハーモニー交響楽団(指揮: 円光寺雅彦)
配給: 東宝
©2019映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会