――新作『Very』は、ミキさんがこれまで培ってきたものがいい形で昇華された作品って印象を受けたんですが、どんなアルバムを目指したんですか。 フルカワミキ(以下、同) 「前の『Bondage Heart』はバンド・サウンド寄りのアルバムだったので、次やるなら、いろんな音が飛び出してくるにぎやかな感じにしようと思っていたんです。これまで培ってきたものやそのとき好きな音を自然に出したら、ソロならではの面白いものになるかなって」
――エレクトロからバンド・サウンドまで振れ幅が広く、シングルになった「サイハテ」はヴォーカロイド曲のカヴァーだったり、かなり自由度高く作ってるなって。 「世界的に見ても、
LCDサウンドシステムとか、バンドをやりながら、ほかのプロジェクトではDJとか打ち込みをやってる人も多いじゃないですか。そういうフレキシブル感で音楽を活性させてる人が多いし。そこで私も、バンド・サウンドだけとか縛りを作る必要もないし、そうすることで自分も楽しくできるから。家でデモを作るときはギターやベースよりも鍵盤で作ることが多いんで、打ち込みの方が自然体なんですよね。もちろん生のバンド・サウンドでいいなって曲はそうやって作るし。ただ今回は生で録ったものを、頭の中で一度解体して組み立てるような遊びもしてみたんです。元々、生のベースだったのを、こっちの方がいいなってシンセ・ベースに変えたりとか。リミックスみたいなものが原曲になったり」
――今回のアルバムは明るいコード進行の曲が多いですね。マイナー・コードの曲でも、歌詞の世界観がすごくポジティヴだったり。
「言葉やアレンジの落としどころで、暗いものはあまりチョイスしなかったんです。聴き手の状態によって、ポジティヴに響くのか違うニュアンスで取れるのかって余白は残したいって曲もあったし。でも、なるべく聴いてくれる人にはハッピーな気持ちになってほしいなって」
――それは、今の世の中の空気が影響してる?
「そうですね。やっぱり暗いものはあまり聴きたくないんじゃないかなって。周りの人からもリアルに世知辛い話とか聞くし、だから笑っていきましょうってテンションでしたね」
――曲に触れていくと、1曲目の「I'm On Earth」は、エレクトロニックな爽快感溢れるナンバーですね。
「私、夜型人間だからどちらかというと夜っぽい曲が多かったけど、珍しく朝方っぽい曲だし、外に出て気持ちいいみたいな感じから始まりたくて1曲目にしたんです。これは走ってるときを想像しながら展開を考えた曲で、スタジオにシューズ持ち込んでちょっと小走りで想像しながら、“ここに音足して”って作っていったんです(笑)」
――それは面白い(笑)。続く「金魚」は、バンド感とエレクトロ感がミックスした躍動感を感じさせる曲です。金魚をモチーフにしてるのも独特だなと。
「アルバムの前半は立て続けに勢いある感じにしたかったんです。金魚って囲われた中で泳いでるけど、それって人間っぽいなって。その中でどれだけ自由に動けるかって感じがいいなと思って書いたんです」
――アルバムは前半がダンサブルなモードで、ニューウェイヴ的な「Ice Way」からの後半は比較的ディープなモードへと進んでいきます。エレクトロ・ポップな「Star Pain」でメロディアスなサウンドを聴かせたあとの、ラスト・チューン「Harmony」は不穏さと穏やかさの中間をいく印象的な楽曲ですね。
「すごく重力がある感じですよね(笑)。これは即興性が高い曲で、レコーディングも面白かったんです。最初はシンベと歌だけだったものを、バンド・メンバーにスタジオで聴いてもらって録ったんです。
沼澤(尚)さんのドラムは装飾的な感じで演奏してもらって、ベースの
ナスノ(ミツル)さんには、コードにとらわれないアプローチの短いフレーズをお願いしたら、すごいのを出してくれてヤバいって思いました(笑)。自分の中で、ウロコのあるデカい龍がうねる感じの映像が浮かんですごく面白かった。これでアルバムは大丈夫って思いましたね(笑)」
――では、タイトルの『Very』にはどんな思いが込められてるんですか。 「とてもとてもな気持ちでお送りしますって感じ(笑)。美しいとか楽しいとか感情を伝えるとき、より際立たせるために“Very”って付けるじゃないですか。私はそのくらいの気持ちで曲を作ってるし、みなさんに届けたいと思ってるんです。リボン代わりの言葉で『Very』がいいかなって。制作にも時間がすごくかかったし、曲のバリエーションもいろいろありますよってことでの『Very』でもあるし」
――なるほど。アルバムが完成して、今どんな思いがありますか。
「私は毎回、初めましてな感じでアルバムを作ってるんですよ。私の過去を知ってる人はもちろん、知らない人にも向けて作っているから。そういう人と会いたいなって。何かしら引っ掛かりのある音を散りばめた作品になっているので、ぜひ聴いてほしいですね」
取材・文/土屋恵介(2010年2月)