素晴らしい演奏家のみなさんと出会い、サントラを作れたのは本当に幸せ――作曲家、富貴晴美が語る『西郷どん』の音楽

富貴晴美   2018/08/08掲載
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 薩摩の下級武士から明治維新の立役者となった西郷隆盛を“愛にあふれたリーダー”として描くNHK大河ドラマ『西郷どん』。そのメインテーマを初めて耳にした時、思わず口ずさみたくなるような明るい音楽に驚かれた視聴者も多いのではないだろうか。NHK連続テレビ小説『マッサン』やNHKのTVアニメ『ピアノの森』の音楽で知られる作曲家、富貴晴美が目指したのは、「若々しくてドジでおっちょこちょいだけど、人一倍真っ直ぐな」キャラクター、西郷どんを音楽で表現することだった。ブラスバンドで奄美の音階を鳴らすという、これまでの大河ドラマの威厳に満ちたテーマ作りからは想像もつかない大胆な作曲アプローチ。その奇抜さ、豪胆さが、すでに“西郷どん”的であると言っていい。
 メインテーマ作曲のいきさつについては、『CDジャーナル』本誌8・9月合併号掲載のインタビューをお読みいただくこととして、今回は富貴が作曲リサーチのために訪れた奄美大島での出会いの数々、そしてサントラ第2集に収録されている“歌”の数々を中心に話を伺った。
――まず現在発売中のサントラ第1集では、ケルト・ミュージックと奄美の島唄を共演させるという発想に度肝を抜かれました。
「薩摩民族は、基本的に“戦闘民族”だと思うんです。一例を挙げると、薩摩藩に伝わる剣術“示現(じげん)流”は、“守り”の剣術ではなく“攻め”の剣術ですね。最初の“攻め”で相手を倒さないと、“守り”がないのでこちらが倒されてしまう。だから、音楽も無骨で猛々しくあるべきだし、きれいな編成でまとめる必要もないのではないかと。そこで、ケルト・バンドのtricolorさんと奄美バンドのマブリさんという2つのバンドをあえてぶつけて“戦わせ”、薩摩の荒削りな部分を表現したかったんです」
――そして今回発売されたサントラ第2集で、江戸編の音楽をジャズで書かれたのは正直びっくりしました。
「西郷さんが薩摩から江戸に出てきた時、彼が品川宿の磯田屋(注: 女郎屋)で目にしたカルチャーショックというのは、日本からいきなりニューヨークに出てきてブロードウェイを見るのと同じくらい、大きかったと思うんですね。今の鹿児島の人が東京に出てくるのとは、訳が違う。完全に外国ですね。そこで江戸編の音楽をジャズにしようと思いました」
――ジャズと言えばもうひとつ、「西郷どん紀行〜奄美大島・沖永良部島編〜敬天愛人Ver.」と「西郷どんJAZZ」で山下洋輔さんがピアノを弾かれていますね。
「山下先生は小吉の医師役で出演もされているのですが(注: 第1回〈薩摩のやっせんぼ〉)、山下先生の曽祖父(注: 山下龍右衛門房親)は西郷さんの計らいで上京し、警察組織の創設に携われたんですね。その縁もあって出演されているのですが、あれほど偉大な先生がたった1話の出演だけなんて、もったいない(笑)。山下先生のライヴはこれまで何度も足を運んでいましたし、(富貴の母校の)国立音楽大学の大先輩でもあるので、ぜひ演奏もしていただけたら、ということでお願いしました」
――今回、『紀行』の音楽がすべてヴォーカル曲なのも、斬新な試みです。
「今までの大河ドラマですと、『紀行』の音楽はクラシックのアーティストさんが演奏されることが多かったのですが、歌というのはあまりなかったので、今回はインストではなくヴォーカル曲、しかも全部ジャンルが異なる5人の歌い手さんにお願いしようと。まずクラシックのサラ・オレインさん、2人目がサーフロック / カントリーの平井大さん、それから島唄の城南海さんと山下先生のピアノ、4人目がミュージカルの山崎育三郎さん、5人目は誰にしようか考え中です」
――ドラマの中で流れてくるサラさんの歌声が、ちょうどエンニオ・モリコーネのソプラノの使い方を彷彿とさせて、ウルッと来ました。
「西郷さんに背負われた母、満佐が桜島を目にしながら息絶えるシーン(注: 第7回〈背中の母〉)のために書いた〈我が故郷〉(サントラ第1集収録)という曲なのですが、薩摩の人にとって、桜島は“母なる故郷”の象徴なんですね。実際、鹿児島に行くと、どこにいても桜島が見える。つねに温かく見守ってくれる母のような存在です。そんな桜島の“母性”を表現するのに、サラさんの声がピッタリだと感じました」
――作曲にあたって、鹿児島に何度も足を運ばれたとか。
「もともと鹿児島は大好きで、学生の頃から何度も訪れていたのですが、しばらくご無沙汰だったので、メインテーマを書く前に鹿児島に行ったんです。西郷さんの生涯を見てみると、やはり“島”の存在は外せないので、まだ訪れたことがない奄美大島と沖永良部島に行ってみようと。島唄も、もともと好きではあったのですが、毎日聴いていたわけではないし、専門的に学んだこともないので、現地でしっかり聴いてみたいという目的もありました。奄美大島では、まず奄美竪琴の演奏家、盛山貴男さんにお会いしました。ご自分で楽器も作られていて、彼がいなくなったら後継者もいないので竪琴も無くなってしまうという、とても貴重な楽器なんです。その盛山さんの工房で演奏つきのレクチャーを5時間くらい受けまして、分厚い理論書のコピーまでいただきました。“これを読めば竪琴のことが全部わかるから、家でも作れるよ”と(笑)。それほどしっかりした理論に基づいて奄美竪琴が演奏されているのを初めて知り、これは絶対『西郷どん』の音楽でも使いたいと思ったんです」
富貴晴美
富貴晴美
――島唄に関しては、どんな収穫がありましたか?
「奄美大島の中心街に、島唄の歌い手さんが集まる居酒屋さんがありまして、そこのご主人に紹介していただいたのが前山真吾さんという、奄美民謡大賞で新人賞を受賞している若い歌い手さんだったんです。もう夜の11時を過ぎていたのに、わざわざお店まで来てくださって、演奏を聴かせていただきました。そこから夜中まで島唄談義で盛り上がったんです(笑)。たとえば、奄美大島の先端の笠利(かさり)町の島唄と、西郷さんと愛加那さんが暮らしていた龍郷(たつごう)町の島唄では、リズムのとり方がまったく違うとか。だったら、龍郷町の島唄を『西郷どん』の音楽に採り入れたいなあと。それと“そもそも西郷さんは、実際にどんな島唄を聴いていたのか?”という疑問があったので、“おそらくこれは聴いていたに違いない”という島唄を実際に演奏していただきました。そこでわかったのが、奄美の人たちは昔から毎晩飲みながら島太鼓のチヂンと三線を聴いていたので、西郷さんもチヂンと三線は絶対聴いているはずだと」
――ほとんど民俗音楽のフィールドワーク状態ですね(笑)。
「みなさんの演奏が本当に素晴らしかったので、3月に録音スタッフを連れ、サントラ用に奄美でレコーディングしてきたんです。現地にはプロ用の録音スタジオがないので、初めは“海で録ろうか?”なんていう話もありましたが(爆笑)、幸い練習スタジオは見つかったので、狭い空間にスタッフが寿司詰めになり、宅録状態で録ってきました。なので、サントラ第2集では前半に島唄をまとめて収録しています。城南海さんの〈愛加那〉、前山真吾さんの〈島人の唄〉と〈ユタのいる浜辺〉、盛山貴男さんの〈うがみんしょーらん、奄美大島〉。素晴らしい演奏家のみなさんと出会い、こうしてサントラを作れたのは本当に幸せだなと感じています」
――オーケストラを使った劇伴作曲家としては、サントラ第2集に収録された〈西郷どん交響詩〉が聴かせどころのひとつですね。
「もともと第1集に収録する予定だったのですが、10分近くある大曲なので収まらなくなってしまい(笑)、今回ようやく第2集に収録することができました。演奏はメインテーマ同様、下野竜也さんとNHK交響楽団のみなさん。第1楽章〈天命〉はメインテーマのアレンジ、第2楽章〈冒険〉はメインテーマのBメロのアレンジ、そして第3楽章〈帰郷〉は西郷さんが(島津藩主)斉彬様のお国入りを(西郷の恩人)赤山先生の墓前で報告するシーン(注: 第4回〈新しき藩主〉)に使われている音楽です。今後は『西郷どん』のストーリー展開に合わせ、音楽もより重厚になっていくと思います」
――では最後に。劇伴作曲家の“富貴どん”にとって、斉彬様や赤山先生にあたる師は?
「斉彬様はジェームズ・ホーナー『タイタニック』が、私が作曲家になると完全に決めたきっかけなので。斉彬様の前からいた存在で、自分が目指す精神を体現している師、という意味での赤山先生は、ジェリー・ゴールドスミス。子供の頃に初めて観た『オーメン』は、恐ろしいテーマだけでなく、美しいメロディも備えた素晴らしい作品だと思っています」
取材・文 / 前島秀国(2018年4月)
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