ヴァイオリニストで兄の
ルノーとともに、若い世代を代表する演奏家として破竹の勢いの活躍を続けている
ゴーティエ・カピュソン。今、もっとも忙しい指揮者と言われる
ワレリー・ゲルギエフとの2度目の共演による
アルバムがリリースされた。今回はショスタコーヴィチの2つのチェロ協奏曲。フランス生まれの名手ゴーティエとロシアの名匠ゲルギエフとの相性は、とても良いようだ。
――初めてお会いしますが、今回のジャケット写真のシリアスでコワモテのイメージとはかなり違って、優しい雰囲気なんですね。
「今、目の前にしているのが本当の僕です(笑)。今回の
ショスタコーヴィチの作品の内容がシリアスだし、演奏中に撮った写真なので、ニヤニヤしてたら変ですよね(笑)」
「彼らとの共演は2007年ごろから続いていて、今回録音したショスタコーヴィチは何回もステージで演奏しています。ゲルギエフさんとの共演は、いつも特別で素晴らしい音楽空間、音楽体験となります。ロシアが誇るブランドでもある彼らの間に“音楽仲間”として入れるだけでも光栄なことなんです。彼らは、ショスタコーヴィチの生涯はもちろん、作品に込められたもの、またそれらの文化や社会の背景についてもわかりきっている人たち。ともに演奏しているだけで、ものすごい刺激を受けています。彼らが僕の音楽を尊重してくれるのも嬉しいことです」
――オーケストラをドライヴするテクニックに長けたゲルギエフ。共演者としては、どう向き合うのでしょうか。
「彼が責任を持って演奏の方向性を示すわけですが、それが僕の志す方向性と同じなんです。そういう意味では僕は彼に取り込まれているとも言えるわけですが、彼は聴衆をも取り込んでしまうんですよ。演奏会場全体が、その時に演奏している音楽に入り込んでしまうのです」
――今回は、第1番の協奏曲はパリのサル・プレイエル、第2番はロシアのマリインスキー劇場と場所は違いますが、どちらもライヴ収録ですね。
「聴衆のいる状況での録音は、演奏家にとってはかなりチャレンジングなことです。何度も取り直しのできるスタジオ録音にも良さがありますが、一発勝負のライヴ録音には独特の緊張感がありますね。内省的で密度の高いショスタコーヴィチの作品は、聴き手とのコミュニケーションも大切な要素なんですが、今回はゲルギエフさんのおかげもあって、両方ともとてもうまくいきました」
――今回のショスタコーヴィチの2作品は、日本ではそれほどなじみの深いものではありません。それぞれの聴きどころを教えていただけますか?
「2曲とも、親交のあった巨匠
ロストロポーヴィチのために書かれた作品です。初めて触れる人には、第1番の方がとっつきやすいかもしれませんね。オーケストラが鳴る部分と、ソロのチェロが鳴る部分が書きわけられていて、合わさった時にはどちらも十分に生かされるよう、ショスタコーヴィチはさまざまな作曲テクニックを駆使して書いています。3楽章の長いカデンツァは、正直に言うと演奏者にとってはとてもキツイ場所なんですよ。でも、ここの出来が演奏全体のクオリティを左右します。うまくいったのは、親しみをもって聴いてくれたサル・プレイエルの聴衆の力でもあります。第2番は出だしから内省的な音楽です。陰鬱な雰囲気のまま、曲は進んでいきます。ロシアの民謡を思わせるメロディが巧みに取り入れられ、こちらもオーケストラとソロ・チェロの対比と調和が見事です。ショスタコーヴィチの魂と向き合うかのような音楽ですが、彼を理解する聴衆のいるマリインスキー劇場だったことが、成功への大きな鍵となりました」
『ショスタコーヴィチ: チェロ協奏曲集』
WPCS-13241 2,600円 + 税
――作品に深く入り込み、そこから何ものかを引き出そうとしていることは、あなたの演奏から伝わってきますね。
「いつも思っているのは、“語り部”となって、チェロという声で作曲家の言いたいことを伝えていくのが演奏家だということ。作品に入り込んでいく感じは、俳優が役に入り込むのと似ているかな。作曲家と同化して、思いもしなかったような感情が湧きおこることもあります。とくに今回の第2番では、演奏していて涙が出てきました。その深くて大きな感情の揺れ動きは、演奏会の翌朝に目覚めた時まで続きました。こうしたことは、僕には結構あるんですよ。作曲家が曲を書いていくプロセスを追体験することは、演奏家にとって必須のことだと思っています」
――いろんな意味で難しい作品ではありますが、繰り返し聴きたくなり、また繰り返し聴くたびにいろいろな発見がある演奏となっていますね。今後はどんな作品を録音していくのでしょうか。