HAIIRO DE ROSSIが、記念すべき10作目となるアルバム『hallelujah』をリリースした。まず言っておくと、おそらくこれは彼の最高傑作である。なぜなら、ジャズ・ラップとコンシャス・ラップという、HAIIRO DE ROSSIがデビュー以来ずっと対峙してきた2つのテーマが、これまでになく高い次元で融合しているからだ。「MMM」のスキルフルなラップ、「Schools With Problems」の複雑なリリック構造、「Forever(hallelujah)」の珠玉のジャズ・サンプリング――。デビュー以来15年以上を経ても鍛錬を止めない、このストイックなラッパーだけがたどり着ける境地であろう。なぜHAIIRO DE ROSSIは進化し続けることができるのか?プロデューサーである盟友・Pigeondustとともに作り上げたアルバムについて、さまざまな面から話をうかがった。
――『hallelujah』、ついに10作目のアルバムとなりました。デビュー以来15年以上経ちますが、まずはコンスタントにリリースを続けていること自体が凄いことです。今作の制作のモチベーションは、どういったところから湧いてきたのでしょうか。
「〈Have Everything feat.1an〉の歌詞にも書いてますが、去年XGの〈GALZ XYPHER〉を見て、超食らったんですよ。制作をしているとかなり落ちることもあるけど、ドキュメンタリー『XTRA XTRA』を観ても、(自分の襟を)正されたしモチベーションという意味では凄く助けられた。世間の皆が言っている通りもちろん全員歌とラップのクオリティは高いんだけど、とくにJURIAの天性の才能とCOCONAの力の抜き方が凄い。今後2人がソロを出す時は一緒にやりたいし、自分もそういうレベルまでいきたいというモチベーションにもなっています。あとは、これも歌詞に入れていますが、スーパーオーガニズムを知ったことも大きかった。Orono Noguchiさんが"日本嫌い"って言っていて、海外で活動しているじゃないですか。インタビューも英語で答えていて。それって、じつは自分が歩みたかったアーティスト人生でありアティチュードなんですよ。あの人の言っている"日本嫌い"というのが自分のそれと近い気がしていて、つまり"好き"の反対って"嫌い"ではなく"無関心"なんですよね。俺は日本を愛している部分があるからこそ"嫌い"って言える。そのあたりの感覚をちゃんと活動に反映しているスーパーオーガニズムは、自分を複雑な気持ちにもさせたんです」
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――実際の制作においては、どういったところを重視して作っていったのでしょうか。
「今作で一番大事にしたのは“違和感”なんです。ジャズ・ミュージシャンのシオ・クローカーは、“今のリスナーはHearはするけどListenはしない”と言っていて、まさにそうだと思う。だから自分は、今回のアルバムで一番使った単語は恐らく“listen”。1曲目で随所で入ってくるピアノの“ダーン!”という音は最初はなかったんです。でも、あれが入ることによって不協和音が生まれる。しかも、あの曲はヴォーカルを思いきり汚してるんですよね。そういった違和感をどうやって入れていくかはPigeondustとも話した。ジャケットのアートワークも今までとあきらかに違うんじゃないですか。あれって、歯を矯正した姉妹の写真を使ったコム・デ・ギャルソンの広告をインスピレーション源にしてるんです。歯の矯正ってマイナスのイメージだと思うんですけど。それが大きな口を開けて満面の笑みを浮かべているというのが、めちゃくちゃヒップホップだと思う。自分も、笑うということをできるだけ抑えて生きてきたので、それをジャケットに使うというのは発想としてハマった。そこからアルバムの中身も作っていったんです。アートワーク起点だった」
――アートワーク起点で、アルバム全体に違和感を入れていったと。
「そう。あと、今回Pigeondustから何回も言われたのは、とにかくいい音楽を作ろうということでした。これは出さなくても良くない?ということを彼はバッサリ言ってくれるんです。今回のアルバムの中でも、とくに〈Schools With Problems〉は曲としてかなり強いねという話になって。だからこそほかが霞む可能性があるから考えないといけないよと言われ、一旦収録するのを保留にしたくらい。その後オケを変えてバランスを調整したから結果的に入れられたんですけど」
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――HAIIROさんは以前からそうですけど、今作はその中でも、あらためて真正面からジャズと向き合ったヒップホップ作品になったなと思いました。
「全曲Pigeondustと作ったのが初めてだったというのも大きいと思います。じつは今まで全曲というのはなかったんですよね。彼と出会うまでは自分はジャズに少しは詳しいと思っていたんですけど、もうまったく知識量のレベルが違うんですよ。二十歳くらいの頃から“葬式でかけてくれ”と言っていた思い入れのある〈Forever(hallelujah)〉のネタだけは自分が指定しましたけど、それ以外はすべてPigeondustの提案で、とんでもないところから引っ張ってくる。これまでも〈TAXI.〉とか思い入れのある曲はたくさんあったけれど、〈Forever(hallelujah)〉は別格ですね」
――ジャズへのリスペクトを宣言した「MMM」では「ジャジーなトラックにはこうやって乗るんだよ」と高速ラップスキルを見せつけているように聴こえます。さらにラップのスキルが上がったように思いますが。怒涛すぎて、一体どうなってるのかと思いました。
「怒涛ですよね。前から思っていたんですけど、人間の耳って、四小節単位で音を拾うようになってるんですよ。4、8、12、16……と。つまり、そこにパンチラインを置くのが一番効率が良い。それに気づいたのがファーストを出した後で、セカンドとサードはそれに則って作った。ただ、4作目以降はそれを意図的に外して複雑に作るようにしていて。これには段階があって、自分はいま難しさを極めている途中なんです。その後に、プランとしては“簡単にしていく”という段階が待っているんです。JAY-Zの後期のアルバムを聴いたら、だんだんラップが簡単になっていってるのがわかると思う。でも、あの簡単なラップを聴いた時に漂う“こいつ複雑で難しいラップをやらせてもただものじゃないな”というニュアンスは、そのレベルにいかないと出ない。だから、今はそこをやっている途中です。この後、簡単なラップになるまで見守ってて、という感じ(笑)」
――なるほど、この超絶スキルもまだ途中の段階だと……。
「例えば海外の人に、日本を代表するラッパーって誰かと訊かれたら、自分はKREVAか志人だって言います。個人的な意見ですけど。ラッパーうんぬん以前に、音楽家としての次元が違うよね、と。その中でも、KREVAは難しいことを経た上で簡単なことをしているタイプのラッパー。自分はまさにそういうレベルを目指しています」
――HAIIROさんはストイックなイメージがあると思うんですけど、普段の制作はどのように進めているんですか?
「作るルーティンというのがわりと決まってきてはいます。Pigeondustから夕方にトラックが来るんですよ。で、夜ご飯を食べながら聴いて、なんとなくラップを考える。もうその時点でBPMが体に入ってるんですね。そこで入りきっていなかったら、寝てる間も流して体に入れていく。その後、朝6時に起きて娘を送るまでの時間にだいたい書いて、午前中に完成させる。そこからPigeondustに戻してエディットしてもらって、OKだったらミックスに投げる、という流れです」
――あぁ、かなり早いですね。それは、Pigeondustさんとの関係性が熟してきているのも大きいのでは?
「そうですね。自分がPigeondustを初めて知ったのはMySpaceで、その時すでにトラックが完成されすぎていたし、そもそも海外の人だと思ってたんですよ。それで最初は英語でメッセージを送ったんです。そうしたら日本語で返ってきて。格闘家でいうと堀口恭司っぽいというか、つまり海外のレーベルと契約しながら逆輸入的に日本に紹介されるような感じの人じゃないですか。彼のトラックは完成されているから、後は自分のラップがそこに追いつけばいいと思っていました。でも今作の制作過程で、“HAIIROさんってラップ巧くなってきたよね”“よくよく考えたらトラックも最近また良くなってきてない?”という会話をお互いにしたんですよ。それって、一緒に作る期間も長くなってきて、ツボがわかってきたことで一段と成長している部分もあるのかなと。どちらもお互いの好きなものはわかってるし、そこにどういう新しいエッセンスを入れていくかという段階にきている」
――なるほど。ちなみに、今作でとくに好きなトラックはどれですか?
「今回の中では、〈Forever(hallelujah)〉を除くと自分は〈Intro.(Festival)〉のトラックが好きです。あの曲はじつは〈AOTY〉のア・カペラとBPMが同じなんですよ。〈AOTY〉って、元はJIDのトラックにラップを乗せて、そのア・カペラにPigeondustがビートを作ったんですね。〈AOTY〉で歌っていたことから内容を変えて“AOTYはもういい/それよりお前のオールタイムベスト”と書いた。で、そこのビートをまたリリックに合わせて変えてたりして。だから、作っては壊してっていう再構築を何度も繰り返していったものなんです」
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――リリックについてはいかがでしょうか。たとえば、「Schools With Problems(Pigeondust Remix)」の“先生に相談しようにも/俺のクラスには今担任がいないんだ”というラインにはハッとしました。
「なぜ若い人が選挙に行かないのかあらためて考えていたんですけど、政治家に何かを委ねてもたいした変化がないというのを肌感で感じているからでしょう。だから、もう“日本を良くしてくれ”という要求はしない。言えるのはだたひとつ、辞めてくれと。ただ、俺は奪われたものについてはちゃんと取り返すからね、というスタンス。だから、今回はそのあたりの姿勢も今までとは変わりました。そもそも、リリックについては今までは外的要因について歌っていることも多かったんです。でも今作は、ほぼすべて自分のことを歌っている。たまたまそれに共感してくれる人がいたらラッキーだよね、と。岸田(総理)になってから、“あなたの音楽に救われました”というメッセージをくれるリスナーの質が変わったことを感じるんです。本当に生活に切羽詰まっている人が増えて、“ありがとうございました、もう死のうと思います”ということを言ってくる人も稀にいる。もう飯も食えずに死ぬ寸前という人がいるんですよ。そういう人が、自分の音楽で救われたと言ってくれる。たとえば、前作『Revelation』の13曲目にある〈Self-Respect〉という曲に救われました、とか同時期に何人かに言われて。じつはそれを元に今作の〈forte pt.3〉では“あのアルバムの13曲目ハッキリ覚えてる”というラインを書いていたりもします。本当は自分の話をするなら19曲目だったんですけど、その人たちにリスペクトを示して。俺が言う“俺ら”というのは、そういう人たちも含んでいるんです」
――「Forever(hallelujah)」には“そこに居場所が無いなら作れば良い/ハト、まくら、Manakurv、Warushi/いいか俺たちで行くんだ/ファン、ヘッズ、リスナー、スタッフ/いいかこの先へ皆で行くんだ”というリリックもありますね。
「そうです。そういう人たちもそこには入っています」
――HAIIROさんは以前からポリティカルなリリックを書いてきましたが、先ほど「自分のことを歌っている」とおっしゃった通り、確かにその内容は徐々に変化してきていますね。
「XGの〈Puppet Show〉が海外で歌詞の内容が議論になっているじゃないですか。自分は、それを知った時に最初“今もうこの程度でそういった議論になるのか”と一瞬思ってしまったんですね。でも、もうその瞬間に“この程度で”とそう感じた感覚自体が古いと思い直した。自分は、最近の一部の女性ラッパーのエンパワーメントの姿勢にも疑問を持っています。男性ラッパーが“俺のライムでお前の女も〜”とか言うのと、女性が“お前じゃ濡れない”みたいなことを言うのって、良い悪いは置いておいたとしても、男女平等という観点で下品だなって思うんです。女性が男性を下げることによって女は上がらないよ、と。もちろん逆も然り。もっと言うならば、誰かを下げて自分が上がることもない。それを言うことで、自分がただ安心するだけでしょう」
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――変な質問かもしれないですが、HAIIROさんのキャリアも中堅からベテランと呼ばれる域に達しつつある中で、自分がまったくの新人ラッパーとしてデビューすることになったらそれでも今作のスタイルを選ぶと思いますか?
「選ぶんじゃないかな。自分は自分以外の誰にもなれないし、日本語ラップ的なものにそれほど影響を受けてきたわけでもないので、やっぱり今の俺のような作品を作ると思う。どちらかというと、邦楽ロック的なものの方が影響は大きいんですよ。世代論みたいな話をすると、俺よりちょっと下ぐらいまでの世代のラッパーって、先人たちが日本語ラップのスタイルやリリックの書き方をしっかり築いたから、ラップを書く上でのテンプレートみたいな物が良くも悪くもカッチリしている気がする。それを崩す人があまりいなかった。またひとまわりして最近の『ラップスタァ誕生』とかになってくるとそこから完全に解放されて自由にやれている感じがしますけど。自分の中で理想の、聴いていて気持ちよいラップというのは、歌詞カードを読んでいてどこを歌っているのかわからなくなるようなラップなんです。それって昔は海外のラッパーからしか感じられなかった。英訳の歌詞を読んでいたという背景もあるからだと思うけど。でも、タリブ・クウェリとかがやる小節をまたぐようなラップの複雑な快感を日本人のラッパーで初めて感じたのがSEEDAだったんです。『花と雨』を聴いて歌詞カード読んでいたら“今どこ読んでるんだっけ”となったのを覚えている。そういうところには影響を受けていて、だから自分のラップは和訳風のニュアンスがあると思う」
――和訳風!なるほど。なぜそういう質問をしたかというと、キャリアが長くなると背負うものも大きくなるから、そういったところをどう捉えてるのかなと思ったんです。でも、HAIIROさんは基本的にブレないですよね。あらためてそう思いました。
「やっぱりソウルクエリアンズみたいな、歴史に名を残すようなことをやりたいじゃないですか。自分はメインストリームで華々しい注目を浴びたりはできないかもしれないけど、ソウルクエリアンズみたいに後々振り返ったら凄いことをやっていた、という人たちになりたい。自分のことを過小評価って言ってくれる人もいるけど、それだったら過大評価よりは過小評価の方がいいかなって。自分は、世の中の人が追いつけないくらい早く走ることに集中したいです。ただ、そういったラッパーたちをいないものとして見るのは違うんじゃない?というのは思う。だから、ずっと見てくれて聴いてくれている人たちには感謝しています」
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――「intro.(Festival)」では“AOTYはもういい/それよりもお前のオールタイムベスト”、「Bluesman」では“抜かれ抜きの競争で一喜一憂する事はやめた”というリリックもありますね。
「〈AOTY〉を今回のアルバムから外したのも、そういう理由ですね。たとえ正論であったとしても、“楽しい!”となっている人たちにそれを正すようなことは言わなくていいし。自分の中で“日本のヒップホップ”と“日本語ラップ”を分けて考えられるようになったのが大きい。今は自分のやりたいことをやるというのに集中したいです。高い車とかジュエリーでフレックスするという価値観があることを理解はしているし、エンタテインメントとしてはそれでいいと思う。でも自分はどうしても、こんな世の中でお金を払って自分の作品を買ってくれた人のことを考えてしまう。自分がやってきたことは、自分だけの力で成し遂げたことではないし」
――「Forever」で“続けよう何があろうともやりたいこと”とラップしているのが印象的でした。そうじゃない時期もあったじゃないですか。これが聴けて、本当に嬉しかったです。
「そうですね。一時期は引退欲もあったけど、最近はもうそれはないです。俺の人生にとって一番大切な人たち――Pigeondustや泉まくら――と一緒に、これからもいい音楽を作り続けていきたい。そう思うようになりました」
■11月8日21時 プレミア公開 HAIIRO DE ROSSI - Forever(hallelujah)Prod. by Pigeondust (Official Video)
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取材・文/つやちゃん 撮影/宮本七生