ソロ・デビュー10周年を迎えた
畠山美由紀 から、約4年ぶりとなるニュー・アルバム
『わが美しき故郷よ』 が届けられた。ご存知の方もいるかもしれないが畠山美由紀は、東日本大震災で多大な被害を受けた宮城県・気仙沼の出身だ。震災後、彼女は生まれ故郷である気仙沼や福島を訪れ、人々に歌を届けてきた。そこで目にした光景や地元の人々とのやりとりを通じて改めて彼女が見つめ直すこととなった歌手としてのアイデンティティ──とはいえ、今作は決して震災そのものをテーマにしたアルバムではない。今作で彼女は、すべての現代人が抱えているであろう喪失感や寂寥といった寄る辺なき想いを持ち前の包容力溢れる歌声で見事に代弁している。歌手として新たな境地に到達した感のある畠山美由紀に話を訊いた。
――今回のアルバムを語る上で、まずは畠山さんの故郷である気仙沼の話をしないわけにはいかないと思うんです。気仙沼は3月の東日本大地震で大変な被害に見舞われてしまいました。
畠山美由紀(以下同) 「そうですね。津波で大きな被害を受けて」
――畠山さんは地震があったとき、どこで何をしていたんですか?
「下北沢のスタジオでリハーサルをしていました。そしたら凄く大きな揺れを感じて。すぐに実家に電話をしたけど全然繋がらなかったんですよ。スタジオを出ても電車が動いてないから、その日はカフェや避難所を転々として、結局、知り合いの家に泊めてもらったんだけど、テレビを点けたら、気仙沼が火の海に包まれていて……。実家に電話しても全然繋がらないし。その後、1週間ぐらい両親と連絡がつかなくて、いろんな方にご心配をおかけしました」
――その時点でアルバムの準備には入っていたんですか。
「いえ、全然。震災の直後に自宅で一人ポツンといるときに、あえて曲を作ろうと思って。そのときに書いたのがアルバムのタイトル曲でもある<わが美しき故郷よ>だったんです」
――そこで“あえて”曲を作ろうと思ったのは。
「今後、落ち着いて音楽が作れなくなりそうだなと思って。それでギターを弾きながら曲を作りはじめたんだけど、いざ作りはじめたら歌詞もメロディもどんどん出てきて。自分の知ってる故郷の風景と、テレビを通して観る痛めつけられた風景とのギャップがとにかく大きくて、とめどなく思いが溢れ出てくる感じで」
――5月には気仙沼でライヴを行ったんですよね。
「ずっと帰りたいなと思っていたんだけど、親にもまだ帰ってくるなとか言われていて。その頃、
Port of Notes の大ちゃん(小島DSK大介)と会う機会があったんだけど、大ちゃんが、“泥かきでも何でもいいから俺は気仙沼に行きたい”と言ってくれて。それで一緒に行くことになったんです。地元の友達がブッキングマネージャーみたいな役割を引き受けてくれて、自分が卒業した小学校と中学校を何校か、あとは市役所とか避難所を回らせてもらいました」
――その時、歌った曲は?
「<上を向いて歩こう>とか<ふるさと>、<Over The Rainbow>も歌ったし、<浜辺の歌>も歌ったのかな」
――まさに今回のアルバムに入っているようなスタンダードな楽曲を。
「そうそう。みんなが知ってる曲を歌おうと思って。最初は子どもたちの前で歌ったんだけど、<上を向いて歩こう>のときとか、特に何も言っていないのに、大合唱になったりして。教室中、割れんばかりの歌声で、超可愛いし、感動って感じで。スタンダードな楽曲が持つ凄さを改めて感じましたね」
――被災地である地元で歌って、率直にどんなことを感じましたか?
「歌い手は、聴いてくれる人のために音頭を取るような役割を持っているんだなと感じました。自分が表現したい世界というものはありつつも、その一方で、みんなが普遍的に持っている悩みとか痛みのようなものを歌を通して浄化する、ちょっと霊媒師的な役割というか。“こういうことを感じているのは自分だけじゃないんだな”とか、そういう気持ちを歌を通じてリアライズすることで一体感を感じてもらう役割なのかなって。上手く言葉で伝えられないんだけど。自分のためではなく、聴いてくれる人のために歌を歌おうと改めて思いました。“アーティストです”とか、そんなこと言ってる場合じゃないぞ、みたいな(笑)」
――音楽の力や、歌手としての自分を見つめ直すきっかけになった。
「そうですね。自分が音楽に携わってる人間だから、なおさらそう思ってしまうのかもしれないけど、正直、震災後は“音楽に何ができるんだろう?”と思ってたんです。でも、気仙沼に行って、いざ歌ってみたらみんながすごく喜んでくれて。地元の友達も“音楽の力って凄いね”とか言ってくれて。むしろ、音楽の仕事をしていない人たちからそういう言葉を聞くことが多くて、改めて音楽が持つ力を実感しました」
――ニュー・アルバム『わが美しき故郷よ』を最初に聴いて思ったのは、凄く希望に満ち溢れた作品だなということ。単に“頑張ろう!”とか、そういうものじゃなくて、悲しみや困難をしっかりと見つめた上での希望というか。それでも前に向かって歩いていこうというポジティヴな雰囲気が作品全体を覆っていて。
「そこはすごく気を付けたところなんですよ。シリアスな状況を素通りして、安易に希望だけを歌うようなものには絶対したくなかったから」
――制作はどんな感じでスタートしたんですか?
「7月くらいから作業に入って。そのときには、オリジナルとカヴァーを半分づつくらい入れようっていう、なんとなくの全貌みたいなものは見えていて。あとは、この人と一緒にやりたいとか、そういうアイディアもあって」
「おおはた君に歌詞を書いてもらったら、すごくいい曲が浮かぶんじゃないかと思って。おおはた君も永積(崇 /
ハナレグミ )君と一緒に気仙沼でライヴをしていたから、町の風景とか雰囲気を無意識に共有できてるんじゃないかと思って。地元の友達や家族に向けたメッセージ・ソングにしたいっていうテーマを伝えたら、すぐに5枚ぐらい歌詞が送られてきて。栗原君には、アップテンポのロックっぽい曲を書いてほしいとお願いしました。力強い希望や光を感じられる曲になったらいいなと思って」
2011年11月17、18日に行なわれた恒例の教会ライヴで、おおはた雄一と共演。
――レコーディングの雰囲気はどんな感じでしたか。
「すごく和気あいあいと進みました。作業も割と順調だったし。でも今回は(ギター奏者の)
笹子重治 さんの存在がいつにも増して大きかったですね。精神的にも、すごく支えていただいて。笹子さんは音楽に対する姿勢はもちろん、原発の問題とかも含めて、意見や考え方が、すごく尊敬できるんです。8月に気仙沼で行なわれた慰霊祭にも参加してくださったり。この人と話し合って一緒に進んでいけば、絶対に間違った方向に向かうことはないだろうなっていう安心感みたいなものがあって」
――今回のアルバムは、確かに震災と切っても切り離すことのできない作品ではあると思うんだけど、決して震災そのものをテーマにしているわけではないですよね。もっと普遍的な、“日本人の心のよりどころ”みたいなものを提示している作品なんじゃないかと思っていて。
「そうですね。もちろん被災地の方々に聴いていただいて、ちょっとでも元気になってもらいたいという思いは第一にあるんですけど、たとえば震災や戦争といった理由以外にも、やむをえない理由で故郷を離れなければならなかった人たちも、やっぱりいるわけじゃないですか。さらに言えば大切な人と離ればなれになってしまった寂しさだとか。今回のアルバムはそういう意味でも、より多くの人に向けて歌っているところはあるんですね」
――誰もが多かれ少なかれ郷愁や寂寥感を抱えながら生きているわけですからね。
「そう。あと、これはネガティヴな意味じゃなくて、失って初めて気付くこともあると思うんです。たとえば私でいえば、故郷である気仙沼の美しい風景だったり。地元にいるときは常に東北コンプレックスみたいなものを感じていたんだけど、今思えば、あんなに素晴らしい環境の中で、自分は育っていたんだなって。失ってしまったものを嘆き悲しむだけじゃなくて、そこに思いを馳せながら前を向いて歩いていくことが希望や未来に繋がるんじゃないかと思って。そういう想いが今回のアルバムには込められているんですね」
VIDEO
取材・文/望月哲(2011年11月)
【ツアー情報】<畠山美由紀 「わが美しき故郷よ」TOUR> [福岡公演] ●日程:2012年2月5日(日) ●会場:イムズホール ●時間:開場17:00 / 開演18:00 ●料金:4,500円(税込・全席自由・整理番号付き) ●問い合わせ:HANABI [Tel]092-531-1199[大分公演] ●日程:2012年2月6日(月) ●会場:アートプラザ ●時間:開場18:00 / 開演19:00 ●料金:4,500円(税込・全席自由・整理番号付き) ●問い合わせ:gallery blue ballen [Tel]0977-84-4968[名古屋公演] ●日程:2月16日(木) ●会場:TOKUZO ●時間:開場18:00 / 開演19:00 ●料金:4,500円(税込・全席自由・オーダー別) ●問い合わせ:ジェイルハウス [Tel]052-936-6041[大阪公演] ●日程:2月17日(金) ●会場:BIG CAT ●時間:開場18:30 / 開演19:00 ●料金:4,500円(税込・全席自由・整理番号付き ドリンク代別) ●問い合わせ:ジェイルハウス [Tel]052-936-6041[岡山公演] ●日程:2月19日(日) ●会場:ルネスホール ●時間:開場16:30 / 開演17:30 ●料金:4,500円(税込・全席自由・ドリンク代別) ●問い合わせ:城下公会堂 [Tel]086-234-5620[東京公演] ●日程:2月19日(日) ●会場:渋谷区文化総合センター大和田 さくらホール ●時間:開場18:30 / 開演19:00 ●料金:5,800円(税込・全席自由・ドリンク代別) ●問い合わせ:ホットスタッフプロモーション [Tel]03-5720-9999