ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908〜89年)ほど、“20世紀を象徴する”という意味において重要なマエストロがいただろうかと、あらためて思う。とくにテクノロジーという、まさに20世紀であるからこそ発展したものを巧妙に活用し、みずからの芸術を広めた偉業は、回顧する際に欠かせないものだ。
生誕110周年(2018年)を間近に控えた2017年12月、ドイツ・グラモフォンおよびデッカという2つのレーベルに残した録音を集成し、CDのみで330枚を数える『カラヤン録音大全集』(479-8160 オープン価格 / 直輸入盤)が発売された。1938年、30歳のときに録音した
モーツァルトの『魔笛』序曲から、亡くなる3ヵ月前のコンサート・ライヴである
ブルックナーの交響曲第7番までを収録しているが、驚くべきはそのほかにも旧EMIレーベルなどに膨大な、しかも録音年代も広範囲にわたるレコーディングを行なっていることだ。その総数をもってしても、この巨匠がいかにレコーディングを重視していたことがわかるだろう。
© Siegfried Lauterwasser / DG
カラヤンは81年の生涯を送るなか、半世紀にわたって録音活動を行なったが、それはSPレコードからCDに至る録音技術 / メディアの歴史と重なっている。もしカラヤンがさらに長生きをしていたら、ハイレゾ音源によるデータ配信にいち早く名乗りを上げていただろう。カラヤンはつねに、音楽をありのままの形で聴き手へ届けるため、高度な技術力とメディアを求めていただろうから。
個々の演奏論などは聴き手それぞれの嗜好や判断に委ねるとして、20世紀の録音史を俯瞰するとき、カラヤンの存在はつねにその中心で輝き続けるように思えるのだ。それは21世紀、そして未来へと贈られる歴史の証言であり、彼の現役時代を知らない若い世代の聴き手(カラヤンの没年に生まれたかたは、今年で29歳になっているのだ)に、新鮮な感興を与えるものになるかもしれない。
残されたカラヤンの録音は、ほとんどがCDなどで繰り返し再発売され、つねにカタログから消えることはないため、望めば誰もが手軽に入手できる。昨年(2017年)からは高音質をうたうUHQCDというフォーマットでの再発売がスタート。第1弾(50点)に続いて、この3月7日にはオペラ全曲録音も多く含む第2弾(30点)がリリースされている。シリーズから20トラックを厳選した2枚組の『
パッヘルベルのカノン〜カラヤン超定番ベストPREMIUM』は、カラヤンに興味をもつリスナーにとって最初の手助けになるだろう。
特筆すべきはSA-CD(シングルレイヤー)によるリリースだ。ドイツ・グラモフォン所蔵のオリジナル・アナログ・マスターを使い、SHM素材によって製品化したものが4月4日の時点で15点リリース。カラヤンとドイツ・グラモフォンが創造した理想の音に接する、格好のメディアであることは間違いない。さらにその最新リマスタリング音源から選りすぐりの20トラックを、DSDによる配信で聴けるという『DSDで聴くカラヤン』も4月4日にスタート。4月以降には15タイトルがDSD配信される予定だ。60〜70年代に収録された映像(DVD)も、従来と比較してもっとも低価格により再発売される。
DSDで聴くカラヤン
こうしたリリース情報のほか、銀座の山野楽器ではカラヤンの写真展が開催され、貴重なショットも公開される。没後29年となるカラヤン、どうやらまだまだ存在感を示しつつ、新しい聴き手と再評価を得ていくようだ。
“気になる”タイトル、pick up!
3月7日にリリースされたUHQCDシリーズから、筆者が個人的に気になるディスクを4点挙げておきたい。
まずは何といっても
リヒャルト・シュトラウス。楽劇『ばらの騎士』は、カラヤン流の高貴さと磨き上げられたレガート、深い呼吸が高度なまでに昇華した好例だといえる(同じ意味では同時リリースされている
ワーグナーの『
パルジファル』も捨てがたいのだが)。
ベートーヴェンの交響曲は1980年代にデジタル録音した全集を分売。長い年月をかけてベルリン・フィルと築き上げてきたサウンドの集大成であり、それまでの同曲録音と比較すると風格と威厳が際立っている。ここでは個人的に、静かな威厳がやや不気味にも思える第4番に加え、輝かしさと緊張感が途切れることなく続く第7番のディスクを挙げておこう。
1980年代からはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団との録音も増えていくのだが、カラヤン自身が何度も録音した
ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」は、演奏の変遷やオーケストラ・サウンドの比較にもちょうどいい。第2楽章などは、ウィーン・フィルの柔らかな音色と繊細さを生かして歌い込んだ演奏である。
文 / オヤマダアツシ