昨年末にリリースした、YouTuberピアニスト・よみぃとの共演アルバム『ヒットソング超絶技巧コレクション RED Version 〜ピアノ王とファントムシーフ〜』も好調な大人気ピアニスト、ジェイコブ・コーラーが主宰するレーベル「JIMS Records」から新たな凄腕ピアニストが登場! YouTubeのチャンネル登録者数7.08万人を誇るヒビキpianoが、ノリノリ系とエモい“癒やし”系で2枚同時にアルバム・デビューを果たす。
――やはり、幼い頃からピアノを?
「母親の趣味のエレクトーンが家にあって、3歳くらいからそれで遊んでいたようです。それから僕に絶対音感があることに母が気づき、小学1年生からピアノ教室に通うようになって、中学時代まで続けましたが、だんだんクラシックの様式が好きじゃなくなってきて……もっと自由に弾きたい、その方が絶対に盛り上がるのにと思って教室の先生に反撥したりして。それでピアノをやめて、高校時代はほとんどクラシックから遠ざかっていました」
――音楽活動は続けていたのでしょう?
「軽音楽部みたいなのに入って、コントラバスとかヴァイオリンとかいろんな楽器を弾いて、定期演奏会に出たりして楽しかった。いちおう進学校だったので普通の大学への進学を希望していたのですが、具体的な将来のヴィジョンがなく、母にも、目的がないのに大学に行ってもダメって言われて、それで何がしたいか真剣に考えたらやっぱり音楽に携わる仕事がしたいなと思って。それと、クラシックじゃなくてもピアノは弾けるよってアドバイスも貰い、音大のジャズ科に入りました」
――でも、そもそもジャズに興味があったわけでもないのに……。
「そうなんです(笑)。しかも当然ジャズ科にはジャズが大好きな方々が集まっていて、自分はその輪に入れなかった。それで悩みながらクラシックを弾いていたら、クラシック系の大学の先生にうちに来ないかと誘われて、そっちに」
――その後の経歴を拝見すると、陸上自衛隊中央音楽隊のピアニストとして活動されていたとか。
「当時、陸上自衛隊の音楽隊で初めてピアノ奏者を募集していて、チャンスかなと思って受けてみたら入ることができたんです。一人しか枠がなかったのに。音楽隊ではクラシックじゃなく、みんながよく知っている曲のカヴァーをとりあげることが多くて、ジャンルの幅が広がりました」
――ただ音楽隊の場合、基本はマーチなどを演奏する吹奏楽のバンドなので、ピアノはあまり活躍できないですよね。
「はい。それで2年半ほど務めてから結局辞めて、ひとりで活動することに。最初は演奏の記録として動画を撮っていて、それがけっこうたまったのでYouTubeにアップしはじめたのですが、ただ家で普通にピアノを弾くだけだとあまり注目されませんでしたね。そんな時に、都庁(第一本庁舎45階)南展望室にあるストリートピアノが“都庁ピアノ”として人気を集めていることを知って、自分も挑戦することにしました」
――“普通のサラリーマン”の格好で、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第23番「熱情」の第3楽章や『鬼滅の刃』メドレーを“爆速弾き”して、展望室のお客さんに囲まれる動画などはとりわけ反響がすごいですね。現在それぞれ269万回(2020年6月公開)と237万回(2020年11月公開)視聴されています!
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「ストリートピアノではマニアックな曲を弾いても反応が薄いので、できるだけ有名な曲を選ぶようにしています。実はもともと緊張すると気持ちが前のめりになってテンポが速くなるという悪いクセがあって、だったらそれを逆手にとって、最初からこれ以上速く弾けないくらいのスピードで弾いてしまえって開き直ったのが“爆速弾き”を始めたきっかけでした(笑)」
――それにしても超絶テクニックですね。デビュー・アルバムでいうと『FEEL』の方は「千本桜」から「熊蜂の飛行(バンブルブギ)」「リベルタンゴ」そして「熱情」と“爆速”大会。一方の『HEAL』は優しい音色に癒やされたり、ロマンティックでエモい楽曲が満載です。
「デビュー・アルバムの2枚は、YouTubeにもアップしたほぼ自分のストリートピアノでのレパートリーのすべて。大きく2つのタイプに分かれるけれど、そのどちらもが自分らしい世界なので、できれば2枚とも作りたいって希望を出したらOKが出て同時リリースが決定したのでとても嬉しかったです」
――『FEEL』の方では“爆速”とまではいかないけれど、「バラード第1番」や「幻想即興曲」「英雄ポロネーズ」などショパンの名曲もノリノリで演奏していますね
「ゆっくりでしっとりなショパンも好きですが、アップテンポで弾くことによって見えてくるものもあります。注目を集めるためのネタとして速弾きしているうちに、曲自体がとてもリズミカルなことを発見して、さすがショパンだなと感心したり……昔のピアノ教室の先生が聴いたらまた怒られそうですけど(笑)」
――ジャズ・ピアニストの上原ひろみさんが書いた「The Tom and Jerry show」も楽しいです。ジェイコブ・コーラーさんとの連弾による「The Entertainer」(スコット・ジョプリン)も素敵。
「上原さんによるオリジナル曲なのに、ストリートで演奏するとみんなが集まって来る。テクニカルな部分が初めて聴く人の心も捉えるんですね。アルバムのラストもジェイコブさんと一緒に最強アレンジで締めることができました。でも、ジャズはまだまだ勉強が必要だと自覚しています」
――『HEAL』はもちろん“癒やし”系ラインナップですが、けっこうドラマティックに弾いている箇所もありますね。
「最初はおとなしく演奏していたのですがだんだんと“欲”が出てきて(笑)。とくに〈You raise me up〉や〈Amazing grace〉のような荘厳なかんじの歌曲は何テイクか録音を重ねる度に、もっと分厚くできるのでは? と思ってどんどんゴージャスになってしまいました」
――「戦場のメリークリスマス」(坂本龍一)にも、ジェイコブさんやよみぃさんのアレンジとはまた違う力強さのようなものを感じました。久石譲の「あの夏へ」や『ファイナルファンタジーX』からの「ザナルカンドにて」も感動的。
「ありがとうございます! 〈ザナルカンドにて〉は最初に“都庁ピアノ”で弾いた時から好評でした。中央音楽隊時代にピアノを担当してCDにもレコーディングした想い出の曲です」
――韓国のコンポーザー・ピアニスト、Yiruma(イルマ)の代表曲「River flows in you」も注目曲ですね。2CELLOSのステファン・ハウザーもソロ・アルバムでとりあげていました。
「僕の演奏をよく聴きに来て下さるファンの方がヒビキさんも弾いてみませんかって薦めてくれた。旋律が美しいですよね」
――『HEAL』にもショパン「ノクターン第2番」やリスト「愛の夢」のようなクラシックの名曲が……
「どちらも大好きな曲だけに、感情が入りすぎて独りよがりにならないように注意しました。さり気なく耳にした方の気持ちにすっと入っていくようなものを目指して。むしろ“爆速”やアップテンポものより難しかった」
――『HEAL』のラストも連弾。こちらのお相手は5月26日に同じJIMS Recordsから新作アルバム『プラネタリウム・ラヴァーズ』をリリース予定の朝香智子さん。彼女のアレンジによる『オペラ座の怪人』メドレーです。
「ジェイコブさんとの〈The Entertainer〉がジャズ・アレンジだったので、こちらは王道クラシカルふうに。名作ミュージカルからさまざまな聴きどころが入っていて、まるでクイーンの〈ボヘミアン・ラプソディ〉のように目まぐるしく世界が変わるので練習の時から楽しかった。僕のピアノの繊細な部分もパワフルな部分もそして“色気”もすべて盛り込んでいただいて嬉しかった」
――5月30日のレコ初ライヴも大いに期待しています!
「その場でリクエストを受けてぱっと弾けたら最高なのですが、知らない曲がいっぱいあるので当面はいろいろ聴いて学びたいです。洋楽だけでなく昔の邦楽ポップスにもいい曲はたくさんありますしね。頑張ります!」
取材・文/東端哲也