ヒビキpiano 超絶ピアノで紡ぐ やさしく心安らぐ楽曲たち

ヒビキpiano   2023/09/19掲載
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 華麗な演奏によるストリートピアノで一躍注目の存在となったヒビキpiano。4枚目のアルバム『Close』はAmazonの売れ筋ランキングで1位となり、在庫切れを起こすほどの人気を得た。超絶テクニックを駆使した“爆速”の演奏でインパクトを残してきた彼だが、今作ではやさしく心安らぐ楽曲が中心になっている。
ヒビキpiano
New Album
『Close』

(JIMS-1023)
――アルバム『Close』はまずタイトルから決めたそうですね。
 「もともと全国ツアーが決まっていて、そのタイトルが『Close』だったんです。前回がホールツアーでしたが、今回は小さな会場も回るので、“みなさんのより近くに行きます”という意味で付けました。そのあとCDも出すことになり、同じタイトルにしたんです」
――収録曲も聴く人に寄り添うような、やさしいものが多くなりました。
 「僕は最初、爆速ピアノでみなさんに知ってもらいましたけど、速い曲だと感情を込めるとかではなく、勢いで弾くところもあるんです。そこでゆったりした曲の動画も上げてみたら、最近“こういうほうが好き”という方が増えてきたんです。その影響が今回の選曲にはあったのかもしれません」
――カーペンターズの「クロース・トゥ・ユー」はアルバム・タイトルが決まってから入れることにしたとか。
 「『Close』と言ったら、カーペンターズの〈クロース・トゥ・ユー〉は入るだろうなとみんな予想しますよね(笑)。僕のレパートリーではなかったので、ジェイコブ(・コーラー/JIMS Records主宰)さんにアレンジをお願いして、連弾しました。『Close』には“自分の近く”という意味もあって、レーベルメイトとのコラボも4曲入れています」
――ジャズ・アレンジになって流れるような心地よさがありますが、演奏的にはいちばん難しかったそうですね。
 「かなり難しかったです。僕がもともとクラシックから来ているので、こういうゆったりしたジャズ・テイストの曲には苦労します。クリック音を聴きながらレコーディングして、ピッタリ合っていたんですけど、ジャズではそれは違うんだと言われました」
――クリックに合わせるのが正解ではないと。
 「そうなんです。ジェイコブさんに隣で“今のはちょっと速い”と言われて、心地良い曲に至るまで何回も録り直しました」
――「月の光」「めぐり逢い」「energy flow」といったピアニッシモ系の曲は、やはり爆速の曲とは臨み方が違いますか?
 「全然違います。爆速はパフォーマンスというか、乱暴な言い方をすれば“速く弾ければいい”というところもあるんです。ゆったりした曲では表現力や細かい強弱、1音1音をちゃんと考えて弾きます。爆速の曲でそんなことを考えていたらゆっくりになってしまうので、まったく別の神経を使っています」
――「energy flow」については、坂本龍一さんへの想いもありました?
 「僕のYouTubeチャンネルでいちばん再生数が多い動画が、坂本さんの〈戦場のメリークリスマス〉なんです。でもじつはそれより前に、都庁ピアノで〈energy flow〉を弾いた動画を投稿していたんです」
――「朝一に弾いていた本人が段々眠くなっちゃったけど拍手で目が覚めた」という、3年前の動画ですね。
 「それです。〈戦場のメリークリスマス〉は僕が元自衛隊ということもあり、繋がるものがありますけど、〈energy flow〉はピアノオンリーの曲で、自分の中で弾きたい気持ちがよりありました。坂本さんが亡くなられたこともあって、今回入れることになりました」
――音楽家として、坂本さんにリスペクトするところもありますか?
 「そうですね。もともと好きで聴いてましたけど、〈energy flow〉も〈戦場のメリークリスマス〉もすごく覚えにくいんです。和声が特殊。普通なら次はここ、というところにいかず、転調が繰り返されたり。なのに、すごく独特の味があるんです」
――難解だけど技巧は凝らさず、クラシックを基盤にしつつ大衆性がある、と評されていますね。
 「クラシックからスタートした身だと、“この和音、合ってるの?ちょっと濁ってない?”みたいな気持ちがあるんです。でも、丁寧に弾いていくといい響きになるんです」
ヒビキpiano
――みやけんさんとコラボした「君の知らない物語」は、動画で解説の字幕がたくさん入れられていました。その中で“高音速キラキラ奏法”も出てましたが、キラキラさせる技術を言葉で説明してもらうことはできますか?
 「あれはみやけんさんのアレンジで、僕が上のパートでコロコロさせてますけど、技術的に言うと、あまりガツガツとタッチしないで、音を上に飛ばすようにバララン、バラランと弾いています。そうするとキラキラする感じになるんです。みやけんさんがどっしりした伴奏を弾いて、ちょうどいいバランスなのかなと思っています」
――あと、映画『菊次郎の夏』のメインテーマ「SUMMER」などでは、情景が鮮明に浮かびます。そういう技術もあるんですか?
 「ピアニストとしては、タッチのレパートリーをどれだけ持っているか。1音タッチするのに、何百種類の引き出しを使えるか。前の音から次の音に繋げるとき、どういうバランスで弾いたら、聴く人がうっとりする響きになるだろうと常に考えていて。そこで必要な引き出しをスッと開けて、思い通りの音を出せる状況にしないといけない。そういうことを〈SUMMER〉でも当てはめています。ここはすごく静かなところだから繊細なタッチで……とか、いろいろ考えて弾いています」
――それを瞬時に判断しているわけなんですね。「SUMMER」は原曲よりテンポを落としています。
 「僕はテンポを落としたほうが好きなんです。原曲はノリノリの印象がありますけど、それより涼しくしたいというか。シャカシャカしないで、しっとり聴かせて、感動的にすることを意識しました」
――今回、「イッツ・マイ・ライフ」と「ミス・ア・シング」も収録されています。ロックにも元から触れていたんですか?
 「そもそも昔はクラシックより洋楽が好きで、マイケル・ジャクソンやクィーン、R&Bも聴いていました。一方で父親が矢沢永吉さんの大ファンだったので、そういう音楽にもいろいろ触れていて。ヒビキpianoとして活動する以前から、自主企画のコンサートで〈ボヘミアン・ラプソディ〉を弾いたりしていました。それで、今回もロックの曲を入れたかったんです」
――演奏的には低音の響きが肝になりますか?
 「ロックは低音が大事です。ドラムやベースをピアノで表現するとなると、音を相当大きくしないといけない。クラシックではフォルテでもガツンと直線的な音を出すのはあまり良くないですけど、ロックでそんなタッチだと柔らかくなりすぎてしまう。まったく別ものとして、タッチを変えて弾いています」
――「イッツ・マイ・ライフ」はボン・ジョヴィの曲というより、なかやまきんに君のテーマ曲として打ち出されていますよね(笑)。
 「なかやまきんに君が大人気だったので、YouTubeのネタとして、ストリートピアノで試しに弾いてみました。そしたら、反響が大きくて、ライヴでも“弾いてほしい”とすごく言われたんです。あの曲は最初のジャン、ジャンでわかるじゃないですか。インパクトが強いので、CDにも入れたいなと思いました」
――エアロスミスの「ミス・ア・シング」も『アルマゲドン』のメイン・テーマで、地球を危機から救うストーリーに元自衛官としての想いもありました?
 「無理やりかもしれませんけど(笑)、そういうところから動画を出して、ファンの方が好きになってくれて。ならば音源化しよう、という形でした」
――音楽家としての自我を押すというより、客観的な自己プロデュースとエンタメ性をベースに活動されているわけですね。
 「今回は基本的に、ファンの方の声を全面的に取り入れて選曲しています。その中で自己主張を通したのは〈半音階的大ギャロップ〉でした。昔から弾きたかったんですけど、相当激しい曲で、弾いているピアニストは日本はおろか海外でもほとんどいないんです。でも、爆速を掲げている以上、いずれは弾かないといけないと思っていて。1回聴いただけで耳に残る中毒性もある曲なので入れたいと思いました。動画にも出していなかったので、アルバムをリリースしてからビックリされました(笑)」
――音楽ゲーム『DEEMO』からの「マリーゴールド」も超難曲のうえに、動画の紹介文には“アレンジ難しくしすぎました”とあります。
 「しっとりした曲をゴチャゴチャさせてもよくないですけど、速い曲はアレンジのしがいがあります。〈マリーゴールド〉も元はピアノ単体でなく、歌声とか電子音とかいろいろ入っていて。普通にピアノだけで弾いていたら、“原曲を聴くほうがいい”となってしまうじゃないですか。同じくらいの強度のあるものを出すには、アレンジを相当難しくしないとダメなんです。“誰にも弾けないくらいにしてやろう”という気持ちでした」
――圧倒的な音数に連打、跳躍と立て続けで、演奏者としては自分の首を絞めることになりました(笑)?
 「そうですね(笑)。本当に難しくてかなり練習しました。でも、“これは弾けないか”というところに挑戦するのは自分の成長に繋がりますし、完璧に弾けなかったとしても、お客さんは応援してくれて。できたときはスケートで4回転ジャンプが決まったようにワーッとなって、“やった!”という感じで。未知の領域には、今後もチャレンジしていきたいです」
――アルバム・リリース後も、沖縄で「アイドル」を弾いた動画を上げられていました。世の中で流行っている音楽には、アンテナを張っているのですか?
 「もちろん人気の曲は気にしています。YOASOBIさんは以前にも〈夜を駆ける〉をやりましたし、King Gnuの〈白日〉とかポップス系も上げているんです。〈アイドル〉はすごく売れてるし、今さら遅いかもと思いましたが、YouTubeライヴでもリクエストが多くて、上げなければと思いました。超絶技巧ヴァージョンにアレンジして弾いています」
――自分で弾くかどうかは別に、趣味で聴いている音楽はどんなものですか?
 「今のツアーでは会場にリクエストボックスを置いているんですが、知らない曲もたくさんいただくんですね。できるだけお客さんのニーズに応えたいので、普段はそういう知らない曲を聴くようにしてるんです。聴いてみて、自分のピアノのスタイルに合っていたらレパートリーにしますし、気に入ったら何回も聴きます。〈アイドル〉もそうでした。あとは勉強のためにクラシックやジャズを聴いたり」
――ちなみに、音楽以外の趣味はありますか?
 「お菓子がすごく好きです(笑)。外でバーベキューとかするタイプでないので、お休みの日は家でNetflixの映画やアニメを観ながら、お菓子を食べてダラダラ過ごしていますね」
――いちばん好きなお菓子というと?
 「チョコパイです(即答)。9個入りのファミリーパックを一気に食べちゃいます(笑)」
――映画やアニメはどんな作品が好きなんですか?
 「『名探偵コナン』が好きです。でも、映画館にはあまり行かなくて、最近は配信で『タイタニック』とか古い映画を観たりしています。日本のホラーも好きで、『リング』とか『呪怨』とかいろいろ観ました」
――音楽的にも影響は受けました?
 「ホラー映画だと、何を使って気持ち悪い音を作っているのかとか勉強になります。そういうアレンジをしたいとき、参考にしたりします」
――自分で映画音楽を手掛けたいとか思いませんか?
 「できたらすごくいいですね。僕はオリジナル曲を出していないので、これからやっていきたいと思っています。もちろんピアノで作るので、速くて活発な曲もあれば、しっとり聴かせる曲も入ったり、両極端になるのかなと」
――次のアルバムには入りそうですか?
 「まだこれからなので、少し時間ができたらやってみたいですね。次か、その次くらい……には入れたいです(笑)」

取材・文/斉藤貴志
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