見えていないものまで“言わずに伝える” ヒグチアイ『百六十度』

ヒグチアイ   2016/11/24掲載
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 曲名からして思いっきり喧嘩腰な1曲目「誰かの幸せは僕の不幸せ」が、まず衝撃的。こりゃまたどあたまからどす黒いメッセージを……そう驚きつつ聴き進んでいくと、“誰かが端にならなきゃ”と“誰かが橋にならなきゃ”。対照的なそんな2行が交錯。絡み合うヴォーカルとピアノがかきたてる演奏のダイナミズムとあいまって、単純に白黒つけられないもつれた感情、そのありのままを活写していく。ヒグチアイは、今回のメジャー・デビューに至るまでに、すでにインディーで2作を発表。“激情の歌い手”と呼ぶ向きもあるようだが、“混沌”に焦点を与えることができる、聡明な表現者でもある、ということだろう。視界の盲点を指しているらしい『百六十度』。いいアルバム・タイトルですね。
 「〈誰かの幸せは…〉でも、最後の1行で“わかちあいたいなあ”と歌っている。歌い出しからすると思いっきりひっくり返してる感じなんですが、実際には喧嘩売ってる気分で書き始めることも多いんです。書き始めは、ネガティヴだったり、怒ってたりすることも多い。最後の1行は、“こういう風になりたい”“なれたらいいな”という決意表明でもあるんですよね」
――目で読む詩ではなく、耳で聴く歌ならではだなあ、と思ったのが、“はし”という言葉の発音の仕方なんです。“端”と“橋”、対照的な二つの言葉の、どちらとも取れるような歌われ方をされていて。
 「歌詞を読むと、最初は“端”で、2番目が“橋”。でも、どっちがどっちでもいいんです、……なんて言っちゃいけないのかもしれないけど(笑)。マイナスな感じにも取れるし、プラスに受け取ってもいい。どちらに取っても伝わるように、歌う時はイントネーションを変えてないんです。聴いてくれる人にゆだねる感じですね。ネガティヴな気持ちの時聴いたら“端”に聞こえるかもしれないし、もう少し頑張ろうかな……と思っている人が聴いたら“橋”に聞こえるかもしれない。聴く時や場合によって、変わる曲になれたらいいな、と思って」
――書き方こそ強い口調の曲も多いけど、発声のせいかな、単純に聞こえない作品が多い印象を受けました。
 「うれしいです、それは。もともとはきはきしゃべる人間じゃないせいかな(笑)。それが歌にも出ているのかもしれないですね。ライヴだと、かなりきつく感じられるかもしれないですけど」
――ライヴはアグレッシヴに映るものじゃないですか。
 「以前ツイッターに“ライヴは痛いから、あまり聴きに行けない。苦しくなっちゃう”と書かれたことがあって(笑)、ごめんね、と思った。“頑張ろう、と思った時、聴きに行きたい”とも書いてあったんで、救われたんですけど」
――お尻を叩かれたい時に行くと(笑)。
 「つらい時聴くと、よけいつらくなっちゃうのかな……と思って。そういう時に寄り添ってあげられないのは、申し訳ないですよね。(歌が)強すぎるのかな……と思ったりする。そのあたりのバランスについては、いつも考えています」
――歌を書く時、まず言葉ありきですか? それとも音楽が先に出てくるタイプ?
 「基本的には言葉、言いたいことが先に出てくるんですけど、言葉だけを書きたいわけじゃない。そこにある“風景”を書きたいんです。できれば絵を描きたいんだけど、描けないから言葉で説明する。説明したら、こんどはそれに感情をつけたい。感情をつけて歌詞になったら、今度は音楽をつけたい。そういう感じです」
――じゃあ、曲はけっこうあとに。
 「あとですね」
――まずイメージが先で。
 「断然先。曲が降ってくる、なんてことは、まずありません(笑)」
――歌が高まるにつれてピアノのタッチが強くなるところなど、矢野顕子さんに影響されたのかな……と想像させますけど。
 「いや……、あの、その……」
――そうでもない?
 「自分自身、音楽をたくさん聴くタイプではなくて、基本流し聴きしている。その中では、ひっかかっている存在ではあったかもしれないです。おこがましいじゃないですか、“影響されてます”なんて言ったら(笑)。責任取らなくちゃならない」
――2曲目の「猛暑です」を聴いて、どことなく通じるものを感じたんです。それとはっぴいえんど。歌詞にずばり“はっぴいえんど”が出てくるのと、あと語尾が“です”になってるでしょ。
 「ですね(笑)」
――トリビュートというか、意識されてるのかなと。
 「意識していたとすれば、むしろYMOの〈東風〉かな。中華ぽい旋律が好きだったこともあって、全体的な音の重ね方を自分なりに咀嚼してやってみたら、ああいう感じになって」
――それで、曲の最後にドラの音が鳴り響くんですね。
 「そうなんです(笑)。ギターのアレンジとかも、そういう雰囲気でやってよとリクエストして、弾いてもらってます。じつはこの曲、ライヴのことを考えずにレコーディングした、初めての作品なんですよね」
――じゃあ、今までは、まずはライヴありきで曲をつくっていた?
 「100パーセントそうでした。ライヴでできないんだったら意味がない、とまで思ってた。ライヴで、というか、一人でできないんだったら意味がない、というのに近かったかな」
――他人をあまり信用していなかったとか(笑)。
 「あ、はい(笑)」
――肯定しましたね(笑)。
 「本当にそうだったので(笑)。今でも、自分以外の存在は、いずれいなくなってしまう、という感覚はあるんです。だからさみしいし、それだから誰かにいてほしいと思っているところもあるんですけど、一人でやることって、何があっても自分だけで完結できる。他の人のスケジュールが合わなくても、ライヴを完成させることができるし。そう思ってきたんですが、そうじゃないよとずっと言い続けてくれる人たちが増えてきて。そういう人たちを信じていけばいいのかな、そう思うようになった感じが、今回のアルバムには出ています。弾き語りでは絶対に再現できない。〈猛暑です〉はその最たる例ですね」
――逆に、言葉が自分にとって重要、と意識するようになったのは、いつ頃から……。
 「初めてちゃんと曲を書いたのが、高校3年生の時。言いたいけど人には言えない気持ちがあって、それを書こうとしたんです。一方でピアノは2歳からやっていたので、何かに使えたらいいな……という気持ちはずっと持っていて、一応音大進学のために上京しました。音楽をやるなら東京に出てこないとうまくいかないよ、みたいな話もあったので、大学に行くんだったら、親も許してくれるかなと」
――口実も兼ねて(笑)。
 「そうですね。一応ジャズ・ヴォーカル専攻だったんですが、実際には1年半くらいしか行かなかった。また、ポップスやってると、見下されるんですよ、ジャズ科にいると」
――音楽的にも、ストレートなジャズ出身らしい“クセ”は感じられませんが。
 「まったくないと思います。そもそも通ってないんだから(笑)。ジャズ・ヴォーカルの先生からは、“絶対ジャズ向きの声をしているから、ジャズを歌ったほうがいい”と言われてたんですが、向いているならよけいやらなくたっていいと思った(笑)。我ながら、あまのじゃくな性格でしたね」
――比較するつもりはないんですが、声の震え方に、宇多田ヒカルさんとの共通性を感じたりもします。
 「震え方が似てるって、昔言われてました。それもおこがましいっていうか、影響以前に、気がついたら流行歌として耳にしていた、という感じなんですけど。ただ、ニーナ・シモンもそうですけど、こういう声の揺れ方をする歌い手がいていいんだと、思わせてくれた存在ではあるんです。最近はだいぶコントロールできるようになってきましたけど、歌い始めた当初は自分の声の揺れがすごくコンプレックスだった。でも、ああいう歌い方をして受け入れられた人がいるということは、自分もそれでいいのかもしれない、と思えたんです」
――今回のアルバムに収録されている「霙(みぞれ)」が、ダークなR&B調だったので……。
 「ず〜っと暗い曇りの日みたいな曲をつくりたかったんですよね。そこにシェーカーを入れたらおもしろいんじゃないかと思って、試みに入れてみたら、リズムが出てきてああいう曲になった。最初から決めてつくっているわけではないんです」
――でも、かつて“ジャズ向き”と言われた声が活きる曲という気がします。
 「今思ったのは、ジャズを歌いたくなかったというより、日本語で表現したかったんですよね。日本語の響きが一番好きなので。以前読んだんですが、何かの絵を日本人とそうでない人とが描いたら、日本人じゃない人は、見えた通り、焦点が合っている部分とぼやけたところを描き分けたのに対して……」
――遠近法ですね。
 「日本人は描きたいものは、見えてないものまでしっかり描き込むんだそうです。自分も、どっちかと言えばそういう風に表現したい。そのままを伝えるのじゃなく、そこに自分の感情をごちゃごちゃに入れ込んで、“言わずに伝える”というか。ぼや〜っと聞いていても、情景や感情が浮かんできたらいいな、と」
――「猛暑です」も、シチュエーション的にはちょっぴりイタいフラれ歌ですが(笑)、強く印象づけられるのは、“暑いよロングスカート”みたいなくだりだったりします。
 「私のイメージでは、縁側のある和室で、30代くらいの女の人がロングスカート穿いてる、みたいな。(別れた相手に)“扇風機返してよ”と訴える状況は、さすがにないとは思うんですけど(笑)」
――そもそもどこから出てきたんですか? 扇風機は。
 「以前一緒に暮らしていた恋人と別れた時、扇風機が2台あって、いざという時こういうものを返すのって面倒くさいなと思った(笑)」
――実話のようでいて、実話でもないんですね。
 「歌のような状況に至るなんて、一体なにがあったんだろう。電車の中で聴いてたらそういうことを考え出して、スマホいじるのをやめて、あれこれ想像してくれたらいいな。そんな思いを込めて書いてます」
――聴いていて、笑えてくるところがあったんですが、笑ってもいいんですね。
 「笑ってください(笑)」
――一方、ラストに置かれた「備忘録」は、かぎりなくノンフィクションに近い?
 「自分に向かって“忘れるな”と言っている歌なんですよね。どこまでがノンフィクションかは、迷惑をかけちゃう相手がいるので明言はできないんですが」
――自戒の歌でもあるんですね。
 「記憶力が本当にないので、うれしいことがあっても、悲しいことがあっても、忘れてしまう。そういう意味で、自分が忘れてしまったことを思い出すきっかけになる曲なんです」
――反対に、聴き手にはどんな風に聴いてほしいですか。
 「私みたいな人間を救いたいっていう気持ちが、一番強いんです。なんだろうな……病気とまでは言えないけれど、それはあくまで病名がついてないだけであって、本人はすごく苦しい。でも、他にもっと苦しんでいる人がいるのもわかっているから、苦しいけどそれを口に出せない。そんな人って絶対いる、と思っていて。そういう人たちを救えたらいいな。というか、自分もそういう気持ちだし、歌を聴いて“私もそういう気持ちです”と言ってもらえたら、すごく救われると思う。そういう人がたくさんいたら、そこに名前がつくかもしれないでしょう。名前がついたことで、遠慮せずに会社を休めるようになるかもしれない(笑)。そういう風になったらいいな、と思うんですよね」
取材・文 / 真保みゆき(2016年10月)
ヒグチアイ「百六十度」ツアー2017〜東名阪ワンマンライブ
higuchiai.com/
2017年1月7日(土)
東京 渋谷 WWW
開場 17:00 / 開演 18:00
前売 4,320円 / 当日 4,860円(税込 / ドリンク代別)
※学割あり: 当日、学生証の提示で1,000円キャッシュバック


[プレイガイド]
SOGO TOKYO / チケットぴあ(0570-02-9999 / P 315-603) / ローソンチケット(0570-084-003 / L 75261) / e+
お問合せ SOGO TOKYO 03-3405-9999




2017年1月9日(月・祝)
愛知 名古屋 ell. SIZE
開場 17:30 / 開演 18:00
前売 4,320円 / 当日 4,860円(税込 / ドリンク代別)
※学割あり: 当日、学生証の提示で1,000円キャッシュバック


[プレイガイド]
TANK! the WEB(052-320-9000) / チケットぴあ(0570-02-9999 / P 316-416) / ローソンチケット(0570-084-004 / L 41679) / e+
お問合せ サンデーフォークプロモーション 052-320-9100(10:00〜18:00)




2017年1月10日(火)
大阪 心斎橋 Music club JANUS
開場 18:00 / 開演 19:00
前売 4,320円 / 当日 4,860円(税込 / ドリンク代別)
※学割あり: 当日、学生証の提示で1,000円キャッシュバック


[プレイガイド]
SC TICKET / チケットぴあ(0570-02-9999 / P 313-908) / ローソンチケット(0570-084-005 / L 55652) / e+
お問合せ サウンドクリエーター 06-6357-4400


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