「歌モノハウスよりダーティ・サウス」(「ABST87」)と彼女は勢い良くラップする。この、大分出身で現在東京在住のフィメール・ラッパー、
HITは2017年初頭にシングル「
1987」、同年夏にEP『
BE!!』を発表後、年末に満を持してファースト・アルバム『
THE HIT』をリリースした。
この作品が面白いのは、彼女が人生において経験してきた様々な現場での音楽体験が凝縮されている点にある。自ら選んだ全12曲のビート、そして彼女が産み出した言葉はHITの豊かな経験の賜物である。ファースト・アルバムらしいファースト・アルバムだ。レゲトン / ダンスホール、アンビエント / チルアウト、あるいは2000年代前半にNYヒップホップの復権を促したDipsetや2000年代の日本語ラップなどの音を浴び、現在、IAMDDBやLITTLE SIMZといったUKの女性ラッパー / シンガーに共感する日本人女性が作り出すラップ・ミュージックはいかなるものか。HITはどんな経験をし、この作品を生み出したのか。HITに話を訊いた。
――まず、初のフル・アルバム、ファースト・アルバムをリリースして感想はどうですか?
「アルバムの収録曲を作っていたのは2016年なので、やっと完成して出せたというのが率直な感想ですね。WDsoundsでリリースできることが決まって、MERCYさん(
Lil MERCY=WDsounds主宰)と相談しながらできるようになったので、1人で闇雲にやっていた頃より計画性をもって動けたのはありますね」
――2017年3月末に「whoo」とCJ&JCをフィーチャリングした「Re:BITCH」を収録したシングル「1987」を、さらに7月にGOLBYSOUNDが全トラックを手がけたEP『BE!!』をリリースしました。そして、昨年末にファースト・アルバム『THE HIT』を出しています。だから、1年を通してアルバムの発表に至る流れや見せ方が考えられていましたよね。 「そうですね。だから、『BE!!』のときは“CDができたな”って感じでしたけど、『THE HIT』はやっと完成させて出せたなという感慨があります。あと、旅行中のタイのプールで撮った写真を使ったジャケが気に入ってますね」
――ラッパーにとってのファースト・アルバムは言いたいことや主張を最もピュアに詰め込んだ名刺代わりになる側面もあると思うんです。そういう点で意識したことはありますか?
「言いたいことよりも、自分がカッコイイと思うトラックを集めることを意識しましたね。いろんなテイストの曲を入れるというのをいちばん意識して考えたんです。5、6曲作って、アルバムとしてもっとこういう曲が欲しいなって考えながら少しずつ構築していきました。だから、ファースト・アルバムってことはそんなに意識しなかったかもしれませんね」
――2016年の制作中に一度インタヴューさせてもらったじゃないですか。その時のよく憶えている会話があるんです。地元の大分にいる17、18歳の頃にラッパーとして初めて録音したのが、METHOD MANの「EVEN IF」のトラックでラップした「お祭り女」という曲(『THE HIT』収録の「ABST87」の元曲)で、それから地元で“お祭り女”の異名を持つようになったと(笑)。 「はい。たしかに(笑)」
――実はそういうはっちゃけたパーティ・ピープルでもあるじゃないですか。かつては、大分のギャルたちが集まる大分市内のアパレルビルで働いて、毎晩ギャルたちとクラブにくり出していたわけですしね。で、そういう外交的な性格を考えると、「ラップは抑制が効いているけれど、なぜそういうスタイルを採るんですか?」と訊いたら、「まずファーストでは言いたいことを言って、その後はより音楽的に自由にやりたい」って答えたんですよ。
「たしかにそういうことを言ってましたね(笑)。いやあ、制作していたのがけっこう前なんで忘れちゃってますね」
――言ってしまえば元リアルギャルで(笑)、一時期はヒッピー的なコミュニティ意識のある人たちも集う地元のカフェでバイトしたりいろんな経験を経て、いまヒップホップのラッパーとして活動していますよね。そういういろんな環境で吸収してきた感性やセンス、価値観が今回のアルバムの言葉にも音にも反映されているのが面白いと思うんです。
「世代的にも私のベースにあるのはレゲトンですね。自分がクラブで遊び始めた2005、2006年頃はとにかくジャパレゲが流行ってたんですよ。レゲエのパーティがすごい盛り上がってた。だから、ヒップホップのイベントでラップをしながら、レゲエのパーティに遊びに行ってましたね。ヒップホップだとDipsetとかよく聴いてました。遊びまくっていたオーヴァーグラウンドのパーティにも飽きてきて、90年代のヒップホップを聴くようになると同時にUMB(ULTIMATE MC BATTLE)が盛り上がり始めるんです。地元のラッパーがMCバトルに出場するようになって、そこから私も日本語ラップを聴き出した。
降神とか
THA BLUE HERBとか聴いて、“うわっ!”ってなってましたよ。その後ですね、ドープ・コミュニティのカフェで働き始めるのは(笑)。でも、トランスとかは無理でしたね。“BPM速過ぎるやろ、具合悪くなっちゃう”って。私が好きになったのは、アンビエント・ミュージックとかジャズっぽい要素のあるチルアウトでしたね。そういう流れでダブステップとかも聴くようになった」
――そういういろんな現場での音楽体験がビート選びに出てますよね。例えば、ビートメイカーのITLがトラックを作ってラッパーのMUTAが客演で参加している「LICKNAMES」とかリズムが面白い。 「トラックのテイストが多岐にわたるというのはありますね。ITLさんからはその曲と〈ABST87〉の2つのトラックをもらいましたね。中野のheavysick ZEROっていうクラブでフリースタイルしていて、それを観ていたITLさんが気に入ってくれてすぐにトラックを送ってくれたんです」
――「LICKNAMES」では倍速でラップしたり、これまでにないラップのやり方にも挑戦していますよね。
「トラックと同じ速度でラップするのに飽きていたのでこの曲はチャレンジだと思ってやりましたね。ビートも展開がすごくあるから、16小節にこだわらずにフックもなくしちゃおうと。とにかくビートに食らいつこうと思ってやりました。MUTAとは作りながら工夫していきますね」
――MUTAの名前が出ましたけど、『THE HIT』を作るに当たって、JUMANJI(MUTA、YAB、RENA the Organic、DICE a.k.a Ca$hMoneyから成るヒップホップ・グループ)の存在はでかいんじゃないですか?
「それは間違いないです。ムッちゃん(MUTA)との関係性がすごい出てますね。〈Y.O.L.E.〉という曲はMUTAとYABくんのAUTUMN BAYというプロデュース・チームのトラックですしね。YABくんの家が録音できる環境なので、そこでラップを録らせてもらってもいますね」
――MUTAはこの作品で唯一の客演ラッパーですしね。
「歳もいっしょだし、普通に友達ですね。MUTAと2人で作るときはテーマを決めないで、先にどちらかが録音したラップをもう1人が聴いて、リリックの内容をくみとりながら作るんです。MUTAとはすでに5、6曲は録音してます。JUMANJIのRENAとも曲を作ってますね」
――JUMANJIの面々とはどういう現場で知り合ったんですか?
「浅草ゴールデンタイガーっていう箱でやってるJUBATUSってヒップホップのパーティがあるんです。MUTAとBACCAS(ラッパー / DJ / ビートメイカー)と浅草ゴールデンタイガーの店長の3人で始めて、2、3ヶ月に1度レギュラーでやってるんです。いま私は少しお休みしているんですけど、そのパーティがいまの私の唯一のレギュラーで、他に
KMCもレギュラーですね。パーティでぶちあがって究極までいく破壊力のある人たちが集まってて、
WATTERや
KID FRESINOも出たことがありますね」
――KID FRESINOも今回のアルバムにビートを1曲提供していますしね。また、田中 光との作品もあるMASAYA YONEYAMAのトラックもあります。 「MASAYAさんは私が東京に来て初めてレギュラーで出演するようになった中目黒のsolfaで出会ったんです。あるとき、ビートメイカーの
lee(asano + ryuhei)がsolfaにゲストで出ていたパーティに遊びに行って、私がマイクを持つことになったんですが、次のゲストがMASAYAさんで、知り合いました。それから、MASAYAさんが住んでいる茨城の土浦のパーティに2回ぐらい呼んでくれましたね。
椿と
輪入道といっしょに行きましたね」
――あちこちに出没して人と出会っていく中で作り上げられていった作品なんですね。
「私はたぶん根無し草みたいなところがあるんですよ。大分にいるときからそうだった。どこかのクルーとか集団に属すとかほとんどなくて、1人でフラフラして、朝方帰りたくなくなって遊びまくる(笑)」
――なるほど(笑)。リリックに関して言うと、KID FRESINOがビートを作った「A SEQUENCE」の「倍音共鳴ラヴィ・シャンカル / 父親譲りの〈COME TOGETHER〉が要所要所道を示す」ってリリックも面白いんですけど……。
「ああ、それは私がヨガをやっていることと、父親が
ビートルズを大好きなので、そこからきてますね」
――では、このアルバムの中の曲で、リリックで言いたいことがいちばん言えたのはどの曲ですか?
「
OMSBのビートの〈SUNSHINE〉ですね!」
――迷いなく! パーティ明けの翌日に二日酔いで内臓が重くて、コーヒーを飲んでシャキッとして外を散歩して太陽が気持ち良いって曲ですよね。
「そうそうそう! リリックはいちばん気に入っているかもしれないですね。ちゃんと楽しく遊べた次の日について歌った曲ですね」
――情景を素直に描写することで気持ちを表現している曲ですよね。他の曲はもっと内省的だと感じました。
「あ、そうですね。この曲は当たり前のことを大げさに歌えているなって」
――さっき話したようなはっちゃけたキャラクターを知っている人からすると、意外な一面を見せていると感じる曲が多い中、「SUNSHINE」はたしかにしっくりきますね。
「それ、ハマさん(下高井戸のレコード屋=
TRASMUNDOの店長)にも言われました。“曲と普段の印象でギャップがあるよね”って。自分ではぜんぜんそういうつもりがなかったんですよ。ああ、でも、言いたいことをいちばん言えたという意味では〈NO FUTURE〉かもしれない。私は、白とか黒とかを決めるのが得意じゃないし、意気込みを言ったり、宣言したり、そういうのをラップしたりするのもあまり得意ではないんです。パーティとかでアッパーな自分を思い出すと恥ずかしいし、極力フラットでいたいって気持ちが強いんです。〈NO FUTURE〉はフラットでいるときの自分の感覚を書いてみたんです」
――じゃあ、例えば、理想的というと大げさですけど、いましっくりくるアーティストはいますか?
「最近聴いて良かったのは、IAMDDBですね。UKのラッパー / シンガーです。オーガニックでレゲエの感じもあって良いんです。あとLITTLE SIMZ。YouTubeで観られるA COLORS SHOWのLITTLE SIMZのパフォーマンスがめっちゃカッコイイんですよ! 原点回帰しつつ、音が深くて、ヒップホップ・マナーがある。そういうのが好きなんです。いまって歌もラップもどっちもやるじゃないですか。今後はそういうスタイルにも挑戦したいですね」
――かなり明確に自分の今後の表現方法のイメージが定まっている感じなんですね。MERCYさんにも訊きたいんですけど、この作品に関してはどのような関わり方をしたんですか?
MERCY 「いまHITが話してきたように、ビートに関しては、HITのライフストーリーのなかでゲットしてきていますね。マスタリングとジャケットとリリースの順番や時期とかについてディレクションしたり、サポートした感じです。マスタリングは、
仙人掌の『
VOICE』や
ROCKASENの『
TWO SIDES OF』をやっている得能(直也)くんに依頼しました。ROCKASENの『TWO SIDES OF』を聴いた時にマスタリングすることで作品を完成させられると感じて。『THE HIT』もマスタリングしたことによって、元々もっさりした音がよりクリアになったというか、いまここで話してきた音の面白さが伝わるようになっていると思いますね。最高のマスタリングをすれば作品が完成すると思って、その思惑通り完成したと思ってます」
――では、最後に今後について訊かせてください。
「さっきも話したみたいに自分は何かを言い切るのは苦手な性格なんですよ。できれば私なりの曖昧な表現で聴いている人にわかってほしいんですけど、そうも言っていられないじゃないですか。だから、人に伝わるように良い意味でリリックとか言葉とか表現方法をわかりやすくしたいですね。なので、次の制作に取りかかりたいです。今年も曲をマイペースに作っていきたいです。この前渋谷のFAMILYでやったライヴも良かったけど、ただ爆発的に呑んだだけだったかな(笑)。後悔しない遊び方をこれからも模索していきます!」
取材・文 / 二木 信(2018年1月)
2018年2月28日(水)
21:00〜24:00
DJ: 16FLIP / BUSHMIND
and BEATS & LIVE